第42話

百断恋希ももだちこき。千寿高校の三年生で現・生徒会長だ。ガーネットのような赤くて綺麗な長髪にカチューシャがトレードマーク。冬歩や灰銀とは違った美人で、王子様気質で女生徒からも人気がある。


誰かが言っていたが、上司にしたいランキングでぶっちぎりの一位らしい。女王様と呼びたいランキングも一位だった気がする。


エメラルドの瞳に睨まれながら仕事をしたい人が多いらしいです。


「すまない。冬歩さん。例の件なのだが、私の力が足りなかった……無理を言って生徒会書記になってもらったのに申し訳ない」


百断先輩が開口一番に冬歩に頭を下げた。そういえば、冬歩は生徒会メンバーだったな。普通に忘れていた。


それにしても一体何が起こっているんだ?


「顔を上げてください、百断先輩。感謝こそすることはあっても、謝られることはありません」


「しかし」


「それに、問題は解決しましたので」


そういって俺たちを見てきた。何か嫌な予感がする。


「まさか、彼らがそうなのか?」


会長が俺と灰銀を見ていた。


灰銀と目が合うが首をぶんぶんと振った。


え?何?どういうこと?


「はい。彼らが『精神高揚部』の部員です。ようやく信頼できる人材を見つけました」


「「え?」」


灰銀と俺は顔を見合わせるがそんな話は聞いたことがない。初耳なんだが……


「そうか……それなら良かった。人気小説家とはいえ、部員一人の部活をいつまでも特別扱いするのは無理があってな……」


「ええ。ご迷惑をおかけしました」


「いいさ。それだけ私も助けられている。それにしても」


俺と灰銀をじっくりと見てきた。品定めをされているようで、少しだけ居心地が悪い。


「はじめまして、灰銀さん。生徒会長の百断恋希ももだちこきです」


「灰銀唯煌です。よろしくお願いします」


灰銀が会長と握手をした。


「ふふ、私は君のファンでね。一度話してみたかったんだ」


「そうなんですね。ありがとうございます」


灰銀からはふざける様子がない。完璧なアイドルとして笑顔でファンサービスを実行する。


「引退を聞いたときは少し寂しかったが、元気そうなら何よりだ……実は灰銀さんにも謝らなければならないことがあるんだ」


「私にですか?」


「唯煌さんが会長に謝罪するんじゃなくてですか?」


「どういう意味かな?」


俺も冬歩派だけど、言わない方がいいだろう。


「日本最高峰のアイドルがその地位を何も言わずに捨てたんだ。何かのっぴきならない事情があったのだろう。それなのに、うちの学校連中は余計なことをして……すまないな、君を守れなかったことに生徒会長として謝罪する」


「━━━」


一瞬驚いていたが、灰銀はいつものヒドインスマイルを浮かべた。


「気にしないでください、マイ・マジェスティ。その気遣いだけでマジ涙」


「え、あ、ああ」


灰銀が百断先輩に心を開いたようだ。百断先輩が戸惑っているが、灰銀は信頼できる人間以外の前ではふざけるからな。


おかえり、灰銀。ヒドインの方が似合ってるぜ?


そして、会長が俺を見てきた。確かに、ゾクっとするな。


「それで、君は?」


「あ、え~と、二年の枯水瑪瑙です。よろしくお願いします」


「そうか。ふむ」


「なんでしょう……?」


会長が俺をじっくりとみてきた。そして、


「枯水君は冬歩さんのことが好きなのかな?」


何を言われるのかと思ってびくびくしていたら、本当に何を言っているんだ、この人は。


「その通りですよ。瑪瑙は私のことが大好きなんです」


「やはりか!」


「会長、冬歩じゃなくて俺の話を聞いてください。興味の『き』の字もありません」


「そうですよ、恋希先輩!瑪瑙君は私のことが好きなんです!」


「お前ら口を閉じろ」


余計なことを言って、百断先輩を混乱させるんじゃない。


「はは、仲が良さそうで何よりだ。実を言うと、『精神高揚部』が人数不足で廃部の危機だったんだよ」


「そりゃあ、そうです。こんな性格の悪い女がやってる部活に入りたいなんていう奴はいませんよ」


「どういう意味かしら?」


圧のある笑顔で冬歩が俺を見てきた。冬歩の下で毎日、小言を言われながら、無報酬で仕事をしなければならなくなったら本当に辛いと思う。


「枯水君は勘違いしているようだから言っておくと、『精神高揚部』には入部希望者がたくさんいたんだ」


「え、マジですか?」


「ああ。ただ」


「私目当ての人間が多かったのよ。そういうのはお断りだから」


ああ、なるほど。冬歩の外見に騙された男たちがいっぱいいたということか。それは相手が可哀そうだ。


「頑なに男子生徒の入部を認めなかった冬歩さんが男子である枯水君の入部を認めたんだ。相当、信頼しているんだろう?」


「……灰銀さんはともかく瑪瑙は全く違います。瑪瑙は私の奴隷だからです」


「奴隷じゃないんだが?」


「あら。一生私の味方をすると言ったのは誰だったかしら?」


それを言われたら困る。というか俺ら以外にこのことを知られるのは結構しんどいぞ。百断先輩が俺たちを見て頷いていた。


何を納得したのかしらんが、ろくなことじゃない気がする。


「仲が良さそうで何よりだ。なぁ、灰銀さん?」


「そっすねー」


灰銀が抑揚のない言葉を百断先輩に返した。無礼だぞ。


「ふふ、興味深いメンバーだな」


そういうやいなや百断先輩は立ち上がった。


「『精神高揚部』のことに関しては先生方に伝えておく。失礼する」


百断先輩はそういうと、教室から出て行った。


良い先輩のようだが、中々に節穴のようだ。



「それで冬歩ちゃん?説明してくれるかな?」


「『精神高揚部』が廃部の危機だから、唯煌さんに入部してもらおうと思ったのよ」


悪びれもせず言い切ったぞ、この女……


百断先輩も見ていた手前、断るのもはばかられた。この辺りまで計算していたのだろう。


「もちろん、それなりに見返りはあるわ。部室はいつでも使い放題だし、私物の持ち込みは可よ。部費で好きなものを購入してもいいわ。それじゃあダメかしら?」


「全然。断る理由なんてないよ~ただね」


「痛!?」


灰銀が冬歩の額にデコピンをした。いいぞもっとやれ!


「事前に言ってよ!こんな回りくどいことをしなくたって、友達が困ってたら、協力くらいはするぜ?」


確かに灰銀の性格上、断るなんてことはないだろう。ただ、利用されたことには少し苛立っているのだろう。


「……ごめんなさい。私の悪い癖ね」


「うん!反省したならいいよ」


灰銀と冬歩はより仲を深めたらしい。ただ、


「俺、入るなんて一言も言ってないんだが?」


「瑪瑙の意見なんて聞く必要はないわ」


俺にももう少し配慮しろ。


強制的に『精神高揚部』に入部させられましたとさ。

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