第6話

「ただいま~」


「おかえり~遅かったね~」


家に帰ると、妹がエプロン姿で玄関口まで迎えに来てくれた


枯水琥珀かれみずこはく。今年中学三年生の俺の妹だ。良妻賢母と言われるぐらいに家事炊事は完璧。どこに嫁に出したとしても何も恥ずかしくない。勉強もできるし、友達も多い。生徒会長も務めるぐらいだから、人望もある。


どっかの兄さんとは大違いだ。


「お風呂にする?ご飯にする?そ・れ・と・も?」


「ご飯で」


「ぶー、ノリが悪いなぁ」


「悪かったな。今日は人付き合いで疲れてな…」


鞄をリビングに投げてネクタイを緩める。やっぱ家が一番だ。


「お兄ちゃんが、人付き合い……?」


琥珀がお玉を落とした。そして、好奇心Maxで目を輝かせて俺に詰め寄ってきた。


「誰?春樹先輩?あ、もしかして、冬歩とほさん!?」


春樹はともかく、なんでアイツの名前が出てくるんだよ……


「違う。けど、聞いたら驚くぞ?」


「え?だれだれだれ?めっちゃ気になる!」


「灰銀唯煌」


「ああ、はいはい。制服がシワになっちゃうから、さっさと部屋にかけてきて。それから家族会議です」


「あ、はい」


琥珀に言われた通り、部屋に荷物を置いて、リビングに行く。作ってくれたカレーを前にして、腕を組んだ琥珀が神妙な顔つきで見ていた。


「お兄ちゃん、私は心配なのです」


「お、おう」


「唯煌ちゃんがお兄ちゃんと同じクラスなのは知ってます。とっっても羨ましいです。お兄ちゃんに友達になってもらって家に連れてきてもらうっていう夢もありましたが、ゴミなので無理だと諦めました」


確かに一学期の最初の方はそんなことをずっと言われていた。俺には不可能だと悟った琥珀が一週間ほど不貞腐れたのはいい思い出だ。


でも、ゴミは酷いよぉ……


「同じクラスだから、全く会話がないわけないでしょう。だけどね、お兄ちゃん。事務連絡を会話のカテゴリーに入れちゃダメだよ?それで疲れてたら、社会に出てからどうするの?」


我が妹ながら、中々の毒舌だ。


「いや、結構普通の会話をしたぞ?」


「へ~例えば?」


「……」


会話の内容を説明しようとしたが、言葉を詰まらせた。


灰銀唯煌が同じクラスの金城にフラれて傷心中、そして、なぜか横恋慕の手伝いをするって話をするのは言いづらい。


アレ?普通の会話してなくない?


「それが答えでしょ?」


琥珀が呆れながらも、聖母のような微笑を浮かべた。


「お兄ちゃんの年頃だもん。見栄を張りたくなるのはわかるよ?隣の席の伊藤君もお兄ちゃんみたいにほら吹き野郎なんだ。家にキリンを飼ってるなんて誰が信じるんだろうね」


琥珀はモテる。つまり、構ってほしくてついた嘘なのだろう。嘘の内容があまりのもお粗末すぎるが、健気な姿勢が想像できる。


ただ、伊藤君のおかげで、唯一話した普通の会話を思い出した。


「俺は嘘はついてない。日曜、一緒に出掛ける約束をしたんだ」


「お兄ちゃん……」


「なんで泣きそうなの?」


琥珀が信じてくれないので俺はスマホを取り出した。さっきLINEを交換したから、それでも見せれば納得するだろう。


「お兄ちゃん。偽アカを作る暇があるなら、新しく友達を作れば?」


「お兄ちゃんが泣くぞ?」


琥珀が酷すぎてお兄ちゃん、泣きそうです。


「だって、なんのメッセージも入ってないじゃん。そんなんじゃ……「ヒュポ」……え?嘘?」


今、LINEの通知音がした。俺のスマホにだ。琥珀が光の速さで俺のスマホを強奪して、一心不乱に凝視している。


「お兄ちゃんが、え、本当に……?」


「なんだ?誰かから連絡が来たのか?」


「い、いや!ちょっと待ってて!こんな重大ミッションをお兄ちゃんに任せるわけにはいきません!」


「俺のスマホなのに?」


「うん!」


そういうや否や俺のスマホをいじり始めた。何やらとても集中しているようなので、俺はカレーを食べることにした。家族会議はうやむやになったので、よしとするか。


飯を食い終わると、琥珀が神妙にスマホを置いた。そして、床に頭を付けて、美しい土下座を披露した。


「お兄様」


「なんだ?」


「私が悪かったです。灰銀唯煌ちゃんと友だちになったというのは本当だったんですね?」


今の関係は良くて知り合いぐらいだと思う。これからやろうとしていることを考えれば『共犯』というのがぴったりかもしれない。


「スマホ、お返しします。ついでに、私が気の利いた返信をしておきました」


「おお、ありがと━━━は?」


琥珀は親指を立てて、今日一番の笑顔を俺に見せてきた。


「それじゃあ私は風呂にでも入ってきます!アデュー!」


「あ、コラ!」


琥珀はさっそとリビングを出て行ってしまった。


琥珀の悪戯に若干、辟易しながLINEを開く。会話をしているメンバーの一番上に灰銀の名前があった。


「琥珀の奴、なんて返信したんだ?」


天使のような妹だ。俺よりも気を使って返信してくれたに違いない。正直、灰銀と会話なんて俺にはハードルが高すぎたからよくやったと褒めてあげたい。


灰銀『今週の日曜日、改札を出たところで集合で。遅れないでね~』


俺(琥珀)『ああ、愛しの唯煌とのデートが楽しみ過ぎて今から寝れないぜ』


━━━は?


スクロールしてメッセージの続きを見る。


灰銀『オイオイオイ、気合い入り過ぎだろ~(笑)私も本気でオシャレして行くからちゃんと見つけてくれよ?』


俺(琥珀)『ああ、最高の俺で迎えに言ってやるぜ。俺の美貌に悩殺されないように気を付けてくれよ?』


灰銀『ネムレス君、LINEだとそんな感じなのねwwwめっちゃおもろいわwww』


LINEを見て俺の心が凍てつく。なんだこれ?


「とりあえず琥珀が出てきたらアイアンクロウだ。うん」


俺『すいません、俺じゃないです!妹が勝手に返信したんです!』


灰銀『照れるな照れるなwww実を言うと、私を全く意識しないネムレス君に若干腹が立ってたんだけど、本音はそんな感じだったのね。よ~く分かったよ』


俺『違う!マジで灰銀さんには一ミリも興味がない!』


灰銀『……貴様、照れ隠しだってあったとしても、言っていいことと悪いことがあるだろ?』


俺『いやでも、マジなんだって……』


灰銀『ほ~、ネムレス君はアレだね。私の心を揺さぶる天才だね』


なんでそうなるんだ……俺はただ思ったことを言ってるだけなのに……


灰銀『金城君の尾行が第一目的だったけど、ついでにネムレス君を惚れさせてあげようじゃないか。首を洗って待っとけよ?マジで』


文字なのに、言葉に重厚さがあって恐怖感を掻き立てる。


俺『俺を惚れさせても意味がないじゃん……」


灰銀『黙れ小僧!貴様に私の気持ちが分かるのか!?傷心中なのに、ホモ野郎の『永世左王子』にプライドまでズタズタにされたら私は一体なんなんだ!?』


俺『そのあだ名だけはマジでやめてくれ。お願いします』


返信が返ってこない……まぁいいか。


ひとまず風呂から出てきた琥珀の頭は全力で潰そう。うん、そうしよう。


━━━

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