第34話 転移者

 ―異世界―


 沙羅はミオに習ってモーツェイカを吹いてみた。だが全く音が出ない。小学校でリコーダーしか吹いたことがない沙羅にはどうやったらいいか、全く分からなかった。


「音が出ない」

「コツをつかめばすぐよ。練習したらできるようになるわ」


 ミオはそう言ってくれる。だがどうしても音が出ない。


「私って才能がないのかな・・・」


 そうつぶやく沙羅にミオは笑った。


「ははは。才能がないですって? あなたはモーツェイカの演奏家だったのよ。才能がないことはないわ」

「ええ、そうだけど・・・ふふふ」


 私はユリじゃないとも言えず、沙羅は笑ってごまかした。


「もう一度やってみて。吹こうとするのじゃないのよ。心の中の音を笛に乗せるように・・・」

「こう・・・かしら・・・」


 沙羅はリコーダーのことを忘れて、出したい音を心に浮かべて口からモーツェイカに息を注いだ。


「パーピー」


 それで何とか音が出るようになった。


「そうよ。その調子。後はメロディーに乗せて」


 沙羅はメロディーを心に浮かべてみた。それはあの三下山で聞いた、あの心を慰めてくれた曲だった。


「ピーピープピープピ、プーピピプピー・・・」


 聞いた曲にははるかに及ばないが、それらしい雰囲気はあった。


「すごいわ! ちょっとコツをつかんだだけでこれだけ吹けるなんて」


 ミオは感嘆していた。


「いえ、先生がよかったのよ」

「そんなことはないわ。この調子なら私より上手になるわ。いえ、私、おかしなことを言ってる。ユリさんだからこれくらいできて当然ね」

「ははは・・・」


 沙羅はまた笑ってごまかすしかなかった。ユリさんじゃないとは言えないのだから・・・。


「そう言えば譜面とかないの? モーツェイカの」

「そんなのはないの。それぞれが心に浮かぶ曲を吹いているだけ」

「そうなの? じゃあそれぞれがオリジナルってわけね」

「同じメロディーでも吹く人によって全く違って聞こえるのよ」


 そこまで聞いて沙羅は思った。


(ということはあの曲をあんな風に吹けるのは一人だけ。誰なのかな? もしかしてユリさん・・・まさかね)


「ねえ、いいこと思いついた」


 ミオがおもむろに言った。


「なに?」

「2人でセッションしてダイさんに聞かせるのよ。きっと驚くわよ」


 沙羅は思わず「いい考えね」と言いそうになった。


(それはだめ。モーツェイカを聞くとダイはユリさんのことを思い出して辛くなる)


 沙羅はうまい言い訳を考えていた。


「ねえ、どうなの?」


 ミオがせっついてくる。


「私まだそんな腕前じゃない。ダイに聞かせるには恥ずかしいわ。下手な笛は聞かせられない」

「それもそうね。ユリさんはプロの演奏者だったのだから。あきらめるわ」


 ミオが引いてくれて沙羅はほっとした。


「ところでダイさんはいつまで入院の予定なの?」

「それが・・・」


 沙羅はそれをまだ聞いていないことを思い出した。ダイの顔色もよく、すっかり元気になっているように思えるが、まだ入院が必要なのだという。


「明日、病院に行きましょう。もう退院かもしれないから・・・」


 沙羅はそう言うしかなかった。


 ◇


 森野刑事は七色の光がまぶしい次元の穴に飛び込んだ。そこから記憶がない。気が付くと草むらに倒れ込んでいた。


「おい! 起きろ!」


 乱暴な声が聞こえた。森野刑事が何とか身を起こすと、周囲に数人の男が立っていた。


「お前は刑事デカだな?」


 そう言われて顔を上げるとそれは藤堂だった。他に見知らぬ男たちが3人、鋭い目つきで見ている。


(こいつらは公安か?)


