彼女達はメインヒロインではありません。せいぜいフラれたヒドインです~かつてメインヒロイン候補だった彼女達のNTRを手伝っているんだけど、本性が残念過ぎて寝取れません。やめてもいいですか?~

addict

第1話

「ボンジュール世界。グーテンターク太陽。私が来たわ!」


六月の最終週、高校二年の一学期末試験が終わった。


試験から解放された俺━━━枯水瑪瑙かれみずめのうは一人、屋上で妹が作ってくれた弁当に舌鼓を打っていた。


貯水槽と屋上の出入り口の間に絶妙なスペースがある。陰に隠れれば夏の暑さもなんとかなる。ここにはめったに人が来ないから、気に入っていたのだが、うるさい女が世迷言を吐きながら現れた。


「苦節三年!あの地獄のような日々を乗り越え、ついにこの時が来た……!」


期末試験にしては長い苦行だ。それ以上の何かを乗り越えたのだったら我慢をしよう。誰にだって解放されたい瞬間はある。


「もう、太陽さんったら。そんなにサンサンと降り注いで私を祝福してくれなくてもいいんだよ?Sunだけに?」


……やっぱ顔だけ拝んでおくか。


物陰からバレないように、顔をのぞかせると、そこにいた人物を見て、凍り付いた。


灰銀唯煌はいらぎゆきら。人気アイドルグループの『スター☆トレイン』のセンターだ。


文武両道、容姿端麗。学校においても、その立ち居振る舞いは完璧なアイドルだった。長い銀髪と人懐っこいルビーの瞳は多くのファンを魅了し、テレビを付ければ唯煌!ネットニュースを見れば唯煌!と一躍、時の人だった。


しかし、先月、突然の芸能界引退を発表した。理由は不明だ。あまりにも突然すぎる引退宣言に、多くのファンは困惑と涙で枕を濡らした。


学校では毎日のように質問攻めをされていて、校長まで引き留めるために面談をしていた。けれど、一月も経てばそんな騒動もだいぶ落ち着いてきた。人の噂も七十五日というが、人間の興味は意外と早く失せるようだ。


そんな灰銀は俺と同じ千寿高校のクラスメイトだ。


けれど、それだけ。


灰銀はクラスでもカーストトップで俺みたいなザ・モブとは一切の関わりがない。俺のことを認識してすらいないだろう。


「んにゃ?」


「やべ」


灰銀がこっちを見た。俺は身を引いたが、思い切り目があった。頼むから気付いていないでほしい。もしくは気付いていても無視してほしい。


「誰かいるのかな?」


神様は残酷だった。


「ありゃあ、これは私の独白を聞かれちゃったかな。お恥ずかしい」


てへへと頭を押さえる仕草すら絵になるなんてとてもズルい。一瞬見惚れてしまったが、俺はすぐに気を持ち直した。


「ごめん、何か用事があるなら、すぐ消える」


クラスのマドンナがここに一人で来るわけがない。これからぞろぞろと人が押し寄せてくるのだろう。この場を離れようとすると、


「━━━君は恋をしたことがあるかね?」


「は?」


俺を見て微笑むと、隣りに座った。フローラルな良い香りが鼻孔をくすぐり、俺の心臓はバクバクと高鳴った。


「私は絶賛恋をしている最中でね。これから結ばれる予定なんだよ」


「はぁ…」


人に問いかけておいて、自分語りを始めたぞこの人。というかアイドルが恋愛事情を暴露していいのか?これ週刊誌に言ったらお金になるんじゃないのか?


俺の邪心に気付かず灰銀は話を続けた。


「私には中学生の頃から好きだった人がいてね、その人に好かれたいからアイドルを始めたんだ」


明かされるアイドル誕生秘話。ひょっとして、俺はとんでもないことを聞いているんじゃ……


少しだけ興味を覚えた俺は会話を続けることにした。


「灰銀さんの好きな人はこの学校にいるんだ」


「おお、中々話が分かるねぇ。しかも同じクラスの人なんだ!」


「へ~、クラスメイトなんだ」


「うん!」


灰銀を好きな人間はごまんといれど、灰銀が好きな人は一人しかいない。そんなラノベの主人公みたいな果報者がいるのか。しかもクラスメイトに。


それと、さりげなく俺のことを認知しているか確認したが、やはり俺のことなど記憶にすら残っていなかった。悲しい。


「実を言うと、アイドルを辞めたのも恋愛がしたかったからなんだよ。ある程度の高みには達したし、もういいかなってね」


ドームに立てるアイドルグループのセンターで、ある程度の高みか。


見てる世界が違いすぎる。俺は一生かけてもその高みにはたどり着けないだろう。


「いやぁ本当に辞めてよかったよ。高校生に色目を使ってくる中年小太りAD、汚くて汗臭いおっさんとの握手会、ちょっとやらかしただけで玩具にしてくるネットのクソ共…辞めてよかった。マジで…」


天を仰ぎながら、一言一言噛み締めながら言っているその言葉をファンが知ったら、炎上どころじゃないだろう。


「それもこれも今日のためだったと思うと、良い思い出だけどね~」


「そこまでやりきれるなんて尊敬するよ」


「ありがとう、素直な賞賛は嬉しいよ」


あくまで一般論を述べたまでだけど、俺に向けてくれた笑顔を見ると、嬉しくなる。なんだか不思議な感じだ。画面の向こう側の存在でしかなかった灰銀と話をしている。一生の幸運をここで使い果たしているような気がする。


