第3話
閉めかけていた扉を止めて、「なんだ?」と隣人は反応した。探るような、疑うような目でこちらを伺う。
「あ、すみません。さっき実家から美味しいお酒を送ってもらったので、これから飲もうかと。良かったらご一緒にいかがですか?」
ボクは何を言ってるんだろうと思いながら相手の反応を待った。
彼ははジロッと目を細めて「いい歳して親のスネかじりか」と呟いた。
普通の人なら「なんだ人が親切に誘ってるのに!」と激昂するところかも知れないが、ボクは普通じゃない。
「はは…本当ですよね~。でもありがたくカジらせてもらって、『美味しかったよ』って伝えるのもひとつの親孝行かな、なんて」
隣人はフンと鼻で笑った。
口元は歪んでいたが、彼の笑顔を見るのはこれが初めてだった。
「で?なんでオレなんだ」
「いやぁ~お恥ずかしい話しですが独りで赴任してきて友達も居なくて。せっかくのいいお酒なんで一人で呑むのも申し訳ないような気がして。それに、お隣さんにはいつもご迷惑おかけしていますから」
我ながら卑屈だな。やっぱりやめようかと思っていたとき、
「なんて酒だ?」
と彼が訊いてきた。
「ああ、え~と…。初めてみるんですけど、
なんとかの名月って書いてありました。確か、なかあき…?」
隣人はまた鼻で笑う。だが先程よりも愉快そうだった。
「中秋(ちゅうしゅう)の名月、だろ。しかしすごいな。滅多に手に入らない、幻とも言われる酒だ。しかもかなり高いだろう」
ボクはお酒にそんなに詳しくないので、そんなすごい物を送って貰ったのかと改めて感謝した。
「そんな名酒、この機を逃したら一生飲めねぇな。いいだろう。付き合おう」
ボクは何だか嬉しくて「すぐ取ってきます!」とツマミの袋を持ったまま部屋の玄関に向かった。
「そんな乾きもんだけじゃ勿体無いだろ。大したもんは出来ねぇが、酒の肴になるものを用意しといてやる。その乾きモンも悪くないがな。全部持ってきてくれ」
「了解です!」
変わり者とはいえ、人生の先輩と飲める機会がボクは嬉しくてありがたかった。
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