第16話

ボクはよほど疲れて居たのだろう。お酒も飲まずにいつの間にか眠ってしまったようだ。

しばらくは、お酒もビールも無くてもいいと思えた。


何時頃なのか分からないが、隣の部屋でまた音がする。今夜は何か大声で怒鳴ってもいるようだ。

あのおじさんは、これからもそうして生きていくのだろう。哀れでもあり、それが彼の幸せなら、他人が構う事でもない、そう思った。

様子を見に行ってやりたいが、今日のボクは経験した事のないぐらい疲れていた。たっぷり寝たはずなのにまだ眠気に誘われる。

最後の夜だが、今夜は勘弁してもらおう。

明日の朝このアパートを出る時には、挨拶ぐらいはして行こうと思った。

彼は寝てるかも知れないが。


次に目を覚ました時には騒ぎは収まっていた。彼も眠ったのかも知れない。

寂しいひとり酒にしてごめんな、と心の中で謝った。


 

翌朝スマホの目覚ましがけたたましく鳴るまで、ボクは文字通り泥のように眠っていた。

軽い身じたくを整えて忘れ物が無いか確認する。

何も無くなった部屋は、少し寂しいような気持ちがした。


鍵はかけずに部屋に置いとくように、と会社から言われていたので、ボクは指示通りにして部屋を出る。

隣の部屋の前を通る時、別れの挨拶をしようとインターホンを鳴らした。何度か押してみるが応答は無い。

ゆうべはだいぶ飲んでたみたいだから、まだ眠っているのかも知れない。

ボクは荷物から紙とペンを取り出し、

「ありがとうございました」

と書いた。

郵便受けに放り込んだ時、少し生臭い匂いがした。

調理用具もきっちりしている隣人にしては珍しかったが、今日はゴミの日だから玄関にでも置いているのだろう。

 

アパートを離れ、もう一度振り返る。

いつかまた、美味しい酒でも持って改めてお礼に伺おうと思った。

もちろんその時はほどほどに飲むつもりだ。


 

夏の終わりの乾いた風が、駅まで歩くボクの心を吹き抜けて行くようだった。

 

  

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