「ところでさ」


灰銀の雰囲気が真面目なものに変わった。思わず背を伸ばして灰銀の言葉を待つ。


「ドーム級アイドルグループのセンターをしていた子に『好き』って言われたら、どんな男でもイチコロだと思わない?」


なんだその質問……


思わず、気が緩んでしまったが、本人は至って真面目だった。


「まぁ、確かに……」


無難な答えでやり過ごすことを決めた。


「私に告白されたら、物語の主人公みたいだって思ってくれるはずだよね?」


「そりゃあそうだね」


「銀髪ヒロインはフラれないって聞いたことがあるんだけど、そこのところは?」


「青髪は負け確らしいけど……」


「銀髪はフラれない。はい、復唱」


「銀髪はフラれない」


銀髪に対するその信頼感。嫌いじゃないぞ。


「勉強もできる。スポーツもできる。知名度もあるし、財力もあるし、顔面は日本一。これだけの属性持ちが負けることなどありうるのか、いやない」


ぶつぶつと指で数え始めた。そして、数え終わると安心したのか俺の方を見てきた。


「いやぁ、ごめんね。え~と、名無し君」


良い笑顔だなぁ。ただ、クラスメイトの名前くらいは憶えて欲しいなぁ。


「おかげで自信を取り戻せたよ。0.0001%くらいフラれる可能性を考えちゃってたんだけど、客観的に私を分析してもらうと、フラれる可能性はゼロだって分かったよ」


そんなことを確認するために、俺を利用したのか。


「そりゃあ良かった」


「ってか私強すぎwwwこれでフラれたら、裸で屋上を一周しちゃうわwww」


こいつ誰……?


メインヒロインだと思っていた灰銀の評価は俺の中でどんどん下がってきている。クラスの完璧なアイドルの素ってなんというか残念過ぎる。


ある意味で、レアイベントを消化している気分にもなった。


けれど、そんなボーナスタイムは終わりだ。流石に人の告白現場を見たいと思うほど趣味は悪くない。もちろん、あの灰銀唯煌の告白現場なら、見てみたい気も多少するが、それはそれだ。


俺は弁当をさっさと口に突っ込むと、帰り支度をする。幸い今日はテスト終わり。午後の授業はない。


「それじゃあ俺は行くわ。告白、うまくいくことを祈ってる」


一生に一度の幸運を使い切った。これから先、何かがあったら、今日の日を思い出すようにしようと思う。


「待ってよ」


立ち上がると、袖を引っ張られた。なんでやねん。


「君には特別に私が結ばれる瞬間を見届ける権利をあげるよ」


凄い笑顔で何を言ってるんだ、この人……


「え?いらない」


「は?」


どこから出したんだ、その低い声は。


笑顔なのは変わらないのに、恐怖感を覚える。


「私の告白だよ?こんな間近で見れるなんてファンなら涎を垂らすものじゃないの?」


「俺、君のファンじゃないし……」


後、見方によってはファンが一番見たくないものだぞ。好きなアイドルが別の男と結ばれるのを見るってNTR性癖でもない限り耐えられない。


「カチーン、頭にきた!それなら私が今世紀最高の告白を見せてあげる!後で好きになっても知らないからね!?」


「ええ……」


なんだか面倒なことになってきたなぁ……



灰銀は手鏡を確認しながら、髪や服の乱れをチェックしていた。忙しなく、指を絡めてはソワソワしているその姿はアイドルではなく、ただの恋をする少女だった。


俺はというと、死角となっている場所から、そんな灰銀唯煌を見守っていた。


とてつもなく帰りたいです。


すると、屋上の扉が開く音がした。灰銀が光速で身だしなみのチェックを終えた。


「悪い待たせた」


「ううん、私も今来たところだから!」


待ち人は金城真かねきまことだったらしい。俺たちのクラス委員で剣道部のエース。成績も学年トップのイケメンだ。堅物で強面眼鏡だが、見た目とは裏腹に面倒見が良いから皆に頼られるリーダー的な存在だ。


灰銀とはカーストトップ同士で仲が良さそうだったから、そこまで驚きはない。灰銀が学年二位の成績で二人でワンツーフィニッシュを決めていた。


ちなみに俺の成績は学年で三十位くらい。帰宅部で勉強ができないのは情けなさ過ぎるからそれなりに頑張っている。


「それで、何か用か?この後、部活があるからできるだけ手短に頼む」


「あ、そうだよね!じゃ、じゃあ」


コホンと咳ばらいをすると、真っすぐ灰銀は金城を見た。


「か、か、かかねきくん!しゅ、好きです!つ、ちゅき合ってください!」


灰銀は顔を真っ赤にして、スカートをぎゅっと掴んでいた。


誰だよ、今世紀最高の告白を見せてやるって言ったやつは。声がブレブレで噛みまくってるじゃん。


そんな惨めで情けない、良い風に言えば、庇護欲を掻き立てられる灰銀の姿はクラスではおろか、画面上でも見たことがなかった。


けれど、『スター☆トレイン』の元センターで、日本最高峰のカリスマ性を持つ灰銀唯煌にあんな姿を見せられたのだ。こんな告白をされたら、誰であろうとOKするに決まっている。それはもちろん金城も例外ではない━━━


「すまん、気持ちは嬉しいが、俺には付き合ってる人がいる。だから、灰銀の想いに応えることはできない……」


「え?」


はい?


「部活があるから、先に行く。重ねてすまない」


「あ、うん。部活頑張って」


力無く手を振る灰銀を見ると、ルビーの瞳からハイライトが消えていた。ギギギと首が動いて、俺のことを視界に捉えた。


「え?私、フラれたの?」


ええ、そうらしいですよ。信じられないことに。


━━━

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彼女達はメインヒロインではありません。せいぜいフラれたヒドインです~かつてメインヒロイン候補だった彼女達のNTRを手伝っているんだけど、本性が残念過ぎて寝取れません。やめてもいいですか?~ addict @addict110217

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