第17話
久しぶりに目にする我が家は、遠くから見え始めても涙が出そうなほど愛おしかった。
ホームシックになっていたわけではなく、帰れる場所が、家族があって、そこに自分が帰ることが許される。何でもない事のはずなのに、当たり前の日常がどれほど尊いものであるか、今回の経験でボクは心からそう思った。
時間が早いので子ども達もまだ学校だ。
ダイニングの上にメモ書きが置いてある。妻が書いたものだろう。
「あなたおかえりなさい。お疲れ様でした。急な用事で出掛けていますが、夕食までゆっくり過ごして下さい」
達筆の文章の横や隙間に、子ども達のメッセージや絵が書き足してある。妻が書き置いたものに「僕も書くー!」と言ってせっせと色鉛筆を走らせる姿が思い浮かんだ。そうしたらなぜだかまた涙が出て来た。
一人で過ごす時間。でもここはアパートとは違う。同じ一人でも、時間が、空気が、全く違う世界のように感じられる。
暮らしのある家は、家そのものにも命が吹き込まれるのかも知れない。今まで思ってもみなかったことを考えた。
キッチンも、リビングも、廊下も壁でさえも、何もかもが懐かしく、愛おしかった。
ただいま。
そう言える場所がある事が幸せで、有り難かった。
ボクは鼻をすすりながら、自分の部屋の大事な物が仕舞ってある場所に、そっと妻たちの手紙も入れた。これは宝物だ、と思った。
ボクは今回の出来事をノートに書き留めて置くことにした。誰かに見せる訳ではなく、時々忘れた頃に目を通して、平凡で大した取り柄のない自分が愛されている事、その人たちの事を自分も心から愛していることを、いつでも思い出せるようにしたかった。
夕方になって、玄関から「ただいまー!」と元気な声が聞こえた。ボクが階段を降りると、部屋にランドセルを放り込んだ次男が真っ先にテーブルのお菓子に手をつける所だった。
「ふぁっ、お父さん帰ってたの?をかへりぃ〜」とモグモグしながら駆け寄ってきた。
ボクは、思いっ切り彼を抱きしめたいと思った。だが何事かと思われるかも知れないと、頭を優しくポンポンとして「ただいま」と言うに留めた。
しばらくして、長男も帰ってきた
「ただいま」
六年生だが背も伸びて大人びている。早めの反抗期が父親に対しては始まっていると理解している。
その長男が、リビング居るボクを見た時、
「あ、おかえり!」
と少し微笑んで言ってくれた。
「ただいま。ソフトボール優勝おめでとう」
「まぁ対戦相手に恵まれただけだよ」
ボクはこの大人びた長男も、両手で思い切り抱き締めたかった。
弟は待ちわびたように「兄ちゃんゲームの続き!」と声を掛ける。
「宿題が先!」
そう言われて、ちぇ〜っと言って兄と一緒に部屋に向かう弟と、しっかりした兄の背中を、ボクは微笑ましく眺めていた。
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