第4話
おじさんは手際よくつまみになるものを作ってくれた。
ベーコンとソーセージをバターで炒めたもの、味を染み込ませて保存してあった唐揚げ、そしてスーパーで買い置きしておいた枝豆や韓国のり、など。
酔っ払ってなければ意外とまともで、しかもしっかり自炊しているんだと感心した。ボクなんて毎日コンビニの惣菜や弁当だ。お米すら研いだ事がない。
「さあ、いきなり名酒ってわけにもいかねえから、まずはこれで乾杯だな」
彼は2つのビアグラスにビールを注いでくれた。食器も調理用具もきちんと整理されている。
「冷蔵庫にいくらでも冷やしてあるから、遠慮なく飲めよ。ただ名酒が味わえる程度にな」
おじさんが初めて楽しそうに笑った。
お酒が大好きで、ボクが学生の頃に亡くなった親父を思い出して、少し胸にグッときた。
「んじゃ、乾杯」
「乾杯」
二人でカラカラの喉にビールを流し込む。そしてお互い揃って「くぅ~!」っと言って笑った。
ビールは最初の一口が最高だけど、今日は今までで一番最高だった。しかも昼間のうちからこうして誰かと飲めるのは初めてだ。
おじさん手製のつまみはどれも美味しくて、お世辞抜きでボクは「うまいっす!」と言った。
まるで息子を見るような嬉しそうな顔で、彼はボクを眺めた。
二人で飲んだたくさんの空き缶がそこら中で転がっている。上機嫌なボクはその光景さえ楽しかった。
ボクが買ってきた乾き物で、いよいよ銘酒を嗜む。
一口入れて、「う~む…」と唸ったきり、おじさんもボクも言葉がなかった。
辛口なのにまろやかで、香りも後味も素晴らしい。実際に月を眺めながら飲むと、きっとうっとりとした時間を過ごせるだろうと想像してみる。
二人でついつい杯を重ねた。
「ご家族は、居らっしゃらないんですか」
酔った勢いというのもあり、ボクは立ち入った話しを振ってみる。相手は少し表情を曇らせたが、まだ上機嫌を保っていた。
「息子が二人。出てったきりどこに居るのかも分からねぇ。まぁ生きててくれりゃそれでいい」
ドライというか、無関心というか。お互いにそうなんだろうかとボクは考える。でも会いに来ないという事は親子の間で余程の事があったんだろうなと想像した。
彼は自分から奥さんの話もした。
「女房もある日急に居なくなった。もう愛想つかされたんだろうよ。俺ぁ昔、料理人やってたんだ。客と飲みながらフライパン振ってたよ。大して儲かりもしなかったからな、もう限界だったんだろ」
ボクは、彼のこしらえたツマミが本格的で美味しい理由が分かった。そしてその頃からもう飲んでたんだなとも思った。
「一人は気楽なもんよ。どんだけ飲もうがゴロゴロしてようが誰にも咎められねえ。まあ若い頃から無茶してたから、だいぶ体にゃキテんだろうたぁ思うけどよ。こっそりくたばっても誰にも迷惑はかけねぇし、悲しむ奴も居ねぇってもんだ」
ボクは単身赴任してから一人がいいなんて一度も思った事はない。でもそれは、待ってる家族が居てくれるからだ。本当に孤独だったら、そんな風にも思うのかも知れない。そう思わないと生きていけない。
「…ボクは、悲しいですよ」
思わずポロッと出た言葉におじさんは不意をつかれてきょとんとしたが、やがてフッと笑って「ありがとよ」
と言った。
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