2.悲しくない空気にされた別れ
最終時限の終了を告げるチャイムが鳴る。それから数十分経った頃、リュディヴィーヌはようやく級友たちの囲みを抜け出すことができた。
なんとも迷惑なことに、別れを惜しむ級友たちはかなり粘着質だったのだ。教室から脱出した彼女は、廊下を渡り、真っ直ぐ寄宿舎に向かう。
五棟ある内の一棟に入り、自分のルームから、最後に残っていた荷物を運び出した。
「東京中等院に行っても、お元気で。」
「距離は遠いですが、今後のご活躍、ここから応援しています。」
「ありがとうございます。お世話になりました。あなた方も、お元気で。」
リュディヴィーヌは勢揃いした半泣きの寮母たちに見送られ、寄宿寮をあとにした。
「
門の近くのプロムナードで、彼女は呼び止められた。
「
ゲイブリエル・ローデンベリーの端正な顔は、今日も変わらず底の見えない笑みを浮かべている。
「あぁ、そうでしたね。」
「それで、何のよう……というよりも、人が多くないかしら?」
「あなたの見送りですよ。」
「……え?わたくしの?冗談はやめて頂戴。あなたにくっついて来たのでしょう?」
「嫌味と受け取っても?入学以来、
ゲイブリエルは、笑みを深める。
「そもそも、なぜあなたたちランディクアロリス家の人間は、そう人気なんです?異次元レベル……魔法を使う地球外生命体と言ってもいいくらいですよ。」
「ほんとにな。お前、自分の人気度合いをもっと正確に把握しておいたほうがいいぞ。何言っても周囲には嫌味にしか聞こえなくなるし、後でぜってーに痛い目を見ることになる。」
「またあなたなの?クレインプーロ。」
突然割り込んできた人物に、リュディヴィーヌは嫌そうな声を出した。
「何だよ、
「い、いけなくはないわ。」
いつになく馬鹿にしたような目つきと鼻にかけたような口調で反撃された。予想していなかった反応に動揺してしまったリュディヴィーヌは、しどろもどろに言葉を返す。
「じゃ、いいだろ。」
ウェンセスラスのその言葉に、彼女はツンと顔をそむけて周囲の生徒たちと話を始めた。
彼が最終的に無視されるのは、もはや恒例の流れである。そこで彼は会話から退散するのが常なのだが、今回は諦めが悪かった。
「重いだろ?持ってやる。」
返事も待たず、彼は半ばひったくるように荷物を持つ。彼女が両手で少々重そうに持っていたそれは、彼が右手で肩に引っ掛けてしまった。
「思ってたよりも、軽いんだな。」
あまりのことに動けないリュディヴィーヌに代わって、ゲイブリエルが深い深い笑みを見せる。
「クレインプーロ、生粋のレディーに失礼ですよ。彼女には付き人が居るから、教科書よりも重いものはあまり持たないのですよ。」
「あぁ、そうか。」
次の瞬間、フリーズしていたリュディヴィーヌが復活し、弾丸のように言葉を発した。
「失礼なことを言わないで頂戴。わたくしにも、それなりに筋力はあるわ。今回は荷物が大きかっただけよ。」
彼女の口は、止まらない。
「そもそも、乱暴に荷物を取り上げるなんてマナー違反よ。返事を待たないのも。礼儀作法の授業で習ったでしょう?それに——」
「そこまでです。ランディクアロリス、時間は大丈夫ですか?」
ゲイブリエルの言葉に、リュディヴィーヌは慌てて左手首を確認する。
「皆様、たいへん名残惜しいのですが、暇を告げさせていただきます。お世話になりました。また会いましょう。」
ニコリ、と微笑み、お手本以上と言っても良いほど美しいカーテシーをする。変わり身が早い。
「わ、笑った……。」
「破壊力が……もう死んでもいい……。」
門のロータリーへ向かって歩き出した彼女の背後では、数名、再起不能となっていたのだった。
◇◇◇◇◇
あとからあとから増殖してゆく見送りに手を振り、リュディヴィーヌは車に乗り込む。車のドアを閉めた運転手はウェンセスラスから荷物を受け取り、トランクに積み込んだ。
両手が空いたウェンセスラスは、車の窓をノックする。
「おい、開けろ。……もっとだ。」
しつこいウェンセスラスに折れて、リュディヴィーヌは窓を全開にする。彼は顔の位置が彼女と同じくらいの高さになるまで屈み、車の外側に顔を向けた。
刹那、パシャリ、という音が鳴る。
「——いい感じに撮れた。」
「なっ!?」
「記念撮影だ。後で転送する。」
ニヤリと笑った彼は、片手に持ったスマートフォンを掲げてみせた。
彼女はそれを冷たい目で一瞥すると、さっと手を伸ばし、細い指でコン、と運転席側のガラスを叩いた。その仕草は、普段よりいささか乱暴なようにも感じられる。
「アリソン、車を出す準備をして頂戴。」
「かしこまりました。」
エンジンがかけられた。
「また会おうな、無表情がデフォルトの“キャンベラの女神”。」
「お断りよ。それから、その二つ名もやめて頂戴。」
「会わないのは、実質不可能だろ。お前のこと知ってる代の内は、
「無視しないで頂戴。」
「はいはいわかったわかった。」
ウェンセスラスはリュディヴィーヌの威圧をものともせず、真面目な顔で目を合わせた。
「俺は頑張るから、お前も頑張れ。元気にしてろよ。」
ニコリ、と邪気のない笑みを見せる。
「応援してる。絶対、ベネデ
和名を正確に発音した彼は、唖然茫然としている彼女に背を向ける。そして、あっという間に人垣の向こう側に消えてしまった。
「……お嬢様。フライトの時刻が迫ってきていますので、車を出してもよろしいでしょうか?」
「——えぇ、お願い。」
運転手の遠慮がちな声で我に返ったリュディヴィーヌを乗せ、黒色に輝く車は音もなく滑り出した。
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