第18話

リビングで子ども達のゲームを何となく眺めていたら、七時ぐらいになってやっと

「ただいまー。遅くなってごめん!」

と妻が帰ってきた。

ゲームに夢中になっている彼らをリビングに残して、ボクは少し急ぎ足で玄関に向かった。

「あぁ、あなたおかえりなさい。一人で大変だったわね、お疲れ様でした」

ボクは彼女を、両手で思い切り抱き締めた。

「わ、ちょっとどうしたの」

涙ぐみながら「ただいま…」とボクは言った。

 この瞬間を、どれほど待ちわびていたか。

 この人に、どれだけ会いたかったか。


彼女はボクの背中にそっと手を回した。

「あらあら。いちばん大きな甘えん坊さんね」

頭を撫でてくれる手の温もりにさえも、感謝の思いでいっぱいだった。

「さ、じゃあすぐ晩御飯作るわね。今日はみんなの好きなハンバーグでーす!」

ダイニングに向かって行く妻の背中に、ボクは涙を流しながら手を合わせた。



あくる朝、目を覚ましたらもうみんな出かけていた。でももう寂しくはない。ここはみんなの帰る所なのだから。

ゆうべは妻がビールを買って来てくれていた。

最初は遠慮したのだが、

「あなたのいちばん好きな銘柄でしょ?ほどほどなら大丈夫よ。おかえりなさい祝いなんだから」と注いでくれた。

あまり拒否するのも不自然なので、ボクは二度と飲まないつもりだったアルコールを飲んだ。

 美味しくて、嬉しかった。


何の趣味も無かった頃は、一日の休みに何をするでもなく持て余していたが、今は書き物をする、という趣味がある。誰にも読まれる事のない、それでも大切な手記を書き残す事に使命感すら感じていた。

部屋へ行こうとして、何となくテレビをつける。

普段は観ない時間帯だがどこのチャンネルでも同じような内容をやっている。

チャンネルを次々と変えて全ての番組をチラ見してからテレビを消した。だが、一瞬映ったものに違和感を感じてもう一度スイッチを入れる。

どのチャンネルの、何に反応したんだろうと今度はひとつひとつ変えてみた。先ほど気になった映像は無かったが、ひとつのワイドショーでボクはチャンネルを止めた。


司会のタレントがやや神妙な顔をしている。ボクはテレビの音量をあげた。

「……というのはたまに耳にしますが、今回は何者かに殺害されている事件ですから。しかも死亡して時間も経っているという事ですので、手がかりなども難しいのではないでしょうか」

椅子に座っているコメンテーターが持論を持ち出す。

「やはりね、ある程度ご年齢がいった方の一人住まいといのは亡くなってしばらく経ってから発見されるというケースが多いもんですから、行政としても何かしら対策をしていかないといかんと思うんですよね。例えば毎日、ボタン押せばどこかに通知が行くようなシステムを導入してですよ、役所とかでチェックして通知が無ければすぐ誰かを向かわせるとかですね…」

「そうですね〜。たしかにそういうのがあれば発見も早められるとは思うんですが、システム導入の予算をどうするかですよね。あとは、市役所や自治体の負担も増えると思われますので、地域によっては難しい所もあるかも知れません。

……さて、お伝えしていますように今朝未明、一人暮らしの老人が何者かに殺害されているのが発見されるという事件が起きました。中継が繫がったようですので現場からお伝え頂きたいと思います。森脇さーん」

 

「はい。こちら現場となったアパートは今も警察による規制線が引かれた状態で中の様子は伺えません。ご近所にお住まいの方にお話を伺ったところ、被害に遭われた男性はお一人住まいで、周りとの交流もほとんど無かったという事です。ただ、時々お酒に酔ったように大声を出したり大きな物音がしたりしていたそうですが、ここ2、3日は全く聞こえなかったという事です」

「森脇さん、その物音が聞こえなくなった時に男性は殺害されたという事でしょうか」

「はい、そちらに関しても現在警察の方が慎重に調べを進めている模様です。現在分かっている情報では、首に何かで締められたような跡があり、現場からはそのような物が発見されて居ないことから、警察では犯人が何かしら凶器を用意した上での、計画的な殺人と断定して捜査しています。以上現場からお伝えしました」

「はい。森脇さんありがとうございましたー。  え〜、お一人暮らしの男性が何者かに殺害され、数日経ってから発見されるという非常に痛ましいニュースですが、新しい情報が入り次第お伝えしたいと思います。では、続いて天気です」


ボクは呆然として画面を眺めていたが、我に返ってテレビを消した。


 こんな事があるのか。

いや、きっとそっくりなどこか別のアパートだ。

寄りにもよってあのアパートが、正夢みたいに…。

 

ボクはおじさんが無事か確かめたかったが、連絡先などは知らない。

「そうか!」

とボクは思い立った。あのアパートに行ってみればいい。

そこが何事もなく佇んでいるようなら、現場では無いということになる。ついでにおじさんにも改めてお礼を伝えよう。

でももし、そのアパートに規制線が張られていたら…。

考えていても仕方がない。とにかく行ってみる事にする。幸い今日はまだたっぷり時間がある。行って帰って来るだけでもいい。


ボクは居ても立ってもいられず、とにかく身じたくをして家の玄関を出た。


 

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