第32話
一週間ぶりの駅前。目的は前回と同じく尾行だ。何が悲しくて、親友とその彼女を尾行しなければならないのか。天気がいいのだから家でゆっくりゲームでもしていたかった。天気関係ないか。
「遅いわよ」
駅前に行くと、不機嫌な眼鏡美人がいた。
「まだ集合時間じゃないだろ?」
「不測の事態が起こることも考えなさい。万が一兄さんと『後輩』が既にデートを始めていたらどうするの?」
俺は尾行の手間が省けてよかったと思うだろうな。
「それで、どうかしら?」
「どうって?」
「私の恰好よ。おかしくないかしら?」
くるっと回って、服を見せてくる。一番わかりやすい変化は眼鏡とポニーテール、そして、つば付きのベレー帽だろう。これだけの変化で俺は一瞬誰だか分らなかった。服装は白Tシャツに黒のズボンをぴちっと着ている。スレンダーで無駄にスタイルが良いから、モデルに見間違えるほどだ。
「冬歩らしくて、似合ってるぞ」
「は?私は尾行に適してるかどうかを聞いたのだけれど?」
「……いいんじゃない?」
殺してください……
俺はなんて血迷ったことを言ってしまったのだろう。マジで一生の不覚だ。
「瑪瑙の大好きな私が普段とは違う姿を見せちゃったから見惚れちゃったのね……不憫だわ。私は貴方のことを毛虫レベルで大嫌いなのに……」
これだよ。すぐにいきいきといじってくるんだ。こういう時は素数でも数えて、嵐が過ぎるのを待つべきだ。
1、2、3、5……あれ?1って素数だっけ?なんかわからなくなったな。
「それで、唯煌さんは?来ないなら、それでいいのだけれど」
「ナチュラルに省くな。俺たちの中で一番尾行馴れしてるエースだぞ?」
「本当かしら……?」
「……気持ちはわかる」
あの馬鹿そうな見た目で能力値はすべてカンストしているのだ。変装スキルも半端ではない。
「灰銀さんはTier1筆頭人権キャラだろ?」
「瑪瑙が何を言っているか分からないのだけれど……」
「そんな灰銀さんはTier4の地味子にまで見た目のレベルを落とせるんだ。多分、知ってる俺じゃないと気付けないと思うぞ」
前回背後を取られた反省を生かして、まずは背後を確認した。擬態しているに違いないから、注意して辺りを探すが、なんか人だかりができるぞ。
すっげぇ綺麗な銀髪が見えた。灰銀以外にもこの辺りで銀髪属性持ちがいたのか。
ハリウッド女優のようなオーラを纏いながら、モデル歩きでモーセのごとく人垣をかき分けていく。成金のような恰好をしているのに、着られているいる感が全くない。
ん?徐々に近づいてこないか……まさか?
俺たちの前で止まるとスタイリッシュにサングラスを取り外した。
「ボンジュール瑪瑙君。グーテンターク冬歩ちゃん。完全体の私がやってきた!」
「「帰れ」」ニコ
「なんでよ!?」
馬鹿かこの女。こんなんじゃ尾行どころかLIVEが始まるぞ。周りの人間もカメラで灰銀を撮り始めてるし、色々不味い。
俺は灰銀の腕をガシッと掴んだ。
「え?め、瑪瑙君?」
「いいか。灰銀さん。今日は冬歩の尾行の手伝いに来たってことは覚えてるよな?」
「あ……」
この顔は忘れてたってやつだな。
「日本一可愛い灰銀さんがお洒落なんてしたら世界で一番綺麗になるのに決まってるだろ?馬鹿なの?」
「いやぁ、それほどでも……アレ?字面は褒められてるのに、全く嬉しくないのはなぜじゃ?」
褒めながら馬鹿にしてるんだから、当たり前だろ。
「まぁ、瑪瑙君が世界で一番可愛いって言ってくれたからいいか」
なんだか灰銀が嬉しそうに俺を見ているが、それは誤解だ。俺以外だって世界で一番綺麗だって言ってくれるはずだ。
「あくまで客観的な意見だからな?」
「そういうことにしておいてやるよ。ちょっと待っててな。Tier4にまで見た目のランクを落としてくるから」
「最初からそれで来いよ」
鼻歌を歌いながら、トイレに向かった。なんだかわからないが、灰銀の機嫌がよくなったらしい。それなら良かった。
「気に入らないわね……」
「なんだよ……」
一難去ってまた一難。今度は冬歩の機嫌が悪くなった。
「私は『似合う』だけで、唯煌さんには『世界で一番綺麗』って言ったじゃない」
「まさか、自分がぞんざいに扱われたとか言う気じゃないよな……?」
「己惚れないでくれるかしら?別に瑪瑙がどんな女に見惚れようともどうでもいいわ。ただ、瑪瑙の中で私はあの
ええ……面倒くせぇ……
後、冬歩の中で灰銀の評価が下がりまくってるな。阿呆って言っちゃってるし。
仕方ない。少し褒めておくか。傷心中の女の子には優しくしておけって、琥珀も言ってたしな。
「『魚屋通いの猫』さんの文章は世界で一番好きだぞ?」
「瑪瑙のそういうところ、本当に大嫌い」
どうしろって言うねん……
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