第37話
結局、俺たちは同じ席に座った。「実は知り合いで……」と店員さんに言ったら、快諾してくれた。もう二度と関わんなというメッセージにも取れたが……
ほどなくして、春樹と叶が入ってきた。健全なカップルに店員さんも完璧な笑顔で窓際にご案内された。
「カップル限定ストロベリーパフェで~す」
「わ~これ食べたかったんですよ~」
山盛りのパフェが叶の前にどんと置かれた。それをパシャパシャと写真をとって目を輝かせている。
「大丈夫か……?こんなに食べて。後で太るんじゃ」
「それ以上喋ったら春樹先輩でも許しませんよ~?」
「失礼しました」
叶の笑顔に春樹が圧倒されていた。琥珀で学んだが、パフェは係数Xをかけるとカロリーがゼロになるらしい。ズルいなぁ
ちなみにXは『女の子』らしいです。
「でも、こんなに多く一人で食べれるわけがないですよね。春樹先輩もどうぞ?」
「あの、ちょっと」
笑顔でスプーンを差し出す叶に春樹が顔を真っ赤にしているのを見ると、春樹にも羞恥心があったと確認できた。俺の前ではあんな顔をしたことがない。だが、叶はこんなところで引くような女ではない。
「あ~ん」
「……勘弁してくれ。降参だ」
春樹の敗北宣言。中々見れないし、レアだ。
「あ、枯水先輩だ」
「は!?」
え?俺?
「はい、どーん!」
「むぐ!?」
一瞬マジでバレたかと思ってマジで焦った。叶が口を開けた春樹の口にスプーンを突っ込んだ。
「どうですか?」
「……甘くて美味しい」
「ふふん!彼女からのあーんです。普通に食べるよりも100倍美味しいと思いますよ~」
「……確かに、今までで一番美味しかった」
「そうでしょそうでしょ」
両手で頬杖を突きながら、春樹にとびっきりの笑顔を向けていた。
「それなら俺もやってやるよ。ほら、あ~ん」
「あ、その。そ、それじゃあいただきます」
カウンターがくると思っていなかったのか、叶は遠慮がちに春樹の差し出したパフェを食べた。そして、お互いに照れ合ってる。
なんというか甘いな、この二人。
「瑪瑙、あの女は今、何をしたのかしら?」
おっと急に苦くなってきたぞ。
「何って食べさせ合いっこだな」
「ちょっと義妹として抗議してくるわ」
「待ってよ冬歩ちゃん!?そんなことしたら、尾行が終わっちゃうよ?」
「うるさいわね。あんなものを見せられて我慢なんてできるものですか」
「とりあえず、これ食べて落ちついて!」
「……仕方ないわね」
灰銀が頼んだカップル限定のチーズケーキを冬歩に食べさせてあげている。美味しかったのか少しは落ち着いて、席に座り直した。
「兄さんは赤ちゃんじゃないのよ?それなのに、わざわざパフェを食べさせてあげるなんて愚かな行為だわ。一つのスプーンを二人で共有なんて衛生上問題しかないわ。ただでさえ、よくわからないウイルスが流行ったっていうのに……何より、兄さんを甘やかすような女は減点ね。彼女として終わってるわ」
よっぽど美味しかったのかチーズケーキを食べながら、漆黒のノートに-10000の文字が加えられる。
「それじゃあ冬歩ちゃんが春樹君にあ~んされたらどうするの?」
「差し出したスプーンを引かせるようなことをして、兄さんに恥をかかせるなんてことはできないわ。仕方なく食べてあげるわ。ええ、仕方なく」
「お前ら、もう少し自分の言葉に責任を持とう……」
メインヒロインだった灰銀と冬歩が堕ちていくのを見るのは辛いです。
ヒドイン二人を無視して、春樹と叶の会話に耳を傾ける。
「それにしても、春樹先輩は枯水先輩のことが本当に大好きなんですね~」
「まぁな。アイツ以上に面白いやつはいないし、最高の相棒だよ」
照れること言ってくれるじゃん。一人で満足していると、机の下で激痛が走る。スネを蹴られたようだ。
「……痛いんだけど?」
「瑪瑙のそういうところ、本当に嫌いだわ」
ええ……同性にまで嫉妬するのかよ、この女。めんどくせ……
「彼女としてはちょっと嫉妬しちゃう仲の良さですよ。ずっと疑問だったんですけど、どうしてそんなに仲が良いんですか?」
「瑪瑙とは、小学生の頃からの腐れ縁でな。中学まで一緒にサッカーをやってたんだ。言っておくけど、俺よりも遥かにうまいんだぜ?天才だよ。あいつは」
