第35話 訪問者
沙羅はミオと夕食の準備をしていた。
「今日はカレーにしよう!」
「カレー?」
「そうよ。スパイスで肉や野菜を煮込んでご飯にかけて食べるの」
「へえ。そんな料理があるの?」
沙羅は市場でスパイスのようなものを数種入手していた。多分これらを入れるとカレーになると・・・。
「でも調合が難しいの・・・」
スパイスを入れては味をみて、また別のを加えて味をみて・・・そんな風に試行錯誤を重ねている。そんな時、玄関が開く音が聞こえた。
「誰かが来た! 家の中に入って来ている!」
その場に緊張が走った。確かに玄関に人の気配がする。
「沙羅さんはここにいて! 私が見て来るから!」
ミオが玄関に走り出した。すると、
「ダイさん!」
という声が聞こえた。
(えっ! ダイが? 病院にいるはずじゃ・・・)
そう思いながら沙羅も玄関に行くと、確かにダイがいた。その横には背広を着た中年の男を連れている。
(この人も私と同じようにここに飛ばされて来たんだ)
沙羅にはすぐにわかった。ダイが振り返ってドアの隙間から外を見て言った。
「追われているかもしれない」
「私が玄関から外を見張ります。ダイさんは中に」
「頼む!」
ミオが玄関を少し開けて外を見張った。人影はなく特に異常はない。ダイと森野刑事は中に入り、リビングのソファにやっと腰を落ち着けた。
「お茶でも入れるわ」
すると森野刑事が沙羅の腕を取った。
「あなたは斉藤沙羅さんだね」
「ええ、そうです」
「私は城北署の森野だ。三下山の失踪事件の捜査をしている。やはり君はこの異世界に飛ばされていたんだな」
「はい。私はダイさんに助けられたのです。お茶を入れてきますから話はそれから・・・」
沙羅はキッチンに行った。
(刑事さんって言ったわ。警察では失踪した人が異世界に飛ばされたことをつかんでいたんだ。もしかしたら帰れる・・・でも・・・)
沙羅はふうっとため息をついていた。
リビングではダイがこの世界のことを森野刑事に説明していた。玄関にいるミオに聞かれないように小声で。
「・・・ということです。沙羅が言うにはあなた方の世界の平行世界に当たると」
「平行世界か。ググトという化け物がいる。それでこんなに変わってしまうのか・・・」
森野刑事は腕組みをして考えていた。そこに沙羅がお茶を持ってきた。
「どうぞ」
「すまんね」
森野刑事はお茶を一口飲んで話した。
「あなたのご家族は心配しておられた。特にお母さんはあなたを探すため多くのお金を使った。この次元の穴を研究している学者に研究資金として。それで別の世界にあなたがいることがはっきりした。あなたが助けを呼ぶ声を聞いたんだ」
沙羅は思った。
(『虹』に向かって声を上げたことが無駄でなかったんだ)
「ダイさんの話ではこの世界に来た者はトクシツに連れ去られているというじゃないか。彼らを取り戻さねば」
「しかし他の世界から来た者はこの世界の秩序を破壊するといって逮捕されます。話し合いが通用する連中ではありません」
ダイはきっぱりと言った。
「ううむ。そうか・・・」
「それにトクシツは怪しい動きをしています。こちらの世界と向こうの世界に人を行き来させています」
「藤堂か」
「彼は何をしているのですか?」
ダイが尋ねると森野刑事はしばらく考えた後、やっと口を開いた。
「捜査のことだから人には言えないことだが、この状況では仕方がない。あなた方の協力が必要かもしれないのだから」
森野刑事はそう前置きをして話し始めた。
「彼は違法薬物を運んでいる。人を快楽に導き、依存させ、廃人にしてしまうというものだ。巷では『レインボー』と呼ばれている」
「それじゃ、まるで麻薬」
沙羅が声を上げると森野刑事がゆっくりうなずいた。
「そうだ。その薬は我々のいる世界では考えられないものだ。検出もできないから取り締まることもできない。あっ! そうだ。あなたは斉藤直樹捜査官の妹さんだったな」
「はい。妹です」
「彼はその捜査をしていて3年前に失踪した。そのことについて何か聞いていないかね」
「いえ、仕事のことは何も・・・」
「そうか・・・。てっきりそれで君もこの世界に連れて来られたと思ったのだが・・・」
森野刑事は当てが外れてがっかりしていた。ダイは言った。
「その薬物というのは多分、魔人草から作っている。三下高原で刈り取られているのを見た。どこかでその成分を精製して薬物にしているかもしれない」
「うむ。この世界で作ったものを藤堂が持ち込んだのだな。しかしどうやって?」
「あなたは知らないだろうが、魔法の袋がある。見た目が小さくても部屋いっぱいの荷物を収容できる」
「そうだったのか・・・」
森野刑事の疑問は解けていった。藤堂が軽装でも多くの荷物を運ぶことができたのだ。
「しかし奴らの目的は? 薬物を取引して何を得ているんだ?」
「それはわからない。でも何かを企んでいることは確かだ」
ダイにもトクシツ、いやカート室長が何を考えているかまではつかめていなかった。
◇
外にダイの部屋をうかがう4人の人影があった。それは藤堂とあの3人の男たちだった。リーダーの男は慣れた様子で黙って手で2人の男に指示を与えた。中にいる者をすべて抹殺するつもりのようだ。藤堂はその様子を不気味な笑みを浮かべながら見ていた。
―――――――――――――――――――――――――――
草原でいきなり攻撃を受けて、藤堂や3人の男たちはしばらく起き上がれなかった。リーダーの男が指笛でググトたちを呼び出して襲いかからせたのだが、ググトたちは戻ってこない。藤堂が尋ねた。
「どうしたんだ?」
「やられてしまったのかもしれない」
「ラールさんよ。どうするつもりなんだ?」
リーダーの男は何やら呪文を唱えた。
「奴らを追える」
「本当か?」
「ああ。俺の拘束魔法を抜け出してもその残渣が残っている。薄くなっているが何とか追えるはずだ」
「それは好都合だ」
「では室長に報告してから・・・」
「それはやめといたほうがいい」
「なぜだ?」
「あの室長に知れたらどんな目に遭うかわからないぜ。黙って内々で処理したらいい」
「それもそうだな」
ラールは藤堂に同意した。
「よし。いくぞ。アキューズ! カズン! 奴らを追うぞ!」
こうして私服の監察警官3人と藤堂は拘束魔法の残渣を手掛かりに公用団地のダイの部屋を突き止めたのだ。
―――――――――――――――――――――――――――
玄関前にはラールと藤堂がいた。裏の窓にはすでにアキューズとカズンがとりついているはず。玄関から飛び込んで気をそらしているうちに背後を襲う・・・そんな作戦だった。中の様子をうかがうが、話し声がしているだけでこちらを警戒している様子はない。
「さあて。そろそろやるか!」
ラールはドアの鍵を開錠魔法で開けた。
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