6 湯船でごちゃごちゃ考えた後
ドライブスルーを通過する。俺が商品を受け取って黒白に渡し、信号待ちの間に助手席から差し出してくる。
包みを開く。チーズバーガーにかぶりつく。
大阪に来て最初の飯である。ウスターソースとかお好み焼きソースの味がすることはない。東京で何度も食べた味だ。
「ほんまにそんだけでよかったんすか? そない遠慮せんでもええのに」
黒白は顔面の半分はあろうかと高く積みあがったバーガーを食らう。俺は飲み下して答える。
「ここに来るまでの道中で大食いチャレンジみたいなことさせらせれたんですよ、彼岸さんに。……全部吐いたので胃は空いてますけど、食道がズタズタで食欲とか無いに等しいです」
「あーね。道理で喉ガラガラなわけですわ。早速しごかれたっちゅうわけですな」
信号が青に変わる。発進する。マニュアルとかいつぶりに運転しただろうか。
大阪市でも南のあたりに位置するここいらの街並みは、道路が複雑でなく車通りもそれほど激しくなくて、いわゆる郊外といった塩梅だから、比較的運転しやすい。……充分気を付けて走行していれば、まず滅多なことはないだろう。
チーズバーガーを平らげ、包み紙を黒白に渡す。
「何であんなに大笑いしたんですか? 俺が何かしたでしょうか」
黒白は即答せず、巨大バーガーに豪快にかぶりついて、嚥下してから言う。
「まあ、まず俺がゲラやっていうのと、……プリン髪で首元にヤクザみたいな傷入っとるおにーさんが、意外にもウブやったからとちゃいますかね」
ああ、そういえばそうだった。
顔面の傷はサングラスで誤魔化しているにしても、首元にもそれなりのサイズの傷跡があるのを忘れていた。……こちらに関しては絆創膏で隠すか?
カーナビに従って車を走らせる。目的地は住所で示されており、そこに何があるのかは示されていない。
「ソープランドっすよ。おにーさんも行ったこと一回ぐらいあるでしょ?」
「……ソープって、予約とか出来るんですね。飛び入りで行くものだとばかり」
「みたいっすよ。俺もついさっきまではおにーさんと同じ認識やったんすけど、駄目元で連絡してみたらいけたんすよ。何事も聞いてみな分からんもんすね」
「ついさっきって、……俺が風呂借りていた時とかですか?」
「風呂入らせてる間に風呂入らせる段取り組んどったわけですね。ガハハ」
わざとらしく笑う。黒白も包み紙を丸めて、紙袋の中に突っ込む。
海老カツバーガーを続けて貪り始める。
「いやね、男の後輩が出来たら風俗奢ったろってのは、前々から計画しとったんすよね。……俺ァ前の職場の上司にも、部活の先輩にもそうしてもらったんで。自分が先輩の立場になる時にはちゃんと下のモンに継承していかなあかんでしょ」
体育会系というか旧時代的というか、……まあ、明智谷交通もそういう会社だったし、別に面食らったりはしない。
さて、ここで社会人としては「ご馳走様です」とか感謝すべきなのだろうが、……俺の正直な感想としては、嬢とかプレイ内容とか何の相談もなしに決められて、あまり素直に喜べない。それが奢りだとしてもだ。
当然、俺にだって好みのタイプはあるし、プレイにしたって自分で選びたい。
黒白にとっては最適な注文だったのだとしても、俺にとってそうとは限らないのだ。……が、ここで不貞腐れていても何らメリットはない。
折角の機会なので全部ひっくるめて、「衣食住から何までお世話になります」と。
「衣・食・住。……あー、ほんまやん。おにーさん、完全に俺に飼われとるっすね」
海老カツバーガーを平らげ、チキンカツバーガーに着手しつつ。よく太らないものだ。
「でも安心しとってください。別に俺は、おにーさんに見返り求めたりすることはありません。……だって、あんたがウチらに奉仕するべきなんは義務であって、貸し借りとかそういう次元の話やないっすもんね」
赤信号で停まる。
気まずい沈黙。……いや、気まずく感じているのは俺だけだ。
黒白は何ら気にせず、ただ自然体のにこやかでハンバーガーにかぶりついているのだから。
