第19話

「瑪瑙、飯食おうぜ~」


「悪い、今日は用事がある」


ちらっと灰銀の方を見ると、教室を出て行った。


「ちぇ~じゃあ、少しだけ話そうぜ」


「少しだぞ?」


昼休みになると、後ろの席の春樹が話しかけてきた。


「昼練はないんか?」


「昨日試合だったから、今日はオフ」


「結果は?」


「勝ち残った。心臓に悪すぎるわ」


リーグ戦とは違って、一回負けたら即終了のトーナメント。春樹は一年生の頃から試合に出ている。今では点取り屋として、活躍している。この大会が三年生の最後の大会だったはずだから、自分が決めなければ、先輩の3年間が終わるというのも相まって、心理的負担は並みではないはずだ。


「来年以降が心配でしょうがない。先輩たちがいなくなったら、ますます俺にパスが届かなくなるんだよなぁ」


「フォワードからしたら、死活問題だな。決定機を演出できる奴がいないのか?」


「まぁな~。というよりも、フォワードとディフェンダーが多すぎるんだよ。両極端過ぎて、真ん中が全くいない。俺が中盤に降りてくることまで考えられてるんだぜ?信じられるか?」


「そりゃあ、なんというか……ご愁傷様です」


春樹は根っからのストライカーだ。攻め全振りの選手が中盤に降りてきても、ディフェンスの面で役に立たない。逆に守備重視過ぎてもボールを奪った後のビジョンが描けないから、結局、ボールをロストしてしまう。


俺たちの代のサッカー部は中々難儀なようだ。来年の一年生に期待だな。


「まぁ、その問題をすぐに解決するウルトラCがあるんだけどな」


「あるなら使えよ」


もったいぶってる場合じゃないだろうが。


「瑪瑙がうちの部活に入ってくれれば「屋上に用があるから、行くわ」最後まで聞けっての!」


大体、こうなるのは予想できたので、早々に話を打ち切らせてもらう。


「はぁ……この話はこれからも一生続けるとして」


「やめてくれ。マジでさっさと諦めろ」


『一生』で教室がざわついた気がするのは気のせいだろう。


「最近、妹の様子がおかしいんだけど、何かわかるか?」


「さぁ。逆になんで俺が知ってると思ったんだよ?」


「瑪瑙とうちの妹は仲が良いじゃん」


「そんなわけがないだろ……そもそも身内の春樹が分からないんなら俺に分かるはずがないだろ?」


「ま、そうだよな。瑪瑙でも分からないんだったら、諦めるか」


春樹は俺と自分の妹の仲が良いと思っているが、全然そんなことはない。春樹の人を見る目のなさはどうにかした方がいいと常々思う。


「あ、先輩!春樹先輩!」


教室の外から元気いっぱいの声が聞こえてきた。そっちを見ると、ジャージ姿の後輩女子がいた。そして、俺たちのところにずんずん入ってきた。上級生の教室に入るのに物怖じする様子が全くない。


「甘音じゃん。どうかした?」


「どうしたもこうしたもありませんよ!今日はミーティングですよ!昼にやるって言ったじゃないですか!」


「あ、やっべ。普通に忘れてた……監督、怒ってる……?」


「ええ、カンカンです」


「うわぁ……行きたくねぇ……」


「言い訳してないでいきますよ~」


後輩女子と目が合った。


「先輩こんにちは。後、たいっへん!お世話になりました!」


「あ、うん。その感じだとうまくいったのかな?」


「はい!」


彼女は叶甘音かのうあまね。一つ下の後輩でサッカー部のマネージャー。肩まで伸ばした茶髪に人懐っこい瞳。一つ一つの動作に目を引かれるがアレは計算だ。男ウケする術を知っている。初めて声をかけられた時、ドギマギしたのは黒歴史だ。


ほとんど、誰とも接点がない俺だが叶とは少しだけ接点があった。


「ほらほら、行きますよ~」


「瑪瑙~!助けて!」


「いってら~」


「裏切者!」


連行されていく、二人を見送った。あの感じからすると、うまくいったのだろう。春樹の最大の欠点であった『鈍感』も、少しは克服したみたいだし、めでたしめでたしだ。


「さて、こっちも行きますか」


元スーパーアイドルからの呼び出しだ。


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