第7話

日曜の駅前。遅れないように十分前に着いた。琥珀が恥をかかないようにと、服を選んでくれたので、変なことにはならないだろう。


「お礼は唯煌ちゃんを家に連れてくるでいいよ?」


不可能なので、帰りにハーゲンダッツでも買って帰ろう。そうすれば、許してくれるだろう。


千寿市には特に観光名所のようなものがない。この辺りの地域の小学生は地元のいいところを探す授業で絶望する。


そんな千寿市には大きなショッピングモールがあり千寿パークと呼ばれている。映画館やゲームセンターもあるので、老若男女問わず人が集まる。千寿高校は駅を挟んで北口にあるから、うちの高校生の遊び場所でもある。


つまり、地元の人間がたくさんいる。


そんな中で灰銀唯煌はいらぎゆきらと、金城とその彼女を尾行をするのだ。どう考えても目立つに決まってる。


しかも、LINEでなぜか怒らせてしまって、本気で俺を堕としに来るらしい。本気でオシャレをした灰銀唯煌はいらぎゆきらと一緒に居たら、目立つに決まってる。俺は何度目か分からないため息をつく。


「少年。ため息は幸せを逃すぜ?」


この若干腹が立つ話し方は灰銀だ。もう振り返りたくない。めっちゃ綺麗な灰銀がいるに決まっている。


「アレ?私の声が聞こえてない?お~い!ネムレス君!愛しの唯煌ちゃんが来てやったぜ?」


「聞こえてるよ……」


俺は観念して、振り返る。そこには黒髪を三つ編みにしていて、でっかい丸眼鏡をしている地味子がいた。服も俺と同じくジミーな感じ。そこに若干の親近感を覚える。


さて、肝心の灰銀はどこだ?


「気のせいか……?」


見渡してもどこにもいない。


「おいおい、本人前にして無視ですか~?」


ジト目で俺を見てくる地味子さん。眼鏡をずらすと綺麗なルビーの瞳が覗かせた。


「灰銀さん……?」


「そうだよ。こんちは~」


「あ、こんちは」


笑顔で挨拶してくる灰銀の姿は学校での姿と全然違う。そもそも銀髪じゃない時点で全く別人だ。なんだこの無駄に高い変装技術。


「ふふふ、驚きすぎて絶句してしまったというところかな?」


俺の内心を見透かされた。悔しいがその通りだ。


「童貞のネムレス君には刺激が強すぎたかぁ。見惚れるのはわかるが、それくらいにしとけよ?惚れたら後に戻れないからさ。あ、もう惚れちゃったか(笑)」


腹が立つ勘違いをしているようなので、訂正しておこう。


「俺は灰銀さんの外見に驚きはしたけど、見惚れてはいないぞ?」


「またまた~。陰キャは『ギャップ萌え』に弱いんだろ?素直になれば、告白くらいは許してやるぜ?」


「ギャップ萌え……?」


スマホで意味を調べる。『ギャップとは、『自分の持っていたイメージと実物の間の差』という意味であり、『ギャップ萌え』とはそのギャップに魅力を感じることである』とある。調べれば調べるほど何が起こっているのかわからなくなる。


「ちなみに灰銀さんのどこにギャップ萌えがあるんだ?」


「お、おお。あえて私に説明させるのか。君は中々鬼畜だね~」


「いいから教えてくれ」


もう疲れた。帰りたいです。


すると、灰銀は胸を張った。


「わざわざネムレス君のために、外見Tier1筆頭人権キャラの私が、Tier4の地味子にまでランクを落としてあげたんだよ?これをギャップ萌えと言わずしてなんていうんだい?」


「は、はぁ」


この女、本当に頭がいいのか……?これじゃあギャップ堕ちだ。


地味子の方が価値が高いという人も中にはいるのはわかる。でも、多数派は普段のスーパーアイドルの方がいいと思うだろう。俺もそっち派だし。


「家に帰ってから思ったんだ。尾行なんてめんどいことしないで、本気の私でデート中の金城君の元に突撃して、NTRを完遂させちゃえばいいじゃんってさ。『うぇーい彼女見てるぅ?君の大好きな金城君は私の魅力に堕ちちゃったんだ。ごめんね☆』」


ちゃんとNTRの勉強はしてるのか……偉くはないけど、真面目だ。


「けどね。私のプライドをへし折ったネムレス君はマジで許せなかったんだ。だから、本気で堕としにいきました。ま、効果は抜群だったようだし、私の溜飲も下がったよ」


図らずも俺は千寿パークに平穏をもたらしたわけか。こんな真昼間の千寿パークで修羅場なんて起こされたら、騒ぎになってしまう。


それにしても随分、折れやすいプライドだな。


「ほれほれ~、可愛い可愛い唯煌ちゃんの感想はどうだい?可愛すぎて何もしゃべれないかなぁ?」


勝ち誇った顔で勘違いされるのは癪だから、一応ちゃんと言っておくか。


「灰銀さん、君は勘違いしてる」


「およ?」


「ギャップ萌えっていうのは普段、地味なあの子が実は眼鏡を外したらメッチャ美人だったっていうものなんだ」


「ほう……ん?」


気付いたか。


「つまり、『スーパーアイドル』の灰銀唯煌がただの『凡人』に成り下がったとしてもここにギャップ萌えなんてあるわけなくないか?」


勝った。完璧なロジック。隙を突こうにも穴なんてないだろう。


「まぁ言わんとしていることはわかってるよ?私、天才だし」


じゃあ、なんでギャップ堕ちなんてしたんだよ……


「でもさ、普段から、日本で一番可愛い私はどうすればいいの?上に行こうにも私が天井だから、下界に降りたんだけど?」


ギャップを生む隙が上に無いなんて盲点だった……


そこらの凡人が言おうものなら一笑に吹せるが、灰銀唯煌だと現実味があり過ぎる。日本で一番可愛い女子がさらに可愛くなるにはどうすればいいのだろう。


すると、灰銀が口元を抑えてニヤニヤと俺を見てきた。


「ネムレス君が何を言いたいか分かっちゃったよ。普段の私が可愛くてしょうがない!それなのに普段着の唯煌ちゃんはどれだけ綺麗になるんだろう!って期待してたんでしょ?」


「は?」


何を世迷言を言ってるんだこの女は。


「ごめんね~Tier4の地味子にまで見た目のランクを落としちゃって」


「いやいや、普通に地味子で来てくれてよかったよ。金城を尾行するのに、普段通りの恰好で来られたら困ってたし」


目立って尾行どころじゃない。ギャップ堕ちしてくれて助かったと思っているくらいだ。


「照れるな照れるなぁ。ほっぺが赤くなっておるぞ~、ほほほ!」


うっぜぇ……


「……帰っていいか?」


「ツンデレ属性持ちなのは深井ちゃんから教えてもらってるぜ?左君」


「どういう意味だコラ?」


後、深井先生はいつか訴える。俺に妙な属性を付加するな。


まだ集合してから十分も経ってない。それなのに、学校に行ったときくらい疲れた。


「それじゃあ尾行の詳細を……ッ!」


「灰銀さん?」


突然、俺を盾にして背後に回った。


「か、金城君が来たんだよ!ほらあそこ!」


「ん?ああ」


金城が改札の前に現れた。


━━━

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