第5話
和やかな二人のみだったのだが、彼が本格的に酔っ払い出した時から空気が変わった。
彼の口から出てくる言葉もネガティブなものが多くなり、国が悪いだの、行政が悪いだのと、最後には出ていった息子達への愚痴や不満まで延々と喋り続ける。
おそらく、相当な苦しみを抱えているのだろう。
そうは思ったが、聞いてるボクまで気分が悪くなってくる。返事をしないと「おいっ、聞いてんのか!」と食ってかかる始末だ。これじゃあ奥さんにも逃げられるよと思いながら、きっと酔いが覚めたらこんなこと覚えて居ないんだろうな、とも考えた。
ボクもそうだが、泥酔状態にまでなると驚くほど記憶がなくなるのだ。滅多には無いけれど。
結婚当時はボクの酒癖の悪さでよくケンカになったもんだ。普段は聞いたこともない乱暴な口調でくだをまいて、妻に対する態度もかなり悪かったらしい。
でもボクは何も覚えてない。アルコールを飲まない妻は理解が出来ず、その後飲酒は厳正な管理下に置かれた。
いい加減居心地の悪くなったボクは
「じゃあ、これで失礼します」と立ち上がろうとする。
おじさんはボクを睨みつけて
「帰るだぁ?まだ話は終わってねーぞ」と怒鳴りつける。
ちょっと惜しかったが、ボクは持ち込んだ酒を彼に差し上げるという事で、なんとかなだめて部屋を出た。
もう一本送ってくれてて良かった。やっぱりあんまりお近づきにはならない方が良さそうだと思った。
布団を用意していると、またいつもの「ドンドン」太鼓が始まったが、かなり飲んだボクは全く気にならず、すぐにコテンと横になって寝た。
連休を使って、家族みんながボクの赴任先に来てくれた。ただ、長距離旅行の中継点として使われただけだが、それでもボクは嬉しかった。
妻の手料理が食べたかったが、せっかくなので外へ食べに行こうということになり、何のせっかくかは分からないが子ども達の喜ぶ顔が見れて良かった。
だが、食事を終えて部屋に立ち寄った時、その状態を見た妻は「なにコレ……?」と険しい顔をした。
とっ散らかしてゴミの袋はキッチンの隅に。そのキッチンの流し台には食べかけのカップめんがそのまま置いてある。
しまった。
外食したのでそのまま新幹線に乗るものだと思って何も準備してなかった。
「今度、私一人で掃除に来るから合鍵貸して」
合鍵など無い(本当)と答えると、
「じゃああなたが出かける時に、分かるようにしといて」
と言い返された。
つまりいつ来るか分からないから、ボクはいつでもある程度はきちんとしとかなければならない、という事になる。
(独り身は気楽なもんだ)
あの時は同意出来なかった隣人の言葉が蘇る。
その隣人の太鼓が、最悪のタイミングで鳴り出した。
子ども達は「なんの音?」と尋ねるが、出どころを知っている妻は玄関の扉を開けて外へ出た。
まずい!
時すでに遅し。妻は祭りどころか応援団のドラム缶のように「ダンダンダンダン!」と隣人の玄関を叩き、ファミコン並みにインターホンを連打する。
「なんだあんた!」
「あんたこそなんだ!ダンダンダンダンうるせぇんだよ!」
ダンダンダンダン鳴らしたのは妻の方だが、しばらく悶着する罵声が飛び交い、妻は何か言葉を吐き捨てて乱暴にドアを閉めて戻って来た。
「どうしたのー?」
不安な顔で尋ねる子たちには
「ん?なんでもない。大丈夫よ」
と笑顔を見せるが、ボクの方を見た瞬間
「あんなの最初にガツンと言ってやんなきゃ駄目じゃないの!まだやるようならすぐ私に言ってよ!」と叱った。
その夜は全く音がしなくなり、妻と子どもは予定の時間で駅へと向かって行った。
もう、駄目かもしれない。
一人になったボクは冷蔵庫からビールを取り出して、ひとり静かに飲んだ。
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