……彼岸ほどあからさまでないにしても、黒白もまた、俺に対しての差別意識を有している。
考えてみれば当たり前のことなのだが、……俺は内心、残念だった。
会って間もない彼に対して、「この人なら俺と対等に接してくれるんじゃないか」と、どこか期待していたのだな。……表面上の愛想よさとかを参照して、勝手に期待していたのだ。
そんなはずはないのだ。彼は彼岸の同志なのだから。
彼岸が俺のことを「利用価値のある害虫」として取り扱うなら、その同志である黒白もまた、それと同じようにするに決まっているのだ。
……それから、本筋とは関係のないような、他愛もない話をラリーしつつ走行し、目的地に到着した。
立体駐車場の三階。二人して降りる。
ホコリっぽい空気の漂う中、俺は軽トラのキーを渡して三万円を受け取る。
「こっから店までの道のり分かります?」と黒白。
「あ、俺は分かりますけど、……ここから別行動って感じですか?」
「そうっすね。俺はタコちゃん、……さっきのスク水の子がここらへん住みなんで、サクッと続き済ませてきますわ。ほなまた後で」
さっさと切り上げて踵を返す黒白だが、数歩進んでから半身に振り向き、
「あ、それと、おにーさんの方が年上なんやから敬語使わんでええっすよ。ウチらそんな堅苦しい団体とちゃうんで」とスマホを耳に当てる。
「……善処します」
黒白はハッと冷笑し、踵を返して通話しつつ、真っ黄色に光るエレベーターホールへと吸い込まれていった。
俺は三万円を二つ折り財布に仕舞い、階段を目指す。
道中、熱帯夜のせいか緊張のせいか、頭は回らない。ひたすら歩を進める。
大阪市の南部から東南部に来たわけだが、中心部からは更に遠ざかりつつも、街並みは南部と比べてかなり栄えていると思う。アーケードの両サイドにはビル群が建ち並んでおり、人々が賑やかに往来していて………………。
俺は道路の中央に直立し、右奥の細長い七階建てビルと、その看板に目を遣る。
ビルの中には、階層ごとに様々な店が入っている。中華料理屋とか、イタリアンレストランとか、定食屋とか、牛丼屋とか、居酒屋とか………………。
このビルが一棟まるごとフードコートのような様相を呈している。こんなことが有り得るのだろうか?
普通、この手のビルには事務所とか学習塾とか入っているものだ。……色々な業種の会社が犇めき合っているのが一般のはずであり、こうも偏っているのは珍妙ですらある。現にその横のビルなどは……………………………………。
そこで気付く。このアーケードに存在するビル群は、……少なくとも看板で判断する限りにおいて、いずれも棟内の八割以上を飲食店が占めている。
……それだけでない。行き交う人々を一人ずつ見ていくと、肥満体型の人間が明らかに多い。二人に一人はそうであるように思える。
総じて異様なエリアだ。一見するとただ賑やかなだけなのに、どうにもここには長居してはならないという確信が強まっていく。
俺は予定していたルートから外れて、アーケードを出る。……その先にも普通の市街地では有り得ない密度で飲食店が展開されていて、どこへ行こうと異世界じみていた。
早足になりつつ北上していく。時々は街区表示板を参照し、己の現在地を確認しながら。
十分ほど歩いただろうか。やっと目的地のソープランドに着く。
ここまで来ると飲食店は皆無に等しくなり、その代わりに性風俗関連の建造物が頻出したり、ただのサラリーマンかと思って横切ろうとしたらソープの客引きだったりと、別の意味で混沌とした様相を呈してくる。
眼前にそびえ立つ、ソープ「エキドナ」。
パッと見は格安マンションというか、四階建てで縦長の、白塗りの建物である。……見かけから分かりやすく風俗店という感じではない。
だが風俗店だ。フロントでもじもじしていては変な目で見られる。
俺は逃げるように、エキドナの内部へと突入した。鼻息が荒いのは早歩きしたせいだ。
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