第34話

仲良く手を繋いでいる春樹と叶を追いかける。二人とも手を繋いでいて幸せそうだ。最初はぎこちなかったが、今は楽しそうに談笑していた。映画館の前で止まると、宣伝を見た。


「『ワッチャアネーム?』、観たかったですね~」


「そうだなぁ。まさか売り切れてるとは思わなかったけどな……」


「私が気を利かしてもっと早くに予約しておくべきでした……すいません」


「いやいや。甘音は何も悪くないだろ。それにテストもあったからな。ま、映画館じゃなくても楽しめることはいっぱいあるから遊ぼうぜ」


「はい!」


『魚屋通いの猫』さんが言っていた。デートというのは何をするのではなくて、『誰』とするのかが大事なのだと。たとえ全く興味のないことであったとしても、好きな人と一緒ならなんでも楽しいのだそうだ。


『魚屋通いの猫』さんはいいことを言うなぁ。


「唯煌さん。計画性のなさは、付き合っていくうちに大きなすれ違いになって破局に繋がるんじゃないかしら?」


「うん。アレは『後輩』ちゃんの落ち度だよ。私たちなら、彼氏に負担を押し付けるようなことはしないもん」


「そうね。夫をたててこそ真の妻というものよね」


負け犬たちの遠吠えが後ろから聞こえてくる。冬歩が真っ黒なノートを取り出して、何かを書き始めた。


「事前にチケットを買い占めた私に+10ポイント、『後輩』に-1000ってところね」


「待て待て待てチケットを買い占めたってどういうことだ?」


イカサマだらけの謎のポイント制について特に何かを言うようなことはしない。それくらいはスルーできるだけのスルースキルを身に付けたつもりだ。そんな俺でも看過できない。


買い占めたってどういうこと……?


「決まってるじゃない。結婚前予約よ」


「はぁ……」


灰銀と思考が同じというわけか。さも当然ですって顔は一体何なんだ?


「まぁ、それは百歩譲っていいとして、買い占めたってどういうことだよ?」


「決まってるじゃない。私と兄さん以外の席を、事前にすべて購入しておいたのよ。せっかくのハネムーンなのに、周りに人がいるなんて嫌よ。それに映画館で不意の十八禁イベントが起こった時に困るじゃない」


「OK。もういいや」


つまり、冬歩は自分の財産をつぎ込んで、この時間の『ワッチャアネーム?』の観客を春樹と冬歩だけにしたようだ。


すっげぇ、迷惑な客だな……


売れっ子小説家の思考は本当に意味が分からん。


「冬歩ちゃん、やるね!NTRの参考にさせてもらうね?」


「どうぞ」


「絶対にやめて……」


馬鹿な二人のせいで映画館に迷惑はかけられません。毎週、映画を楽しみにしている人に申しわけない。


「それにしても、『後輩』ちゃんは女子力に難ありだね。冬歩ちゃん、もうすぐ寝取れるんじゃない?」


「ふふ、気が早いわよ。でも、そうね。このペースで減点を続けていけば、デートが終わった後、兄さんの『後輩』への好感度は奈落に落ちるわ」


馬鹿二人が盛り上がっているが、春樹はその程度のことで叶の好感度を落とすほど小さい男じゃない。そもそも俺みたいな無キャと親友でいてくれる時点で一般ピープルとは格が違うのだ。


「瑪瑙君はどう思う?冬歩ちゃんにチャンスが回ってきてると思わない?」


「いや、全然」


「節穴だなぁ。ま、瑪瑙君ならその程度だよね」


「そうね、瑪瑙だもの」


二人が呆れたように俺を見ている。


そうだね。NTRを成功させてから言ってね?

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