第36話

ゲームセンターから退散すると、春樹と叶はウインドウショッピングをしていた。叶が着る服に対して、春樹が感想を言っている。春樹は俺と同じく服に興味がない人種だろうにとても楽しそうにしていた。『魚屋通いの猫』さんが言っていた『誰』というところが何よりも重要だということが分かる。


俺もいつかあんな風に彼女と歩くことができるのだろうか。いや、無理だな。俺に彼女ができる可能性よりも隕石が落ちてくる可能性の方が高い。


「瑪瑙、呆けてないで行くわよ」


「は?どこに?」


「これからお昼でしょ。兄さんたちがこれから行く店に先回りするわ」


「それはいいが、春樹たちから目を離していいのか?」


「ええ。予約してるから早くいかないとお店に迷惑がかかるわ」


「お前ら言うのか……」


その心があるなら、『ワッチャアネーム』を観れなかったあまたの人間たちに謝って来いよ……


冬歩と灰銀に連れられてきたのは、普通の喫茶店の様相をしている。ただ、店の前に『ご来店の際にはカップルでお願いします!』と大きく張り紙が貼ってあった。


「予約は唯煌さんに頼んだわ。兄さんたちをしっかり観察できて、かつ、あちらからは死角になっている場所らしいわよ」


「なぜに?」


彼氏がいない灰銀がなぜ内装に詳しいのかと視線で尋ねると、すぐにやさぐれた。


「将来デートしたら行きたい店を交際前ソロデートをしたんだよ。その時に席数とか監視カメラの位置とか色々記憶しちゃったんだよね~」


無駄に天才性が発揮されてる。灰銀は探偵とか向いてるのかもしれない。ただ、スルースキルが上がっている俺でも気になることがある。


「ここってカップル限定でしか、来れない店じゃないの?」


「次に来る時に伴侶を連れてくるって言ってツケてもらったよ。ほら」


そういって名刺を見せてきた。伴侶をツケで払うって一体何なんだと思ったが、確かに『次は伴侶を連れてきてください!』って書いてある。


そんな経営でいいのか、この店?


ヒドイン二人にHPをゴリゴリ削られながらも、やっと何がしたいか分かった。


今、俺たちは三人しかいない。だから、一人余ってしまう。しかも、ここはカップル限定だ。そうなると、不本意だが、彼氏のフリをして俺が入らなければならない。冬歩と灰銀のどちらかはお留守番だろう。


「それじゃあ行きましょうか」


どうやら、冬歩が一緒に来るらしい。まぁ予想通りだ。ということは俺は冬歩の彼氏のフリをしなければならないのか。全く気が進まない。


「うん!」


「灰銀さん待って」


なぜか灰銀が冬歩の隣を行く。


「なんだよ瑪瑙君?」


「ここってカップル限定だろ?灰銀さんはお留守番だ」


「え?なんで?」


「え?なんで?」


オウム返しで同じ質問をしてしまう。俺、何かおかしいことを言ったかしらん?



「いらっしゃい!『ラブI♡VEカフェ』にようこそ~」


店員さんの小気味の良い声が店内に響く。かわいらしい服に身を包んだ店員さんが接客してくれた。


「予約していた灰銀です!」


灰銀が元気よく、店員さんに挨拶をするが、店員さんは少し困った顔をした。


「あの、お客様。申し訳ありませんが、ここはカップル限定でして……」


店員さんの疑問は尤もだ。灰銀の隣には冬歩がいる。


「カップルですよ?ね~、冬歩ちゃん」


「そうね。私たちは愛を誓い合った仲。これが証拠よ」


「あ、え~と」


二人が恋人繋ぎを女性店員さんに見せる。理解が追い付かないのか、店員さんの頭から湯気が出ていたが、すぐに気を持ち直した。


「二名様、ご案内で~す」


考えることを放棄したらしい。灰銀と冬歩が仲良く店内に入っていく。偽百合カップルが中に入ったのだから、俺は外でお留守番だ。


━━━凡人の発想ならそう思うだろ?


「今は多様性の時代。女性同士のカップルもありうるの。こんなことでいちいちくじけていたら、接客なんてできないわ……!あ、いらっしゃいませ~」


店員さんの笑顔が再びびしっと固まる。ごめんなさい、店員さん。カップル限定の店に一人で入ってきてしまいました。


「あの、うちは、カップル限定でして……」


「知っています。予約していた枯水です」ニコ


店員さんの笑顔が固まる。


「すいません。彼女さんが後から合流する感じですか?それなら、一緒に入っていただけると……」


「もういますよ」ニコ


「え?ですが、待ち合わせのお客様はいらっしゃいませんが……」


「嫁は僕の脳内にいるんです」ニコ


俺は頭を人差し指でとんとんと叩く。


「え……」


「おっと、失敬。今、店員さんにも見えるようにしますね」


俺は何もない空間に手をかざした。そして、店員さんの方に向き直った。


「ほら?可愛いでしょ?俺の自慢の彼女なんです。なぁ、煌冬きらふゆ?」


「あ……」


砂糖菓子のような甘い雰囲気のあった店内を静寂が支配していた。そして、好奇の視線で俺の動向を探っていた。


店員さんは仕事に絶望していた。うん、俺もです。


心が痛すぎるので俺は正気に戻らせてもらう。


「あの、すいません。嘘です。今度、彼女を連れてくるので、『彼女』をツケで払わせてくれませんか?」


「あ、はい。では、お席に案内しますね」


結局、灰銀スタイルでカップル限定の店に入店した。カップルたちと店員さんの視線が死ぬほど痛い。


「最高過ぎるwww腹いてぇwww」


「くふ……唯煌さん、後で動画を送って頂戴。辛い時はこれを流して笑ってるわ」


「最高品質でお届けだぜ?」


とりあえず、腹を抱えて笑っている隣の偽百合カップルは後で殺す。


さっきの妄言はこの二人の悪戯だ。言わないと、冬歩の両親に叶を味方したことをばらすと言われたから仕方なくだ。こんなことならばらされた方が圧倒的に良かった。

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