 森野刑事は一瞬、そう感じた。だがそれならなぜ藤堂といっしょにいるのか・・・そんな疑問が浮かんでいた。


「立て!」


 男たちに引っ張り上げられて森野刑事は立ち上がった。幸い、大きなけがをしていない。


「私は城北署の森野だ。お前たちは何者だ?」


 警察手帳を見せた。だが男たちは鼻で笑った。


「そんなものが何の役に立つ。この転移者め!」

「転移者?」

「おまえは別の世界から来た。この世界に何の用だ?」

「私はこの藤堂を追ってきた。奴は違法薬物を扱う犯罪者だ!」

「この藤堂は我々の協力者だ。お前の方が怪しい。尋問してやるから来い!」


 森野刑事は両脇を抱えられた。だが隙を見て振り払って後ろに下がった。


「来るな! 近づくと撃つぞ!」


 森野刑事は拳銃を出して構えた。男たちはそれを見てもあわてない。森野刑事はスマホを出して連絡しようとした。だが通じない。画面を見ると圏外になっていた。


「無駄だ。ここはお前のいた世界とは別の世界なのだ」


 そう言って男たちが近寄ってきた。


(まさか・・・異世界が本当にあったとは・・・)


 森野刑事はいまだに信じられなかった。だが前にいる男たちが脅威であることは勘でわかる。


「近寄るな! 撃つぞ!」


 森野刑事は上に向けて「パーン!」と威嚇射撃した。だが男たちは平気なようだった。


(このままでは捕まってしまう。この得体のしれない奴らに・・・)


 森野刑事は男の足元を狙い、また「パーン!」と発砲した。だがその弾は男の前で止まり下に落ちた。


「ふふふ。結界を張る我らにそんなものは通用しない」


 男は不気味に笑った。そしてなにやら唱えて右手を振った。すると森野刑事は拳銃を落とし、何かの力で体が拘束されていた。


(魔法だ! こんなことが本当にあるとは・・・)


 森野刑事は驚きで目を見開いた。藤堂はにやにや笑っている。


「驚いただろう。この世界の者は魔法が使えるんだぜ。さあ、さっさと観念しな」

「藤堂! きっとおまえを逮捕するからな!」

「ふふん。生きてこの世界を出られればな」


 森野刑事は唇をかんでいた。もうどうにもできない状況だと・・・。


 だがいきなり「バーン!」と大きな音がして男たちや藤堂のいる地面が爆発した。彼らは吹っ飛び、土煙が舞って周囲の視界を遮った。


(今度は何だ?)


 森野刑事が耳を澄ませて辺りを見渡した。すると、


「助けに来た!」


 と若い男の声が聞こえた。それと同時に体の拘束が解けた。


(一体、誰が?)


森野刑事が疑問に思っていると、土埃の中にふいに人影が現れた。


「走れますか? ついて来て下さい」


 また若い男の声が聞こえた。


「あ、ああ」


 森野刑事がそう答えるとその若い男はいきなり走り出した。森野刑事は遅れまいとその後をついて走った。


「待て!」


 藤堂たちの声が聞こえたが、彼らは先ほどの攻撃ですぐに追って来られないようだ。だが「ピューッ!」という指笛の音は聞こえた。

 森野刑事は考えていた。助けてくれたこの男は何者だろうかと・・・。こんな異世界に自分の味方はいないが・・・

 すると男は急に立ち止まった。


「どうした?」

「ここで身を低くして隠れてください。奴らが来ます!」


 すると草を踏み荒らす音がして3人の男が現れた。いや、彼らは人間ではない。体から触手を伸ばし、顔は鋭い歯が並ぶ怪物だった。


(化け物!)


 森野刑事はあまりの恐ろしさに目を閉じて震えていた。


(今度こそもうだめかもしれない・・・)


 大きな音がして、すぐに鎮まった。


「もう大丈夫です」


 若い男の声で目を開けるとあの化け物はもういなかった。


(この男が倒したのか?)


 森野刑事は立ち上がってみたが、化け物の死骸もない。


「あれはググトです。すべて倒しました。奴らは死ぬと泡になって消えるのです」


 男はそう説明してくれた。


「君は何者だ?」


 森野刑事は目の前の男に問うた。


「僕は保安警察官です。ダイといいます」


 その若い男はダイだったのだ。


「君たちは一体・・・」

「詳しい話はあとです。まずは僕の家に行きましょう」


 ダイはそう言って草原を歩き出した。その後を森野刑事が首をひねりながらついて行った。

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