17、パメラ男爵令嬢、嫉妬に泣き叫ぶ
木陰のベンチに腰かけたまま、耳障りな声のほうを振り返ると、花だらけのドレスを着た令嬢がふんぞり返っていた。すべての花の中心に宝石が縫い付けられ、まぶしいことこの上ない。目の周囲を覆った仮面も花柄だった。
パメラ嬢をエスコートしているのは、黒いローブに黒い帽子をかぶった不吉な仮装の男。鳥のくちばしのように口の部分が突き出た仮面で完全に顔を隠しているので、表情さえもうかがい知れない。あれがグイードだろうか?
思い思いの仮装をした、パメラ嬢の使用人らしき者たちが、
「今からここで偉い方々がお食事をなさる。下々の者は去れ!」
人払いを始めた。黒装束の男は面倒ごとから逃げるように、大きな木の陰に身を隠す。
ほがらかに談笑していた人々は眉をひそめ、早々に帰り支度を始めた。なごやかな雰囲気はまたたく間に壊されてしまった。
庶民も貴族も関係なく楽しめるのが大建国祭なのに、あんな傍若無人な態度、許せないわ!
私はすっくと立ち上がると、パメラ嬢へ向かってつかつかと歩き出した。
「リラお嬢様――」
慌てて追いかけて来たアルカンジェロが、私を守るように前へ出た。私は彼の隣に立ち、パメラ嬢とその取り巻きに、毅然とした態度で言い放った。
「あなたたち、この場所は貴族だけのものではありません。大建国祭は国民皆で祝うものです」
「あら?」
私とアルカンジェロに視線をよこしたパメラ嬢は、口もとに下卑た笑いを浮かべた。
「伯爵令嬢様が半人前の男と共にいらっしゃる。ついている男はあきらめたのかしら?」
アルカンジェロは何も言わず、目元を隠す仮面の奥から、冷徹なまなざしでパメラ嬢を見下ろしている。
だが私は、大切なアルに舐めた口をきかれて、猛烈に腹が立ってきた。
「みっともないわね、パメラ嬢。人を見くびるような発言は控えるべきよ。お里が知れるわ」
「見くびられるような半人前と一緒にいるほうが、よほど恥ずかしいですわ。婚約破棄された堅物令嬢なんて、まともな殿方は相手にしないでしょうけれど」
「彼はギャンブル狂の誰かさんとは比べ物にならないほど、まともよ」
売り言葉に買い言葉で、私はつい言い返してしまう。
パメラ嬢は嘲笑を浮かべて、アルカンジェロを見上げた。
「その半人前に、賭け事に熱狂する闘争心なんてあるわけないものね。男らしさを奪われてしまったんですもの」
「口を慎みなさい!」
叫ぶと同時に、私の右手はアルのかついだ矢筒から銀色の矢を取り、パメラに投げつけていた。
「キャッ」
パメラが悲鳴をあげる。馬鹿女の耳元をかすめて飛んだ矢は、彼女のうしろに立つ大木に突き刺さった。腰を抜かしたパメラはその場にへたり込む。心の中で、漏らしてしまえ、と呪詛の言葉を繰り返していると、
「お嬢様に何を――」
パメラの護衛らしき男二人が剣を抜いた。だが同時にアルカンジェロが
抜き身の白刃が陽光を反射し、遠巻きにしていた人々の悲鳴が渦巻く。だが男たちは抜刀しただけで威嚇になると思ったのか、剣を構えて踏みとどまっている。
目にも留まらぬ速さでアルカンジェロが舞う。緋色のマントが
「うぐっ」
「がっ」
男二人の手から剣が落ち、同時にがっくりと膝をつく。
肉眼ではとらえきれない攻撃に啞然と立ち尽くす私を、アルカンジェロが抱き上げた。
「騒ぎにならぬうちに去りましょう」
耳朶をくすぐる彼の甘い吐息に、場をわきまえず胸が高鳴ってしまう。
彼が走り出すのと同時に、パメラがヒステリックに泣き叫ぶのが聞こえた。
「グイード様、どうしてあたしを守って下さらないのっ!?」
やはり黒づくめの不気味な男はグイードだったようだ。
「堅物令嬢の恋人はかっこよく助けに入ったのよ!? しかもまたお姫様抱っこされて、ずるいですわ! あたしこそ素敵な殿方に愛されるべき存在ですのにぃっ! ウキーッ」
野生の猿と化したパメラの文句が遠ざかってゆく。アルカンジェロは音楽家とは思えぬ身のこなしで、飛ぶように走っていた。
桟橋まで戻ると彼は私をゴンドラの椅子に優しく下ろした。
パイプをくわえて一服していた
ゴンドリエーレが片足で桟橋を蹴ると、ゴンドラは再びみなもをすべり出した。
「怖い思いをさせてしまいましたね」
隣に座ったアルカンジェロが、心配そうに私をのぞき見る。うつむく私の後れ毛をそっと指先ですくった。
私は両肩を抱いて震えていた。
剣を持った男二人に素手で圧勝してしまうアルカンジェロに、恐れを為したわけではない。もはや彼がただの音楽家とは思えなかったが、私が恐れたのは自分自身だ。
私は今まで見たこともない自分の一面を知ってしまった。私はアルを侮辱されたら、人を殺せるのだ。矢を手に取ったとき、私の頭の芯は冷えていて、それが武器だということを認識していた。私はパメラの眉間に狙いを定めて、正確に矢を放ったのだ。
歩く
アルカンジェロは私を抱き寄せ、情熱の色をしたマントで包み込んでくれた。彼に対しておびえているなんて、誤解させてはいけない。
「ありがとう、アル」
私は小さな声で礼を述べた。
「お礼を言われるには及びませんよ」
アルはいつもと変わらぬ明るい声で答えた。
「俺がお嬢様を守るって言ったでしょう?」
彼の力強い腕にしっかりと抱きしめられながら、私は自問していた。なぜこれほど強い怒りを感じたのか?
もう嘘はつけない。
私、本当は知っているの。この心が彼を愛してしまったって。
─ * ─
ようやく自分の気持ちに気付いたリラ。
次回は仮面舞踏会。二人の愛は最高潮へ!?
なおグイードへのざまぁは物語終盤に特大(?)のをご用意して御座います💕
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