「そんな凄い人だったんですね~」
叶がわざとらしく驚いていた。すると、灰銀と目が合った。
「瑪瑙君、そんなにサッカーが上手だったんだ」
「全然だよ。春樹は話を盛る癖があるから信じない方がいいぞ?」
「そうね。兄さんは瑪瑙を過大評価しすぎなのよ。エースはいつだって兄さんだったわ」
冬歩の言う通りだ。春樹の俺に対する評価をもう少し下方修正してほしい。そんなことを願って春樹と叶の会話を聞くが、そんなことは全くなさそうだった。
「道理であんなに熱心にうちの部に誘ってるんですね~」
「ああ。瑪瑙が入ってくれたら全国も夢じゃないんだけどな~」
「そうなんですね~」
叶が春樹の話に興味を失くした。
ごめんね?うちの春樹が俺のことが大好きで。
「それじゃあ冬歩さんについてはどうなんですか?」
そろそろ俺の話に飽きたのだろう。叶は無理やり話を変えた。
「え?冬歩のこと?」
「はい。冬歩さんって売れっ子美人小説家じゃないですか。一回ちらっと見たことがあるんですが、綺麗すぎて鳥肌が立ちました!春樹先輩から見て、どんな人なんですか?」
春樹の身内だし、気になるのは当然だ。少なくとも、俺なんかの話よりも冬歩の話をした方がいい。
目の前の冬歩は飲み終わったジュースをストローで吸っていた。さも興味ないですよ感を出す必要はないんだがな。俺たち全員、冬歩の気持ちを知ってるし。
「めっちゃいい子だよ。俺の自慢の妹だ」
「に、兄さん。人前でエッチなことを言わないで頂戴……!」
「エッチな要素はないだろ……」
「良かったね、冬歩ちゃん」
春樹に褒められてご満悦なようだ。
「それに、甘えん坊だな。リビングにいるとさりげなく隣に座ってくるし、雷が降ったりする夜は俺のベッドに忍び込んでくるんだ。怖がりなんだよ」
なんとなくだが、冬歩は怖がりではない気がする。なんとなくだが。
「へ~家ではそんな感じだったんですね~。なんか、ギャップ萌えを感じてしまいます!」
そんな姿を見せるのは春樹にだけだろうけどな。
「ちなみに小説はどこで書いてるんですか?ドラマだと書斎にこもってる様子がよく描かれていることが多いですが、冬歩さんもそんな感じなんですか?」
それは俺も気になる。俺は冬歩が執筆している姿を見たことがない。
「小説を書くと言ってもいつ書いてるか分からないんだよなぁ。ただ、夜中に冬歩の部屋の前を通ると電気が点いてるから、夜に書いてるんだと思う。家族に執筆風景を見られたくないんじゃないか?」
「確かに。何かに集中している姿って、あまり見られたくないですもんね」
「そうかもな」
春樹は叶の言葉に首肯した。
「冬歩はすげぇよ。自分の書いた物語で多くの人を楽しませてさ。俺みたいな凡人じゃ、とても想像がつかないし、できるわけがない。年間で一億近く稼いでるんだぜ?
「マジですか……一万円もらって喜んでる私たちとは住む世界が違いますね」
「そうだな━━━冬歩は”天才”だからな」
「━━━」
冬歩の方から息を吞む声が聞こえてきた。
「そろそろ店を出ようぜ?まだやりたいことはあるだろ?」
「そうですね。カラオケ行きましょう!」
「お、いいね!俺様の美声に酔いな」
「下手くそだったら嘲笑してあげますよ~」
「ひっど!?」
そういうと、二人は会計をして店を出て行った。仲が良くて何よりだ。俺たちも尾行の続きとしゃれこもう。
「冬歩ちゃん、私たちも行こう」
「え、ああ。そうね……」
冬歩の様子がおかしい。先ほどの息を吞む音は気のせいじゃなかったようだ。
「大丈夫か……?」
「瑪瑙のくせに私の心配なんて生意気よ。でも、
「あ、ああ」
冬歩に若干の違和感を覚えながら、店を出た。不安が拭えないが、冬歩自体が大丈夫だと言っているのだ。これ以上気にしても仕方がないだろう。
なお、会計に行くと、店員さんが鬼の営業スマイルで俺たちを見ていた。その顔はもう二度と来るなと言っているようだった。もしかしたら、出禁を喰らうかもしれないな。
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