7 風呂屋の前で意気込んだ後
待合室に通される。予約の時間より早めに到着したのだから当然だ。
ただの待合室だ。カラオケ屋の大部屋のような空間。横長の洋室に横長のテーブル、ソファ、壁掛けテレビに自販機、シャンデリア。
そして、……ソファにまばらに、中年男性らが座っている。俺を除き三名。
いずれも喫煙者。手持ち無沙汰にスマホを触りつつ、ボーイに呼ばれるのを待っている。
……俺はといえば、スマホもタバコも持ち合わせていないので、壁掛けテレビの放送を見るくらいしかすることはない。
時おり、正面やその隣の客とか観察しつつ。……ちなみに、彼らは肥満体型ではなかった。
中肉中背。少なくとも服の上から判断できる限りでは。
……あのアーケードは、一体なんだったのだろうか。
見渡す限り飲食店、飯を食うためだけにしか人々が訪れない通り、行き交う人間の過半数が肥満体型。
……端的に「異界」である。現実的に有り得る範囲での異界ではあるが、薄気味悪いことに変わりはない。普通じゃない。
とはいえ、別にあそこでどれだけ飲食店が営まれようと、暴飲暴食の限りが尽くされようと、そのことが原因で俺の安全が脅かされることもなかろうので、別に無関心を決め込んでも問題ないはずではあるのだが、……どうにもソワソワしてしまう。久々の風俗で緊張しているとかではなく。
「八番でお待ちのお客様」
ベスト姿の黒服がドアを開けて呼びかけてくる。俺は自分の番号札を確認して、黒服の元へ行く。札を手渡すと「こちらです」と部屋の外に誘われ、短い廊下を奥へ進む。
廊下の奥のエレベーターの前に、女性が立っている。
背が低くて胸が大きい。……黒白が指名した嬢なのだから、てっきり式長のようなスタイルなんだろうなと思っていたが、むしろその真逆だった。
また、こういった職業に適した身なりではなかった。いかにも脱ぎ辛そうなタイトのロングシャツにブーツ(いずれも黒)、ブラウンに染めた髪は両サイドで三つ編みにするだけでなく、ヘアクリップか何かでリング状に留めている。……モノクロのチェック柄のハーフパンツだけは着脱し易そうだが、ズボンだけ脱ぎやすくてどうするのだという感じではある。
彼女は手を後ろに組んだままこちらに向き、ニコリとしてから深々と礼しつつ、名乗った。
「うみです。よろしゅうお願いします」
「あ、こちらこそお願いします」
愛想笑いしつつ返すと、黒服がエレベーターのボタンを押してくれて、間もなく開く。
「ほな、行きましょか」
うみちゃんはさっさと乗り込み、俺も後に続く。黒服に見送られつつドアが閉じる。
彼女が三階のボタンを押すと、エレベーターは上昇を始める。狭く無機質なエレベーター。
「サングラス
「あ、……どうも、ありがとうございます。先輩から借りまして」
彼女は目を細めて笑み、エレベーターが止まる。ドアが開き、我々は出てすぐ右に曲がる。
一直線に廊下が続いている。薄暗く、両側に等間隔に扉が並んでおり、窓はなくて、絨毯が赤い。このフロアだけで何人が行為に及んでいるのだと考えると、妙な気分になる。
彼女は赤色に妖しく照らされつつ、こちらを振り向いて笑むと、何か言うでもなく奥へ奥へと進んでいく。廊下の最奥の扉を開いて、二人して中に入る。
扉を閉じつつ、内装を見る。
風呂場と寝室とリビングを一か所に纏めた、ソープ屋以外ではあり得ない構造。廊下よりも薄暗く間接照明のみで照らされており、全体的に赤黒い。
「おにいさん、東京の人?」
壁にもたれかかってブーツを脱ぎつつ、尋ねてくる。
「あー、……標準語で分かりますよね。ちょっと仕事で来ていて」
「そんで仕事のあいさに珍体験しに来たってこと? ビジネスマンは抜かりんねー。土産話にでもするん?」
「? ……ソープ体験って、そこまで珍しいことですか?」
すると彼女はブーツを脱ぎ終わり、きょとんとした表情でこちらを見上げ、
「接触無しセルフ脱衣セルフ洗体で言葉責めのみの嬢なんて、世界中探してもウチぐらい思うけど?」
あどけなく首を傾げた。
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