第10話

灰銀が金城夫妻を追い始めたので、俺も小走りで追う。つかず離れずの絶妙な距離感を保つ。すると、二人は映画館に向かって行った。予想の範疇だ。


「真君と映画デート、楽しみだなぁ」


「桃花は付き合ってからずっとそればっかだな」


「そ、そんなこと言って、真君だって『ワッチャアネーム?』を楽しみにしてたでしょ?」


「まぁな。だけど、何を観るかじゃなくて、誰と観るかが大事だろ?それに初デートだしな」


「……うん、そうだね。私も、大好きな、真君とだから、余計に楽しみだよ。えへへ」


お互いに恥ずかしいことを言って、照れ合ってる。なんだこれ?爆発してくれませんかね。


カップルになりたての人間たちはこういうものなのか。見てるこっちは角砂糖を口に投げ込まれたような甘ったるい気分になる。


「悪女め……せいぜい束の間の幸せを噛み締めておくんだな!」


怨嗟の言葉を夢宮に向けているフラれた元スーパーアイドルが苦々しい雰囲気を醸し出しているので、金城夫妻の甘さを中和してくれている。


ただ、ここで問題がある。俺たちは今、映画館の列に並んでいるが、『ワッチャアネーム?』は超人気映画だ。数日前に予約をしないと、席が取れない。当然、俺は予約なんてしていないし、そもそも金城夫妻がどんな映画を見るか分からない時点で尾行は無理ゲーだった。


「案ずるなよ、ブラザー」


灰銀がドヤ顔で俺を見てきた。そして、手には『ワッチャアネーム?』のチケットが二枚。


「こんなこともあろうかと、チケットは入手済みだぜ?」


「なんで?」


どんな思考回路をしていたら、金城がこの時間に『ワッチャアネーム?』を鑑賞すると予測できるんだ?


推理が気になって灰銀を見ていると、ルビーの瞳からハイライトを消して、いじけながら俺にネタバラシをした。


「交際前予約をしておいたんだ。ほら、私と付き合うのは確定未来だと思ってたからさ」


なんて馬鹿なことを……交際前予約なんて負けフラグ一直線じゃないか……


あの日の俺がこの結末を知っていたら、阻止していたかもしれない。


「その次の日かな。この時間に金城君が泥棒猫とデートをするって知ったの。やったね。交際前予約が役に立ったよ。ははは……」


つまり、二枚目のチケットは本来、目の前でイチャついてる金城のものだったというわけか。なんというかご愁傷様です。


「そういうわけなので、映画館でも尾行は続けるよ」


もう諦めた。灰銀唯煌という人間は目的のためならどんな手段でも使ってくる。


「席が離れてたらどうするんだ?」


一応聞いておく。


「双眼鏡を持ってきたんだ。一個貸してあげるよ」


いらねぇ……



『ワッチャアネーム?』は想像以上に面白かった。空前絶後の大ヒットを記録したというのは本当のようだ。灰銀には申し訳ないが、映画が面白くて、金城夫妻のことが頭から抜け落ちていた。


「『ワッチャアネーム?』、面白かったね~」


「そうだね~」


お前もがっつり鑑賞してるんかい。まぁいいけど……


俺たちは今、イートインスペースに移動していた。位置は金城夫妻の斜め後ろ。日曜だから人もたくさんいるので、俺たちが話していたとしても、気づかれないだろう。俺は金城夫妻の会話に集中する。


「面白かったねぇ」


「そうだな。もう一回記憶を失くして観たくなったよ」


「それ記憶をなくす前も言ってたよ~?」


「は?」


「嘘だよ……?てへ」


夢宮はそのピンクの髪とそのアホ毛以外は地味子だが、意外と小悪魔な一面があるらしい。


「……桃花が俺に嘘をつくなんて。どこでそんな悪いことを覚えたのか……」


「ふふ、誰のせいだろうね?それよりあーん」


「恥ずかしいんだがな…」


それ牛丼だぞ……?


食べさせ合いっこするにはあまりにも場違いなチョイスだ。今、俺が食べているポテトとかでやるもんじゃないのか。


「ん?」


変だな。今口にしているのはポテトのはずだが、パフェの味がする。金城夫妻のせいで味変してる。


「ネムレス君。奴らは今、何をしている……?」


あ、ポテトの味が戻ってきた。


「何って映画の感想を言い合いながら、牛丼の食べさせ合いっこをしてるな」


「だよな。頭おかしいんじゃねぇか?」


「鏡見たら?」


牛丼に砂糖を山盛りで乗せるやつなんて初めて見たわ。


俺はチラ見で金城夫妻の様子を見ている。灰銀は器用に手鏡で反射させて、二人の様子を見ていた。尾行馴れしているようで何よりだ。


「ん?もしかしてネムレス君も食べたいのかな?」


「いや、全然」


そんな不味そうな飯を食いたいなんて思わない。


「そんなに食べたいなら、あーんしてあげるよ。ほれ」


砂糖まみれの牛丼が乗っているスプーンを俺に向けてくる。普通のシチュなら、赤面するが、今は生命の危機が迫って青くなっている。


「マジでいらない。そんなもの食べたくもない」


「遠慮するなよ。ほれ」


「ぐへ!?」


口に牛丼が突っ込まれた。砂糖の風味90%で牛丼が10%ほどだろう。口にはできない不味さだ。


「唯煌ちゃんからの特別なあーんだぜ?惚れちゃったかな~?」


ニヤニヤと俺を見てくる。別の食べ物だったら、惚れた可能性もあるが、そこは残念なヒドイン。好感度は逆に下がった。


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