第32話 護衛
―異世界―
沙羅はダイの病室の前まで来た。ドアを開ける前にふうっと息を吐いてみた。
(ダイには心配かけたくないから、ミオさんが私と間違われて連れ去られたことは黙っていよう)
沙羅はミオが忘れた車のキーを届けに行ったのだが、この事件に遭遇してしまった。無事に解決したものの、かなり時間がかかっている。言い訳は一応、考えたが・・・
「ダイ。お待たせ!」
沙羅はわざと明るく中に入った。
「かなり時間がかかったけど、どうかしたのか?」
ダイが聞いてきた。
「ええ。ミオさんを探すのに時間がかかって・・・それに私ドジだから・・・行き違いになってね。やっと彼女には会えたら、ちょっとお話しましょうということになって・・・車のキーは返せたわ。安心してね」
沙羅は笑顔を作りながら言い訳をしてみた。
「嘘だな」
ダイはすぐに見破った。
「いえいえ、本当よ」
「君は嘘が下手だな。君の顔に書いてある。危ないことがあったけど話せないって」
沙羅はとっさに両手で顔を隠していた。
「そんなことをしないで言ってみるんだ。僕に隠し事をしないでくれ。君のことなら何でも知りたいんだ」
「そう・・・なのね。ごめんなさい。心配かけたくなかったの。実は・・・」
沙羅はミオがさらわれたことを話した。
「そうか・・・それは危険だな。君は狙われている」
ダイは腕組みをして考えていた。
「私なら大丈夫よ」
「いや、だめだ。何か方法を考えないと・・・」
だがいい考えは浮かんでこない。
「今夜はここにいる方がいい。家に帰るのは危ない」
「今夜のところはそうするわ」
とりあえずこのまま沙羅は病室に泊まることになった。
夜遅くなって2人が話をしているところにドアがノックされた。こんな時間に誰だろうと沙羅がドアを開けるとダイタク署長がいた。
「ちょといいかね」
「はい」
ダイタク署長は部屋に入るとダイに言った。
「ユリさんは内緒にしてくれと言ったが、報告を受けて重大な事件と思ったのですぐにここに来た」
「署長。私もそれを知ったところです」
「それなら話は早い。ユリさんに護衛をつけたいと思う」
沙羅は驚いた。
「そんな・・・護衛なんて・・・」
「いや、また狙われるかもしれない。しかしこのことはトクシツが絡んでいるから大ぴらにできない。だから私的なボディガードをつけてもらう」
「私的?」
そうなると保安警察官ではない。誰だろうと沙羅が考えていると、ダイタク署長がドアの外に声をかけた。
「入って来なさい」
するとドアが開いて入って来た。
「ミオさん!」
沙羅は思わず声を上げた。ミオは部屋に入ってくると敬礼した。
「そうだ。彼女はまだ保安警察官ではない。でも任官するための訓練は受けた。適任だと思がね」
「署長。助かります。彼女を一人にできないと思っていたところです」
「それならよかった。実はミオにそうするように言われてな」
ダイタク署長はミオの方を見た。ミオは大きくうなずいていた。
「ミオさん。ありがとう」
「いいの。あなたが私を助けてくれたから。今度は私の番よ」
ミオはにっこり笑った。
◇
トクシツでカート室長は秘密回線で報告を受けていた。
「なにっ! 失敗しただと!」
電話の相手はあのサングラスの男、つまり秘密調査員65号だった。
「申し訳ありません。保安警察官に踏み込まれたものですから」
「奴らに尻尾をつかまれていないな?」
「ええ。私はいち早く脱出しました。向かって行ったのは飼いならしたググトどもでしたから。多分、やられて消えたと思われます。
「それならよい。しかしこれで奴らは警戒するな」
「それでも問題ありません。今度こそ・・・」
「こうなっては無理だ! 貴様のような能無しにはもう用はない!」
カート室長は乱暴に電話を切った。
「ううむ。これで簡単にあの女に手を出せなくなった。下手をすればこちらの関与を疑われる」
カート室長はまた電話をかけた。
「123号か?」
「はい。123号です」
「ターゲットの方の動きはどうか?」
「ユリが戻ってきました。今は病室にダイタク署長と娘のミオが訪ねています」
「どんな様子だ?」
「どうもミオがユリの護衛をするようです」
「やはり手を打ってきたな。お前はこのまま監視を続けろ」
「はい」
電話を切ったカート室長は「はあっ」と息を吐いた。
「ダイはまだ入院中で動けないはず。しばらくは大丈夫だろう。だがそのうちに奴は動き出す。さてどうやって奴の動きを止めるか・・・」
カート室長は机に肘をついて両手を組むと、じっと考え込んでいた。
◇
ミオは沙羅を家まで送っていった。道中も襲われることもなく、無事に帰りつけたのだ。ミオは周囲を見渡し、部屋の中を確認した。
「大丈夫よ」
「ありがとう。何だかスパイ映画のようね」
「スパイ映画?」
「いえ、何でもない。ミオさんの動きが保安警察官になったと思ったの」
「それは誉めてくれているのね」
「ええ、そうよ。それよりお腹すかない? 簡単なものしかないけど」
「ええ。緊張がゆるんだらお腹すいてきた」
ミオは笑顔で言った。沙羅はストックしておいた食材でスープを作ってパンを添えた。
「簡単なものだけど」
「ありがとう。おいしそうね」
ミオは沙羅のスープを口に入れた。
「おいしいわ。舌触りがなめらか。私の作るスープとは違うわ」
