第35話

春樹たちは映画館を通り過ぎると、ゲームセンターに向かった。遊ぶなら、次に向かう場所はそこだろう。


「ゲームセンターは不味いわ……」


「どうしてだ?」


冬歩と灰銀が険しい顔をしている。


「瑪瑙君に分かるように説明すると、ゲームセンターって言うのは絆を最速で上げられる魔法の場所なんだよ」


「ほぅ……詳しく教えてもらっていいかな?」


ゲームセンターをそんな風に考えたことはなかったので、興味深い。確かにデートと言えば、ゲームセンターは割と定番だ。


「痴態を記録する密室、愛を掴む共同作業。後は未成年ドライブデートが定番かしら」


「へぇ……」


順番にプリクラ、UFOキャッチャー、レーシングゲームだろう。よくも、ここまで器用に言い換えられるものだ。


「夫婦喧嘩をしてくれれば破局一直線なんだけどね~」


「そうね。兄さんは負けず嫌いだから、『後輩』もついて来れないと思うわ」


格ゲーの別名って夫婦喧嘩なのか。知らなかった。


ただ、確かに、格ゲーが破局に繋がるという意見は一理ある。優劣が決まるものはお互いの本性が出るので初期カップルにはおススメできない。


それにしても、灰銀と冬歩の息の合い方は素晴らしいな。同じ、目的を持つ同士で気が合うのかね。


俺達は春樹たちの死角になっている場所に移動して、様子を見る。


「よっしゃ!両替も済んだし、何から遊ぶか」


「そ、それじゃあプリクラとかどうです?」


「お、いいね!」


叶が控えめに提案した。女子なら、それを選ぶだろう。春樹も快諾して、密室の中に入っていった。


「いきなり、密室に入りたいなんてはしたないわ。減点ね」


黒いノートに-10000点を付けた。そして、ボールペンが握りつぶされた。我を忘れて、春樹と叶が入っている密室を凝視していたせいで、他のお客さんも怖がっている。このままだと、通報される。


「ちなみに、冬歩が春樹とゲームセンターでデートするならどこから回るんだ?」


「……その質問の意図は何かしら?」


ギロリと俺を睨んできた。怖いわ。


「灰銀さんが言ってたろ?NTRの秘訣は今カノよりも幸せな未来を見せることだって。冬歩がどんな未来を春樹と思い描いているのか気になっただけだよ」


「そうね……」


冬歩が考え込む仕草をする。おかげで多少負のオーラは緩和された。


「愛を掴む共同作業は興味あるけれど、ベッドで愛の結晶は作れるし、ドライブデートも一年待てば免許が取れるわ。兄さんと優劣をつけるために喧嘩をするなんてはしたないわ。私、か弱いし」


「そうだな」


ツッコミどころがたくさんあるが、妄想で冬歩の機嫌が直ったのならよかった。


「消去法で私たちの今の姿を撮ることかしらね。将来、振り返った時に、思い出を共有できるのは良いことだわ」


つまり、やりたいことは叶と同じで、叶は冬歩がやりたいことを先にやったということだ。嫉妬してしまった原因もそこにあるのだろう。


「それより、唯煌さんは?見当たらないけれど」


「ん、さっきまでそこにいたと思うんだが」


目を離した隙にすぐにどっかに消えた。幼稚園児でも、もう少し大人しくしてるぞ。


「すげぇ!あの女一体何なんだ!?」

「千寿にこんな化け物がいたのか……」

「『スター☆トレイン』でフルコンボって可能なのか」


声がする方には人だかりができていた。少し気になって覗いてみると、そこにはTier4がいた。有名な太鼓ゲーをやっている。『スター☆トレイン』の曲なのだが、その楽曲の難易度はマジでえぐい。しかも、アレは最高難易度だ。フルコンボを達成している動画はほとんどないので、あの人だかりの理由はわかる。


「およ?瑪瑙君じゃん。それに冬歩ちゃんも。どしたん?」


俺たちに気付くとプレイ中にこっちを見てきた。もう一度言う。プレイ中にだ。


「それはこっちのセリフ……それより、灰銀さん音ゲーとかやるんだな」


しかもやり込むタイプだ。『スター☆トレイン』の曲を歌っていた張本人とはいえ、太鼓と歌は違う。ここまでに至るまで相当努力してきたのだろう。


「んにゃ、生まれて初めてだよ?」


「なん……だと?」


嘘だろ……?生まれて初めてで、そんなことができるのか……?


「今って音ゲーが流行ってるじゃん。一度やってみたかったんだよね~」


「そうなんだ」


「思った通り、簡単すぎて全然つまらないよ。何が面白いのこれ?」


そういえば、灰銀は天才だったな。忘れてた。そして、この女。全世界の音ゲー好きに喧嘩を売ったぞ。


結果は見事にフルコンボ。ミスって泣いて欲しかったが、神様は叶えてくれなかった。


「ん?何か人だかりができてない?」

「ですね~観に行きましょうか」


ヤバイ。視界の端っこにプリクラから出てきた春樹と叶が見えたし、こっちに向かってきている。


「瑪瑙。不味いわ」


「ああ、分かってる。灰銀さん、行くぞ」


「あいあいさ~」


観衆の間を縫って、ゲームセンターを後にした。多分、バレてはいないはずだ。

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