終幕:罪人たちの末路と婚姻の儀
40、国王からの親書
翌朝、日が高くなってから起きた私は、侍女マリアから騎士団がブライデン公爵邸になだれこんだことを知らされた。
昨夜、伯爵邸に帰ってきたのは私だけ。お父様は騎士団詰め所に戻って行った。おそらく夜の間にグイードに証言させて、今朝、国王陛下からブライデン公爵邸への潜入調査許可をいただいたのだろう。
クリス兄様の駆け落ち事件がもたらした混乱により、使用人たちは誰も私が部屋を抜け出したことに気付いていなかった。騎士たちに護衛されて水上玄関から戻った私は、驚愕をもって迎えられた。騎士たちが、アルベルト殿下のでっち上げた作り話をそのまま報告したおかげで、私は使用人たちから王国の功労者扱いを受けることとなった。
屋敷中が兄の行方を心配する中、私だけは国王陛下からアルベルト殿下の婚約者として認められるかどうか、気をもんでいた。何も手につかない私の部屋に、珍しく執事長がやってきた。
「リラお嬢様、国王陛下の親書を携えて王宮から緊急の使者が参りました。ご対応をお願いできますでしょうか」
礼儀正しく頭を下げる。国王の親書を持っていると、執事長が対応するわけにはいかない。だが今は父も兄も不在――
「奥様にはご対応願えないのですか?」
さっそく侍女マリアの厳しい質問が飛ぶ。
「奥様はクリスティアーノ様の行方が分からないショックで、お部屋から出ていらっしゃらないのです」
白いもののまざった眉を曇らせる執事長に、私は立ち上がって告げた。
「私が行きます。準備を整えますから、お茶とお菓子をお出ししておいて」
鏡の前で身だしなみを確認する。昨日、肩下まで切ってしまった髪は、侍女たちが
面会の約束もなく王宮から使者が訪れるなんて、何があったのだろう?
不安を胸に、侍女マリアと執事長を従えて応接間へ向かった。
長い廊下を歩いていると、町娘風の素朴なワンピースを着たチョッチョが、お母様の部屋の前を行ったり来たりしていた。
「リラ様――」
チョッチョのまぶたが少し赤くなっていて、私は不覚にもかわいいと思ってしまった。優しい彼はお母様を心配して、泣いてくれていたのだ。
「お母様のことは頼んだわ」
私は彼の肩をたたいて、マリアたちと階段を下りた。
応接間の暖炉にはあたたかい炎が燃えていた。ソファから立ち上がった身なりのよい紳士は、国王陛下の侍従だと自己紹介した。形式的な挨拶が済んだあとで、彼は私にうやうやしく国王陛下の親書を手渡した。
「プリマヴェーラ伯爵閣下はすでに内容をご存知です。ブライデン公爵邸調査の件で陛下の許可をいただく際に、お伝えしてございます。リラお嬢様に関係する内容ですので、ぜひこの場でご確認ください」
「私が開けてよろしいのですか?」
「陛下もそのようにお望みです。これから宮殿にいらしていただくのにご準備もあるでしょうから、先ぶれとしてお伝えに上がりました」
どうして私が今から宮殿へ? 理由はこの親書を読めば分かるのだろう。侍従がどことなくせかしている雰囲気を感じ取り、国王陛下の封蝋をひらく。王家の紋章がすかし模様として入っている特別な便箋に視線を走らせた。
*
プリマヴェーラ伯爵殿
親愛なる伯爵よ。
このたびは、貴公のご令嬢リラ殿の非凡なる働きによって、我が王家を脅かした暗殺事件がついに解決したことに、深甚なる感謝の意を表したい。リラ殿の才知と勇気、そして正義を貫く信念は、我が国の宝であり、我々王家のみならず全臣民がその功績を誇りに思うであろう。
リラ殿が長きにわたる難題を解き明かしたことにより、王家の名誉は守られ、真実を待ち望んでいた国民に新たな希望と安寧をもたらした。その成果を受け、余は王として、また父として、リラ殿を王太子アルベルトの妃として迎えたい。リラ殿の気高い精神と優れた才覚は、王太子に寄り添う伴侶として、また次代を担う王妃としてふさわしいものと確信しておる。
この重要な決定を国民に広く知らせるため、本日夕刻、リラ殿には王太子と共に宮殿のバルコニーに立ち、挨拶されたい。この日を心待ちにしている臣民に、リラ殿の姿と光輝ある未来を示せば、王都全体が喜びに包まれるであろう。リラ殿の御快諾を楽しみに待っておる。
プリマヴェーラ家の益々の繁栄を願って
ロムルツィア王国第四十六代国王ウンベルト七世
*
陛下からの手紙を一読した私は、取り乱さないようになんとか平静を保っていた。
正式な王妃教育を受けていない私を、陛下はアルベルト殿下の婚約者として認めてくださった。喜びと同時に責任を感じて、すぐには言葉を発せない私に、正面に座った侍従が話しかけた。
「伯爵閣下にはすでに口頭で伝えさせていただいた内容とはいえ、正式な婚約について親書をお届けしたものです。のちほど閣下もリラお嬢様をお迎えに、お戻りになる
事態の急な変化についていけず、私は手にした信書と侍従の顔を見比べる。
「あの、お返事をしたためなくては――」
「親書はお父上宛てとなっておりますので、お嬢様がお返事を書かれる必要はございません。王都民の前でご挨拶いただく準備をなさいませ」
令嬢の支度には時間がかかる。さっさと最高級のドレスに着替えてこいということだろう。
「リラお嬢様」
マリアが声をかけたのを合図に、私は応接間を辞させていただいた。
部屋に戻ると、マリアはクローゼットから一番高価なドレスを出した。
「おめでとうございます。リラお嬢様」
力強くコルセットの紐を締め直しながら、マリアが怪力にふさわしくない優しい声を出す。私にも少しずつ実感がわいてきた。
数人がかりで着替えさせてもらい、
「どれになさいますか? 今日は特別な日ですから、こちらなんていかがでしょう?」
マリアが選んだ大粒の宝石は、私が昨夜、換金できるだろうと考えてポケットに突っ込んだものだった。まさか今日、このネックレスをつけて王都民の前に立つことになろうとは。
二時間後、私は父と共にゴンドラに揺られて王宮へ向かっていた。
─ * ─
次回、グイードの末路が明らかに!
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