「コーンスープ、いえ、コンモロの実だからコンモロスープかな」
「何杯でも飲めそう」
ミオはそのスープを堪能していた。
「あなたはいろんな料理を知っているのね」
「ええ、まあ・・・いろいろできるけどね」
沙羅はそう言いながら恥ずかしかった。すべて向こうの世界ではありふれた料理なのだ。
「ミオさんはこれからずっと一緒にいてくれるんでしょ」
「ええ。護衛だから」
「それなら一緒に料理を作りましょう。ミオさんならすぐにできるわ」
「本当! うれしい」
ミオは笑顔でそう言った。そんな顔を沙羅が見たのは初めてのような気がした。
「その代わり、私も教えて欲しいの」
「何を?」
「モーツェイカの笛よ」
「だってあなたがその名手じゃ・・・」
「いえ、記憶を失って吹けなくなったの。いえ、吹き方さえもわからない。ミオさんが吹いているのを聞いて素晴らしいと感じたの。あの透き通ったような音色。だから私も吹いてみたくなったの」
沙羅はそう頼んでみた。本当のユリはモーツェイカの演奏者だった。だから「吹けないから教えてください」と言ったら正体がばれてしまうかもしれなかったが、それでもあの笛を吹いて見たかったのだ。
「わかったわ。モーツェイカはいくつか持っているから一つをあげる。それで練習しましょう」
ミオはそう言ってくれた。
「ありがとう。私、とってもうれしい」
沙羅はミオの手を取ってお礼を言った。
「不思議ね。以前のユリさんだったら嫉妬しかなかったのに、今のあなたにはそんな感情は浮かんでこない。いい友達のような・・・」
ミオはそうつぶやいた。沙羅ははっとして手を放した。
(いけない。地が出ているわ。ばれないように気をつけなくちゃ)
沙羅はそう自分に言い聞かせていた。
◇
三下高原に3人の男の姿があった。マスクをして私服姿であったが、その鋭い眼光と身のこなしから監察警官であることは確かだった。男たちは背の高い草をかき分けて前に進んで行った。そして男の一人不意に立ち止まって言った。
「この辺でいいだろう」
その男はマスクをずらして指笛を「ピューッ」と吹いた。高原は不気味なほど静まり返っていたが、しばらくして草を踏み荒らす音が彼らに近づいてきた。男たちはそれを待っていたようだ。
「旦那。お待ちしていました」
十数名の男女の群れが姿を現した。いずれも無表情であり、彼らはもちろん人間ではない。
「約束のブツだ」
男の一人が錠剤の入った袋を掲げた。すると男女の群れは体から触手を出して喜んでいた。
「わかっているだろうな! おまえらはトクシツの奴隷だ」
「へえ。それはもちろん。だから早く下せえ!」
ググトたちは口からよだれをだして触手をなびかせている。
「よかろう! そら!」
袋を次々に投げて行った。それをググトたちは上手にキャッチしていく。
「助かった! 切れかけていたんだ・・・」
ググトたちはいち早く錠剤を口に入れた。するとすぐに恍惚な表情になってその場に座り込んだ。
「じゃあな。またな」
男たちはググトたちを残してその場から去っていく。
「数が少し減りましたかね?」
男の一人がつぶやいた。
「ああ、そうだな。いろんなことに使ったからな。だがこのブツにつられて次々に奴らはやってくる」
「中毒になっていますから。人間以上に依存状態が強いようです」
「そうだな。だから奴らを手足のように使える。もっとブツを量産できれば奴隷にできるググトも増えるというもの」
「生産設備の増強が必要ですね」
「ああ。それが向こうの世界ではいくらでも揃えられる。藤堂がうまくやれば、向こうの世界の仲間がすべて手配するだろう」
「その先は?」
「その先は・・・ふふふ。我がトクシツが権力を握る。ググトの脅威から皆を守るという名目で。保安警察をトクシツが牛耳る。そうなれば我らは思うがままだ」
男たちはマスクの下でニヤリと笑っていた。
◇
―現実世界―
山根教授は祥子を研究室に呼び出していた。
「先生。何かわかりましたか?」
突然の呼び出しに祥子は沙羅の行方について何かつかめたと思って来た。
「いえ、あれからは何も・・・」
「では今日のお話というのは?」
「とんでもないことがありまして・・・」
山根教授は三下山の建設途中の研究所や設置していた探査装置が破壊されたことを告げた。
「・・・ということです。今は次元の穴を探すことができなくなっています」
「沙羅はどうなるというのですか!」
祥子は強い口調で尋ねた。そのためにここまで莫大な資金を投入したというのに・・・祥子はあきらめられなかった。
「落ち着いてください。私としては続けたいのです」
「ではお願いします」
「それには・・・申し上げにくいのですが・・・資金が必要です。設備を再び整えるための」
山根教授は祥子の顔色をうかがいながら尋ねた。実際、彼女の頭の中では沙羅を助けたい思いと会社の金をまた無断使用をしなければならない罪悪感が戦っていた。
「どうでしょうか? あとこれぐらいあればなんとか再開できます。娘さんを助けることもできるかもしれないのですよ」
その言葉は祥子を動かした。
「わかりました。何とかします」
祥子はふうっと息を吐いて答えた。
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