第23話

「なんだよ、瑪瑙君。冬歩ちゃんのことが大好きなんだね」


「違う!俺は冬歩の作品が大好きなだけであって、本人は大嫌いだ!」


冬歩はペンネームは『魚屋通いの猫』という。ネット小説でたまたま1ポイントも入っていない頃からファンになった。そして、俺の思惑通り徐々に人気を得て、結果的に今では大活躍している。


俺は毎日のように感想を送っていた。そして、ラノベが売れて、サイン会が開かれるというので満を持して行ってみた。その時の、冬歩の表情はとても面白かったが、俺はそれ以上の馬鹿顔を晒していたことだろう。


元々、会えば喧嘩をしていたような仲でそのたびに春樹に迷惑をかけていたが、その一件以来、俺は冬歩に頭が上がらなくなっていた。


ちなみに俺のアカウント名は『魚屋さん』だ。本当に他意はない。偶然だ。


「でもさ、瑪瑙君を小説の主人公にしてるんでしょ?嫌いなんて嘘じゃないの?」


主人公ならな。


「それは誤解よ。瑪瑙はヒロインにフラれる負けキャラだもの。ね?」


いい笑顔だなぁ。今日一番の笑顔を俺に向けてくれた。全然嬉しくねぇな。


「唯煌さんに説明しておくと、瑪瑙が好きなキャラって自分をモデルにした負けキャラなの。自分が大好きなのね?」


「ほぇ~」


もう殺してくれ……


どうして、あんなに感情移入できるのかと思っていたら、自分だったという話だ。冬歩の洞察力には感服するが、俺の扱いを改めて欲しいと思う。


それと、知り合いだけには絶対に知られたくなかった。だって、


「面白そうだね!電子で全部買っちゃった」


「あら、ありがとう」


こうなるに決まってるじゃん……


知り合いに俺だと思われながら本を読まれると言うのはもう二度と経験したくなかった。一度目は家族。アレのせいで、俺が冬歩を好きだという風評被害が家族の中で広がったのだ。


ただ、やられっぱなしというのは面白くない。せめてもの抵抗だ。俺だけが本のモデルになっていると思ったら大間違いだ。


「ちなみに、その本のヒロインは冬歩だ。で、主人公のモデルが春樹だ」


「え!?」


灰銀が冬歩を見ながら、驚いてる。


「別に隠すことじゃないわ。私は兄さんを愛してるし、兄さんも私を愛しているわ」


「なんでそんなに堂々としているんだよ……」


結構恥ずかしいことを言った気がするんだがな。


「ほ、ほぇ~」


灰銀は別世界でも見ているようだった。これは勘違いしているパターンだ。


「ちなみに春樹と冬歩は義兄妹だからな?」


「え!?そうなの!?」


同じ学年で双子だと勘違いしている者が多いが、そんなことは全くない。偶々再婚したおばさんとおじさんに同い年の子供がいただけだ。


「ふふ、義兄妹で愛し合っているのよ。羨ましいでしょう?」


「春樹がお前を愛してるとは限らんだろ」


「負け犬の遠吠えね。私に振り向いてもらえないからって見苦しいわよ?」


もう何も言わん。面倒だし。


「そ、それで義兄妹モノが多いんだね……」


灰銀がスマホをスクロールしながら、冬歩の本と冬歩を見比べていた。言わんとしていることはわかる。

『よく、自分と春樹想い人をモデルにした夢小説を書けるよな。頭おかしくない?』って思ってる顔だ。


ちなみに、冬歩の小説のことはもちろん家族バレしている。春樹も当然知っている。だが、あの読解力ゼロの男は俺が主人公だと勘違いしている。つまり、俺と冬歩の恋愛小説だと思っているらしい。教室での謎のお節介もそれだ。


義兄弟ものだって書いてあるのに、なぜ俺と冬歩の恋愛小説になるのだろう。謎過ぎる。


灰銀が小説と冬歩の顔を見比べているのに気づいたのか、冬歩は勝ち誇った顔をした。


「愚問ね。私と兄さんの恋愛には金を払う価値があるって思ってくれたのよ?それだけで誇らしいわ」


流石、売れっ子小説家。凡人の頭では理解できない領域にいるのだろう。悔しいが本当に、冬歩の書く小説は面白いのだ。悔しいが。


「そろそろ、本題に入りましょうか」


冬歩がパソコンを机から取り出して俺たちの前に置いた。俺と灰銀が並んで座って、その向かい側に冬歩が座っている。冬歩が真剣な様相でパソコンを動かしている。


「お、お願いします」


冬歩の本気オーラを感じ取ったのか、灰銀も背筋を伸ばした。


「それじゃあ始めるわね……といっても、恋人同士が一緒に悩みを相談しに来るパターンなんて初めてだけれど」


「「は?」」


灰銀と俺の声が揃う。何か世迷言を言ったか?


「私ほどになると、貴方たちの関係が分かるのよ」


冬歩が得意げに言っているがすべてハズレだ。誰かこの女の口を閉じさせろ。


「といっても貴方たちは分かりやすすぎよ。手を繋いで教室に入ってくるなんて本当にバカップルなのね」


「あ、ああ」


違う。それは灰銀が俺を無理やり連れ込むためだ。灰銀に否定を頼もうと思ったが、ゆでタコみたいになって使い物がならない。


「元スーパーアイドルがなぜ瑪瑙を好きなのか色々深堀りしたいところだろうけど、悩みは人それぞれだもの。私はそれを尊重するわ。それで何の用かしら?唯煌さん」


「か、彼氏じゃねぇよ!?」


灰銀の気持ちの良いツッコミが北棟に響き渡った。

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