第2話

「そんなの警察に相談したらいいじゃないの」

電話の向こうの妻が熱くなって声を上げた。


 今日は、長男がソフトボール大会で優勝したんだと妻の方から電話をかけてくれた。

レギュラーになってもなかなか活躍出来なかったが、初優勝と聞いてボクも心から嬉しかった。

勝手に「お祝い」と称していつもより多目に飲んでしまった。それで色々と調子よく話している内に、つい余計な事を喋ってしまったのだ。妻に余計な心配を掛けないよう、ずっとだまっているつもりだったのに。

それに近頃は、お互いに生きている事を確認し合う合図のような、そんな錯覚まで覚え始めてちょっと愉快にすらなっていたのだ。

「会社の人に相談して、部屋を変えてもらう事とか出来ないの?」

当然のように妻は訊いてくる。最初の頃、ボクも思った事だ。

「まあ期間も定められてることだし、駅にも近くて “それ” 以外は別に問題無いんだ。もう慣れたしね 」

愉快にすらなってきた、とは言わなかった。

そんな事を言おうものなら、ただでさえ普段から「お人好し」としかめっ面されるのに、久しぶりの電話で叱られたくもなかった。

「あたしがそっち行ってとっちめてやろうか」

恐れていた言葉を妻が口にする。

「いや、いいいい!本当に、たま〜にだから大して気にならないよ。ほんと」

ほぼ毎日なんて、言える訳がない。


以前自宅で、ご近所とトラブルになった事があった。非は相手にあったのだが、先方の旦那が凄んで来た時に

「上等じゃあ!」

と叫んで掴みかかった事があった。どうやら昔の血が騒いだらしい。

妻はかつて若い頃、地元で凶悪と恐れられるグループに身をおいていた事もあったそうだ。結婚してしばらく経ってから打ち明けられた事だが。

 

住民から通報を受けて駆けつけたお巡りさんは真っ先に妻の身柄を拘束しようとした。正当な判断と思われる。


結局相手側が謝罪して示談で済んだが、依頼ご近所から苦情や因縁をつけられる事は無かった。まぁこちらもそんなに迷惑を掛けている訳でもないのだが。


「まあたまには家族みんなでご飯作りに行ったげるから。もう少しの辛抱よ。頑張ってね」

出来れば休みの昼間に来て欲しいとお願いをして電話を切った。

 やれやれ。

酔っ払いが暴れようが難癖つけようが、自分も飲むので別に平気だが、しらふでドスを効かせられる女性はもっと怖い。くれぐれも鉢合わせませんようにと願った。


隣人は、昼間のうちは大人しい。

何をしている人なのか知らないが、部屋に居ないのか寝ているのか。一度試しに「トントン」と壁を叩いてみたが反応は無かった。最初は死んでるんじゃないかと心配したが、夜になると相変わらず騒ぎ出したので安心すらしたものだ。

こういう性格だから、「お人好し」と怒られるのかも知れない。



ある日、家から荷物が届いた。

中を開けると上等な日本酒が二本入っている。どうやら実家から送られて来たもので、

(家では誰も飲まないからあなたへだと思います)、と妻のメモが同封されていた。

今日は日曜日。神様が「昼間っから飲みなさい」と言ってるんだと、親と神に感謝しながらコンビニへ好みのツマミを買いに出た。

ホクホクしながらアパートの階段を上がると、ちょうど隣人のおじさんが玄関を開ける所だった。

相手はこちらを見て一瞬ドアを閉めようとしたが、

「あの…!」

とボクは声を掛けた。

何故そうしたのか分からない。

気分が絶好調だったからかも知れない。

だがこの一言が、お互いの関係を変化させるきっかけになった。 


 

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