第21話
「ねぇ~、『精神高揚部』行こうよ~」
授業が終わって、いざ帰ろうと思った矢先、灰銀に絡まれた。ここ一週間、毎日こんな感じだ。誤算だったのはクラスメイトの前では関わってこないと思っていたことだ。おかげで、クラスメイト達の注目を集めている。
「しつこいな。嫌だったら嫌なんだ」
「じゃあさじゃあさ。恋愛相談とかしてみるのはどうかな?」
「絶っっっ対に嫌だ」
その手の話だけは本当にお断りだ。
「どうしてだよおおおおおお!」
「吠えるな馬鹿たれ」
「馬鹿って言うな!私は学年二位の女だぞ!」
「クッソ、世の中不公平だ……!」
本当世の中可笑しいわ。なんでこんな馬鹿そうな女の成績が良いんだ。世界のバグだろ。期末テストが返ってきたのだが、俺は相変わらず学年で三十番くらいをキープしている。
「最近仲良いな、お二人さん」
春樹が会話に混ざってきた。
「春樹君じゃん。チ~ス」
「チ~ス」
仲いいな、お前ら。
灰銀フィルターを通過できた春樹と三人でここ一週間を過ごしていた。
それより不味い。春樹が会話に入ってくると、風向きが悪くなる。
「そんで何を騒いでるんだ?」
「聞いてよ、春樹君!瑪瑙君が『精神高揚部』に付いてきてくれないんだよ?酷くない!?」
「瑪瑙が?はぁ~さては」
ああ……春樹が知ってしまった。しかも、あの顔は勘違いしてるやつだ。
「なぁ、瑪瑙。今日は俺、部活の奴らと飯を食って帰るって妹に言っておいてもらっていいか?」
「嫌だわ。そんなのLINEで伝えろ」
俺が頑な態度をとっていると、春樹が耳打ちしてきた。
「瑪瑙。素直にならないと後々後悔するぜ?」
「何がだよ。俺はいつだって素直に生きてるぞ」
クラスの『腐』の気配が強まったのは気のせいだろう。
「分かるぞ。お前の気持ちは」
うんうんと頷いているが、何も分かってないから困ってるんだよ。俺の意図を察してくれ。鈍感を克服したと思ったが全然そんなことがなかった。
「ま、妹も会いたがってるから、行ってやってくれや。そんじゃあ部活行ってきますわ!」
「あ、待てこの野郎!?」
春樹がダッシュで教室から出て行った。残されたのは俺と灰銀のみ。後は伝える必要もない用事だけ。帰りたいなぁ。
◇
千寿高校は二つの棟に別れていて、生徒が勉強する南棟、職寝室や保健室、後は社会科準備室や理科室などが、北棟に詰め込まれている。文化部は北棟で放課後、活動することが多い。
「ほぇ~、それじゃあ春樹君の妹さんが、『精神高揚部』の部長さんなんだ」
灰銀が頭の裏で手を組みながら、俺に言ってくる。そういう女子力のなさがヒドインまっしぐらなのだが、絡まれたら面倒なので言わないでおく。
「灰銀さんは春樹の妹についてどれくらい知ってるんだ?」
「売れっ子美人小説家ってとこかな。この学校なら私の次に人気があるんじゃない?」
私の次っているのかな?
「言わずもがな、悩みを相談すれば、どんなことでも解決するってことで有名だし、深井ちゃんも相談してるらしいよ。━━━そろそろその子とどんな関係なのか教えてくれない?瑪瑙君が一週間も渋った理由ってそれでしょ?」
まぁ…それぐらいは察するよな。
「『精神高揚部』の部長は春樹の妹だから昔からの知り合いだよ」
「それは分かってるんだよ。さっさと続きはよ」
「……俺が個人的に苦手でな。できれば、会いたくない」
「んで?」
「これ以上は言いたくない」
「実質、何も語ってないじゃん!」
「俺にだって言いたくないことくらいはある。プライバシーって知ってる?」
「知ってるよ。侵していいやつでしょ?」
「ちげぇよ」
なんてこと言うんだ、このアイドルは。
「え?でも、週刊誌の人たちは普通に侵してくるよ?」
「……俺が悪かったです」
灰銀と俺では生きてる世界が違う。有名税と称して色々されてきたんだろうな。ルビーの瞳が黒く濁っている。
そうこうしているうちに『精神高揚部』の看板が見えた。あそこが部室なのだろう。
「俺は春樹の用事を伝えたら、外で待ってるよ」
「いやいや、一緒にいてくれよ」
なんでやねん。
「ほら、灰銀さんにも聞かれたくないことくらいはあるだろ?」
「金城君とのことだけだから、いてくれていいぜ?むしろ共犯だろ?」
「いや他にもあるだろ。あ、そうだ。せっかくだから、春樹の用事も灰銀さんが伝えてくれるとありがたい━━━」
「あ~はいはい、そういうのいいんで」
俺の言うコトを無視して、教室の扉を叩いた。一人で入っていく勇気が出たならよかった。俺は外でスマホゲーでもやりながら時間を……アレ?何か違和感が……
違和感の正体が右手にあったので、確認すると灰銀が俺の手を握っていた。
「は?」
「強行突破だ、瑪瑙君。Here we go!」
俺の方を見て悪戯心丸出しで、笑った。灰銀と手を握っていることに赤面する前に、俺を無理やり引っ張った。
「ちょ、待って!」
「失礼しまーす!」
俺の制止を振り切って、『精神高揚部』の部室に入る。中は普通の教室だ。机も椅子も等間隔で置かれている。ただ、教室の奥の方にはパイプ椅子や長椅子が置いてあった。イベントごとで使われるものって普段どこにあるか分からないが、発見できてよかった。
「あら、珍しいお客さんね」
はぁ……この声を聞くと嫌になる。
「ようこそ、『精神高揚部』へ。今日はどんな悩みをお持ちなのかしら?」
教室の窓側で少女が一人、カーテンの揺れる傍で読書を嗜んでいた。絹のような美しい黒い長髪が風と一緒に靡いていた。サファイアの瞳と氷のようなクールという名の鉄面皮が学校の連中に人気があるらしい。知らんけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます