第2話
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あまりにも信じられない事態に俺はもちろん、灰銀自身が信じられないようだった。
「ちょ、待てよ!」
キムタクかよ。
「い、一旦整理するぜ、ブラザー」
「誰がブラザーだ。まぁいいけど……」
灰銀は完璧なアイドルじゃなくてただのおもしれー奴だ。少なくとも、俺は灰銀を完璧なアイドルだと思うことはできなくなった。額に指を当てて、考え込む姿勢をとった。
「私は、
「YES」
「顔良し、成績良し、性格は天使…これもOK?」
「YES」
性格が天使かどうかは議論の余地があると思うがスルーしておく。
「そして、私は金城君と結ばれた。OK?」
「NO」
「どうしてだよおおおおおおお!」
響けと言わんばかりにスーパーアイドルの美声が学校中に響き渡る。当の本人は床に手を叩いているのが、敗北した甲子園球児みたいになっていた。
「なんでやねん!?ワイ、スーパーアイドルやぞ?負ける要素なくないか!マイブラザー!?」
「落ちつけよ、マイシスター」
「誰がマイシスターや」
「ちょ、待てよ」
真顔で梯子を外された……
関西弁とか色々ツッコミたいところを我慢して、ノリに合わせたのに酷すぎる。
「本当に意味が分からない。なんで私がフラれたんだろ…」
「彼女がいるって言ってたな」
「
すげぇ自信だな。まぁ、気持ちはわからんでもない。
「ま、まぁ、金城も贅沢なことをしたよな。
「は?私の金城君を馬鹿にしないで。スーパーアイドルである私に告白されたのに、彼女に操を建てたんだよ?これを偉業と言わずに、なんというの?」
ええ……なんだこの面倒くせぇ女……
せっかくフォローしようとしたのに、なぜこんな風に睨まれなければならないのだろう。
「私を彼女だと思って、私をフッたとかじゃないのかな。ほら勘違いってよくあるでしょ?」
「その可能性はゼロだと思うな。とりあえず一回落ち着いたら?」
本人と間違えて本人をフるとかどんな状況なんだ。あまりのショックに灰銀は錯乱しているようだった。俺としては灰銀にアドバイスをしたつもりだったが、突然能面のように無表情になって、俺を見てきた。
「落ち着かない……落ち着けるわけないじゃん……!狂ってなかったら、私がフラれたって私が認めちゃうじゃん。そんなの認められるわけがないよ……」
感情を押し殺した灰銀の頬に一筋の涙がツーと頬を伝った。痛々しいというはずなのに、どこか神秘的な美しさを感じさせた。
そして、すぐに顔を膝の間に隠した。
「なんで、私じゃないの……?…いっぱい辛いこと、乗り越えたのに……何万人から好きって言われたって、大好きな人に受け入れられないなら意味ないじゃん……」
「そうだな……」
ポツポツと零れる独白を俺は相槌を打ちながら聞く。
俺みたいなモブからしたら、テレビやネットで活躍している名の売れた人たちは全員ヒーローで勝ちを約束された人間たちだ。何をしても勝つことが約束され、欲しいものが手に入らないなどということはありえない。
物語で言ったら、メインヒロインか主人公だ。
俺は漠然とそんな存在がいると思っていた。
けれど、灰銀唯煌がフラれているのを見ると、とてもそうは思えなくなった。
この世界は現実だ。フィクションではない。灰銀唯煌ですら、フラれるのだ。
◇
「ごめんね、迷惑をかけたよ」
「気にしないで。乗りかかった舟だしな」
「すまねぇ……でっけぇハートにマジ感謝」
灰銀がひとしきり泣き終えると、時刻は五時を回っていた。流石に見捨てるのは良心が痛むので、最後まで付き合っていたら、こんな時間になっていた。
「大丈夫そう?」
「うん。気持ちの整理はついたかな」
「そうか……」
フラれるというのがどれくらい辛いのか分からない。けれど、否が応でも時間は進む。灰銀はもちろん、世界中のフラれた人間たちはそんな苦い記憶を抱えながら、前に進んでいくんだろう。
「うん━━━横恋慕の覚悟は決まったよ」
「応援する━━━今、なんて言った?」
聞き間違いか?横恋慕とかいう不吉なワードが聞こえたような……
「名無し君のおかげで、私は覚悟を決めたよ。私は
余計に生々しくなった……
「考えてみれば、一度フラれたくらいで何でこんなに凹んでるんだろうと思ったんだよね。そうは思わない?」
「まぁ……」
そう思うなら、さっきまで俺が付き合っていた時間を返せよ。
「世の中、一度でうまくいくことなんてほとんどないんだよ。『スター☆トレイン』のセンターになるために、土下座しまくったしね~」
「そんな泥臭いことしてたのか……」
灰銀唯煌は生まれ持ったスターで華やかなことしかしていない印象しかなかった。土下座と聞くと、イメージとかけ離れていて、とても想像できなかった。
「特別な存在になるためにはキチガイな努力が必要なんだよ。流石に枕はしてないぜ?」
「その情報はいらない」
「おりょ。ドルオタにとっては一番欲しい情報だって教わったんだけど、食いつかないね~」
「さっきも言ったけど、君のファンじゃないし。後、勝手にドルオタにしないでくれ」
「そうだったね。ごめんごめんご」
灰銀はカラカラと笑うと、スっと立ち上がって、屋上の出入り口まで軽い足取りで歩いていった。そして、俺の方を振り返った。
「今日はありがとね。赤の他人の私のために、時間を使ってくれて」
「まぁ、困った時はお互い様だから」
正面からお礼を言われると、こそばゆくなる。
「私はすぐに帰って、NTRの勉強をするよ。先人の知識を学ぶのは大事なことだからね」
「言い方どうにかならん?」
もう疲れた。今日分かったのは、灰銀はスーパーアイドルじゃなくて、ただのお笑い枠だということだ。メインヒロインというよりも堕ちたヒロイン。
━━━ヒドインだ。
心の中でしっくりきたが、それを口にはしない。
灰銀は俺の方を見ると、ニカっと笑った。
「さようなら。ネームレス君。大事な人がいるなら、早めに告っておくことだね」
捨て台詞を吐いた灰銀は屋上から姿を消した。
「俺、名無しじゃないんだが……」
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