第15話

 ネタバラシの後、身柄を解放された。


「俺たちのやった事は犯罪まがいだ。正当な理由もなく、あんたを閉じ込めたんだからな。正直、訴えられても仕方ねぇと思う。だが依頼人だけは、どうか勘弁してやってくれ。俺のよく知ってる奴だ。あんたになるべく迷惑がかからねぇ様に、会社にも身内を名乗って体調不良でしばらく休ませてもらえるよう話してあるようだ。本人との約束だから誰なのか話す訳にはいかねぇが、本当にあんたの事を思ってやったことだ。そこは分かってやって欲しい。」

ボクは、よく分かっていた。だから彼に手を差し出して

「感謝しています。あなた達にも、依頼人さんにも」と握手を求めた。

男は顔に似合わず涙もろいのか、目に涙を浮かべて

「ありがとう。すまねぇ…」

と、両手でしっかりと握り返した。

隣人のおじさんはニヤニヤとその様子を眺めていた。



暗くなってからアパートへ帰ると、まだ外出しているのか隣の部屋の電気は消えていた。

まぁあんなゴタゴタの後だし、顔を合わせづらかったのでボクには都合が良かった。

久しぶりの部屋は綺麗にされている。妻が来てくれたに違いなかった。

日程通りなら、単身赴任も今日で終わりだ。明日は会社に行って休みのお詫びをしなければ。基本的には出社扱いだが、挨拶し終えたら部屋の片付けをして引き払う準備をするために、通常業務は入ってない。

とはいえ、妻がほとんどやってくれていたおかげでさほど時間はかからないはずだ。


 その妻に、ボクは電話をかけた。

「もしもし?」

「あぁ、あなた。お疲れ様。明日で帰って来れるのよね?また延長じゃなきゃいいけど」

冗談めかして笑う妻に、ボクは涙が出そうになる。

早く会いたかった。会って思い切り抱きしめたいと思った。

なるべく平静を装いながら「そうだな。君があらかたやってくれたから、午後いちには戻れるよ」と告げた。

「翌日休みで良かったわね。帰ったら腕にヨリをかけるから、夕食は楽しみにしてて」

「あぁ…。ありがとう」

ボクは思わず胸が詰まりそうになる。

「あ、あのさ」

「ん?なに?」

「いや、その…。ありがとう」

電話の向こうで彼女がフフッと笑う。

「なによ〜2回も。子ども達も待ちわびてるから、帰ったら甘えさせてあげてね」

「うん。分かった。それじゃあ」

「じゃあ、また明日ね」


電話が切れるのを待って、ボクも通話を終えた。

彼女はいつもの妻だった。屈託のない、いつもの。

 でもボクには分かっていた。

 あの依頼人は、きっと彼女だ。


ボクの飲み過ぎを心配して、会社に体調不良の連絡も入れる。そんな事をしてくれるのは、彼女しか居ない。

おそらくあの強面の男性も、昔の付き合いか何かの人だろうと思う。もう完全に足は洗っても、人は人相まではそう変わらないだろうし、にじみ出る迫力のようなものがあった。

 

それに、現場からリポーターとして画面に映った人物。どこかで見たことがあると思ったはずだ。

彼は妻の弟だ。結婚後は一度会ったきりだけど、顔は覚えている。すぐ思い出せなかったのは、テレビでよく見るリポーターだと思い込んでいたからだ。


たくさんの人たちが、彼女の一声で集まり、何の見返りもないのに、ボクを救ってくれた。

かなり衝撃的で一生忘れることはないだろうが、多分お酒を目にするたびにみんなを思い出し、お酒はほどほどにと思うだろう。


たった三日の出来事とは思えないほど、ボクの人生にとってとても大切な時間だった。


 

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