第26話
冬歩と灰銀が談笑している。俺はその後ろを自転車を引きながら付いて行く。女子トークに入れるほど、俺はコミュ力が高くないので、さっき更新されたばかりの『魚屋通いの猫』さんの小説の冒頭を読んだ。
「おや?」
気になるところが出てきた。冬歩の書く小説は基本的に冬歩と春樹の夢小説だ。そこに俺が振られ役として登場するの。今回の短編は冒頭部分だけ読むと、灰銀がメインヒロインで冬歩ではない。
「ふふ、気付いたようね。今回の主役は兄さんと私じゃないわよ」
いつの間にか俺のスマホを覗いていた。冬歩とはいえ、近づかれると困る。女子だし。ただ、それ以上に気になるのは内容だ。春樹と冬歩が主人公とヒロイン以外の小説を書くことはなかった。
「どういうつもりだ?」
すると、冬歩は達成感を得た表情で空を見上げた。
「私、そろそろ小説家を引退しようと思っているのよ」
「は!?」
「え!?辞めちゃうの!?」
寝耳に水である。俺は『魚屋通いの猫』さんの大ファンだ。そんなことを聞かされて、冷静でいられるわけがない。そんな俺の気など知らずに満足気な表情をしていた。
「私が小説を書いたのは兄さんと結ばれたいという願望が基になっているの。だけど、それももうおしまい。私の願望がついに現実になるの」
「お前、まさか……!?」
冬歩が何を言わんとしているのか分かった。つまりは━━━
「ええ。そうよ。今日、兄さんに告白するわ」
それは不味い。いや、確かに第一のファンとして『魚屋通いの猫』さんが引退するのは悲しい。だけど、それだけは本当に不味い。
━━━このままだと冬歩に殺される。
「え!?春樹君に告白するの!?」
灰銀が目をキラキラさせて冬歩を見た。
「ええ。そうね」
うっとりとした顔で肯定する。
「どうやって告白するの!参考にさせてよ!」
下世話な灰銀が声高に冬歩に訊ねる。
「今日の夕食時に家族の前で発表しようと思うわ。兄さんへのプロポーズをね」
「プロポーズ!?気が早くない!?」
「小学一年生の頃から一緒に居るから実質十年間同棲しているも同然なのよ?今更付き合う必要なんてないじゃない」
「お、おお……大人だぁ」
灰銀が冬歩を尊敬の眼差しで見ているが俺の体調はすぐれない。むしろますます悪くなってきた。
「瑪瑙君……?」
「いや、なんでもない。続けてくれ……」
すると、冬歩がため息をついた。そして、俺をかつてないほど優しい顔で見てきた。
「貴方の大好きな私は明日、他の人のものになってるわ。ごめんなさいね?」
「安心しろ。お前には微塵も興味がない」
「強がっちゃって」
人をいじるときだけは本当にいきいきとする。冬歩が人気の理由が本当に分からない。
「ところで唯煌さん、質問していいかしら?」
「んにゃ?いいよ~」
「人気美少女小説家の義妹に告白されたら、兄さんも嬉しいわよね?」
なんだよ、その質問。どっかのアイドルもおんなじようなことを言っていたような気がする。
「そうだね!私が春樹君だったら嬉しくてOKしちゃうよ!」
「そうよね。客観的な意見は嬉しいわ」
冬歩はホッと胸をなでおろす。
「実は父と義母からも公認をもらっているの。祖父母からもね。喜んでもらえたわ」
「おお……!」
外堀は既に埋めたわけか。小説を読んでいれば、冬歩が春樹を好きだというのはすぐに察せられるだろう。俺は親じゃないが、子供同士の結婚というのは親としてどんな感情なのだろう。複雑だろうが、嬉しいという気持ちが勝るのだろうか。
「結婚指輪も購入済みで夕食の場で渡すつもりよ」
「流石に早過ぎるだろ……」
高校生で結婚指輪をもらったら混乱すること間違いなしだ。そもそも俺と春樹はまだ結婚できる年齢ではない。そんなことを言っても今の冬歩は聞かないだろう。
「マイホームは新築ね。貯金はたんまり持ってるし、資産もリスク分散して、不労所得を得ることができるわ。これなら兄さんを働かせることもない。子供は四人で女の子と男の子が二人ずつね。将来設計も完璧。どうかしら?これでフラれる要素があると思う?」
「…ない!」
全勝していて、大敗北した女のお墨付きだ。良かったな、冬歩。
確かに見事な結婚生活だ。相手が冬歩じゃなければ、春樹に嫉妬していたかもしれない。
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