第20話

「NTRを成功させるためには精神的な余裕が大事なんだよ」


「いきなりなんの話だよ……」


屋上に行くと、先に到着していた灰銀が待っていた。グラウンドを見ながら、黄昏ている灰銀がいきなり意味不明なことを言って来た。


「剣道場があるでしょ?」


「ああ…あ~」


灰銀に釣られて、剣道場を見たら、何が言いたいか察せられた。夢宮と金城が剣道場の裏で昼食をとっていた。あそこなら、屋上以外からバレることはないだろう。屋上以外なら。


「元気出せよ……?」


俺はそれしか言えることがなかった。灰銀は肩をすくめてやれやれと俺を見てきた。


「ノープロブレムだよ、瑪瑙君。言ったでしょ?NTRを成功させるためには精神的余裕が大事だって。大好きな人が他の人とイチャイチャしてたって慌てちゃダメなの」


「あ、キスしてる」


「嘘やろ!?ファーストキスはワイのや!」


どこに落ち着きがあるのかな?


ちなみにキスの話は嘘。


後、灰銀。ファーストキスはもう無理だと思うぞ。あの感じだと既に……


「コホン、まぁこんな風に、精神の安定を保つことが大事なの。分かる?」


なかったことにしたようだ。ツッコむのは野暮ってものだ。


「それで、今度は何をしようっていうんだ。催眠アプリとかはなしだ。アレはフィクションだし」


「……瑪瑙君は私の心を揺さぶる天才だね。フラれたその日に調べたけど、現実には存在しないのは確認済みなんだから」


「ごめん……」


「謝んなよ……こっちが惨めになるじゃん」


そんな想像上のモノに頼るほど、追い込まれていたのか。もう少し優しくしようと心に誓った。チラっと剣道場の方を見ると、夢宮と金城が向きあっていた。あ、これは灰銀が可哀そうな奴だ。


「精神の安定を保てるようになったのは流石だな~」


「え?そう。いやぁ、参っちゃうなぁ。私天才だしね~」


悲しんだり喜んだりブレブレじゃねぇか。まぁ、こっちに意識を向けられたのならよかった。


「それよりさ、付き合ったカップルが1年でどれくらい別れるか知ってるかい?」


そんな統計を調べるなよ……


俺たちにとってはどうでもいいデータであったとしても、灰銀にとっては希望のデータなのだろう。


「どうだろ。百組に一組か二組くらいじゃない?」


「それはロマンチスト過ぎるよwww恋愛に夢見すぎwww」


うっせぇ。今すぐ、剣道場で繰り広げられているイチャイチャを見せてやろうか?


こっちが気を遣ってるのが馬鹿らしくなってきたな。


「あ~面白かった。正解は40%だよ」


「へぇ~」


微妙な数字でリアクションの仕方が分からない。


「つまりね。一年間で十組に四組のカップルは別れるんだよ」


「金城夫妻がそうだっていうのか?」


「金城…夫妻?」


こっわ。ヤンデレヒロインになってる。


「言葉には気を付けろよ?時として人を殺すナイフにもなりうるんだからな?」


「はい、すいません」


ガチの真顔をされた。これから灰銀の前であの二人のことを言う時は気を付けよう。


「で、ね。四組も別れるんだったら、金城君たちがそうならないと限らないじゃない?あ、別に、私はあの二人を祝福してるんだよ?別れたらいいなんてちっとも思ってないの。でも、付き合ってから欠点が見えちゃうこともあるじゃん?」


言いたいことは分かった。


「あの二人は幼馴染だ。付き合いも長いんだし、お互いの欠点くらいは知ってるんじゃない?」


「『悪女:夢宮』にフラれて傷心中の金城君を私が癒やしてあげるの」


俺の話は流された。都合の悪い情報は聞かないようにできてるらしい。


「そうなったときに、私が大人の魅力でメロメロにしてあげなきゃいけないでしょ?そこで大事なのはママのような包容力、つまり、精神的な優位性なんだよ」


すると、ズーンと灰銀の周りが湿ったくなった。


「だからね、私は泣かないの……今、剣道場の裏で二人がイチャイチャしてるのを見ても泣かないんだ……絶対……」


なんだよ、気付いてたのか。


「ごめん……」


「謝んなよ、ブラザー。気遣いにはマジ感謝。だけど、視線でバレバレ。見てくれって言ってるようなもんだったぜ?」


重ねてごめん。もっと、うまくなります。


涙眼の灰銀を見て中途半端な対策をした自分が情けなくなった。


予鈴が鳴ると、金城夫妻が弁当を片付けて、帰り支度をする。けれど、一緒に戻ることはない。時間差をつけて、一人ずつ出て行った。夢宮のことはなるべく知られたくないと言っていたから、その対策なのだろう。


「俺達も戻ろうか。次は移動教室だったろうし」


「ああ、ちょい待ち。こっからが本題」


「まだ、何かあんの?」


「うん。まだ前段だよ」


あんだけ喋ってまだ何も伝えてなかったのか。


「本当は分かってるんだ。数億円所持していても、ファンが何万人もいても、私は天才なんだって……」


「自慢話なら帰るぞ?」


「あ~待って待って!ふざけないでちゃんと言うから!」


「最初からそうしてくれ……」


というかふざけている自覚はあったんだな。確信犯だったか。


すると、灰銀の周りが湿っぽくなった。


「だけどね。もう精神的に限界なんだ。毎日うなされてるし、そろそろ安眠したいの」


精神的な安定は何処やら。まぁ強がりなのはわかってたからツッコまない。


「そこで、私は悩みを相談しに行こうと思ってます。ほら、この学校にはメンタルケア専門の部活があるでしょう?『精神高揚部』だっけ」


「ああ、あそこね」


ふむ、言いたいことが分かった。


「というわけで、放課後、『精神高揚部』に行こうぜ?」


「嫌だ」ニコ


「え?」


俺は屋上の扉に手をかけると、灰銀が俺の肩を掴んできた。


「聞き間違いかな?一緒に行ってくれるんだよね?」


「嫌だ」ニコ


「なんでよ!?行けば、どんな精神的な問題でも解決してくれるんだぜ?私の身を引き裂かれそうな思いはどうしてくれるんだ!?」


「勝手にしろよ」ニコ


「瑪瑙君のそんな笑顔初めてみた。キモイよ?」


「なぜ、俺のメンタルを傷つける……?」


いきなりのキモイ発言に俺のライフは一気に半分以上持ってかれた。


「え?トラウマを負えば、一緒に行けるじゃん」


「鬼畜かよ」


同伴させるために、俺も患者にしようという考えはえぐすぎる。


「絶対に行かない」


「な~ん~で~よ~!」


同ギャーギャー後ろからうるさく寄ってくる灰銀の話を流しながら、俺は『精神高揚部』のことを考える。


実際、評判通りだと思う。灰銀も行けば悩みを解決できる……かもしれない。だからといって、『精神高揚部』には行きたくない。


俺と相性最悪のアイツがいるし……


━━━

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