第5話

屋上に行くと、誰もいなかった。グラウンドで練習しているサッカー部を見下ろす。勢いで誘ってしまったが、その後を何も考えていなかったので、居心地の悪い沈黙が支配する。


「助かったよ。ネムレス君」


灰銀が力無く笑って俺を見た。


「気にしないでくれ」


俺の気まぐれだ。もう二度としないだろう。


「まさか同じクラスとは思わなかったけどね」


そこは気にしてくれ。クラスメイトの名前と顔だけは覚えましょう。


「しかも、『永世左王子』だったとはね。声だけ聞いたことがあると思っていたらそういうことだったんだね」


「『永世左王子』って何?俺ってクラスでそんな風に言われてるの?」


「あ、これは女子たちの秘密だから言っちゃいけないんだった!」


教室のことを冷静になって考えると、灰銀を助けるために、屋上に呼んだのは告白だと勘違いされるだろう。さっきの女子たちの「え?」にはそういうニュアンスが含まれていたと思う。


しかも、知りたくなかった『永世左王子』。


二つの意味で、灰銀を助けたことを後悔している。


「それにしてもネムレス君も、普通の男の子だったんだね。クールぶってるけど、そうかそうか~」


にやーと笑って俺を見てきた。


「俺は至ってノーマルだけど?」


俺はジト目で返答する。何かとんでもない誤解をされてそうだった。


「皆まで言わなくていいよ。だけど、残念だったね。私は辛い時にちょっと一緒に居てくれただけの人に堕ちるほどチョロい女じゃないの」


なんか勝手に語り始めたんだが……


「ただ、お世話になったのは事実。いつもなら告白を受けることすらなかったけど、特別に想いくらいは聞いてあげるよ?フるけど」


ぶん殴りたくなってきたな、この女。やっぱり助けるんじゃなかった。


「何度も言うけど、俺は君のファンじゃないんだ。残念なヒドインが惨い仕打ちを受けてたから、助けてあげようと思っただけだ」


「おりょ、マジで善意100%なのか。━━━ん、残念なヒドイン?」


「余計なお世話だったなら、もう二度と助けないよ」


「ちょ、ちょちょい待ち!」


ニヤニヤ笑ってる灰銀を残して、屋上を出ようとすると、焦って袖を掴まれた。


「ごめん、言い過ぎました。私に近付いてくる人って大体さ……ちょっとね」


「ああ……そういうこと」


曇りかけたその表情を見ると、灰銀が何を言おうとしたのか察した。恩を売って、近づいてくる人間はたくさんいたのだろう。スーパースターなら当然だと思う。


「疑ってごめんね?本当にありがとう。助かりました」


「ああ、うん。さっきも言ったけど、困ったときはお互い様だしな」


「いやぁ、照れくさいね。あはは」


「まぁ……」


灰銀からまっすぐなお礼を言われると、普通に照れる。


気まずくなってグラウンドを見ると、春樹がゴールを決めていた。しかも、スーパーゴールだ。夏には三年生の最後の大会がある。それに向けて気合が入っているのだろう。


「実は、ネムレス君にはお願いがあるんだ」


「お願い?」


意識の隙間を縫って灰銀が話しかけてきた。


俺のことはネムレス君で固定なのか……


名前を名乗るのも面倒になってきたので、流すことにした。


「昨日言ったでしょ?横恋慕の手伝いをしてほしいの」


「は?」


グラウンドを見ている灰銀の横顔を見ると、黄昏ていた。


「金城君に彼女ができたじゃん」


「そうだらしいな」


アレだけ盛り上がっていて知らないふりをするのもおかしい。


「極秘情報なんだけど、金城君が今度の休みにデートをするらしいの」


「そうなんだ」


女子たちはどこから情報を仕入れるのだろう。恋愛事に関しては探偵顔負けだと思う。


「それでね、尾行をしようと思います」


ストーカーじゃん。


「私は反省したの。どれだけ偉大な人物になったとしても、相手の好みから外れていたら意味がないの。ほら、総理大臣に告白されても、断るでしょ?あ、ごめん」


「断るよ?」


何の心配をしとるねん。ってか総理大臣相手に左をやるのは無理だ。右でも無理だけど。


「つまり、相手の好みに合わせようというわけだ」


「そうそう。そのためには現・彼女を見ておくことが大事だと思うの」


理屈はわかるが、手段がダメだ。どう考えても犯罪。バレた時にどう言い訳をすればいいんだろうか。


「お願い!私が一人で尾行してたら、ストーカーになっちゃうの!」


その通り。


自分を客観的に分析できてる点はポイントが高い。


「でも、友達と二人で遊んでるっていう体にすれば、ね?」


ここまで来ると俺でも察せられる。


「俺はアリバイ作りのためのスケープゴートってわけか」


「まぁ、そういうことになるね……」


言いづらそうにしているからには多少の罪悪感は感じているのだろう。


「こんなこと話せる人って他にいないの……お願い、私を助けてくれないかな?」


「うっ」


そもそも俺に頼む理由が分からない。なぜわざわざ俺なんだ?灰銀の周りにはたくさんの人間がいるはずだ。


けれど、そんな疑問が吹っ飛ぶくらいには灰銀唯煌の上目遣いは強力だった。圧倒的なオーラを前に断るなんて選択肢はない。


「協力するのは一度だけ。これが条件なら……」


「本当!?ありがとう!」


花のような笑顔を見せて嬉しそうにしていた。こんな表情を見たら、やっぱり無理なんて言うことはできない。


「今度の休み、昼頃に駅前のショッピングモールに集合でおなしゃす」


「うす」


敬礼されたので、俺も敬礼で返す。


予鈴が鳴った。次の授業は現国、つまり、我らが担任、深井先生だ。遅れるわけにはいかないので、屋上の階段を急いで降りる。すると、何かを思い出したのか、灰銀が振り返ってきた。


「そういえば、さっきの『残念なヒドイン』ってどういう意味?」


一瞬言葉が詰まる。


「『完全なヒロイン』って言ったつもりなんだけど?」


母音は全部合っているから、真実を伝えたも同然だ。


「そうだったんだ。てっきり悪口を言われてるんだと思ったよ」


「そんなわけないだろ?それよりさっさと行こう」


「ういうい~」


これ以上追及されるのが面倒だったので、俺は誤魔化した。


それにしても、灰銀と出かけるのか。


本人には全くその気がなくても、変に意識をしてしまう。


━━━

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