第30話 拉致
毎日、沙羅はダイの看病のために病院に通っていた。彼の体も日増しに回復し、お粥以外の食事もとれるようになっていた。
「今日の料理もバッチリよ! 母の得意料理が完コピできたんだから!」
元いた世界とは材料も調理方法も違うが、沙羅はなんとかその味に近づけることができた。
「私って料理の才能があるのかな」
ウキウキした気分で病院の前に来た。するとその前を車が通り過ぎて停まった。そしてミオが運転席から降りてくるのが見えた。
「ミオさん!」
沙羅は右手を振りながら大声を上げて呼んだ。するとミオが振り向いた。
「あら、あなたね」
「ミオさん、来てくれたの」
「ええ。ダイさんのお見舞いに」
ミオはもう敵意に満ちた目を沙羅に見せない。今日は小さな包みを持っていた。
「料理ではあなたに敵わないからお菓子を作って来たの」
「そうなの? ありがとう。いっしょに行きましょう」
沙羅はミオとともに病室に向かった。沙羅はふと違和感を覚えた。誰かに見られているような・・・。だが辺りを見渡してもそんな人は見当たらない。
(気のせいか・・・)
沙羅とミオが一緒に病室に入った。それにはダイが少しびっくりしていた。
「一緒にどうしたんだ?」
「ダイさん。別にこの人と敵対しているわけじゃないのよ」
ミオが笑顔でそう言った。沙羅も笑顔で言った。
「病院の前で一緒だったの。お菓子を持ってきてくれたそうよ。私は料理を持ってきたの」「そうか。それはありがたい」
沙羅は料理を広げた。それは母の得意料理の一つだった肉じゃがだった。ダイに取り分けてからミオにも渡した。
「ミオさんも味をみて」
ミオは口に入れて思わず声が出た。
「おいしいわ」
「よかった。ダイは?」
「もちろん。いつも通りうまいよ」
ダイもうなずいた。
「いろんな料理ができるのね。うらやましいわ」
「いや、そんなに・・・」
元いた世界では料理などしたことがなかった沙羅にはこそばゆかった。魔法の調理道具で母の味を再現しているだけなのに・・・。ミオはさらにこうも言った。
「教えて欲しいわ。私、本で書いてある料理くらいしかできないもの」
「え、ええ。そのうちにね・・・」
沙羅はそう言って逃げるしかなかった。そのうちボロが出てしまうのではないかと・・・。そう心配する沙羅を傍目にミオは話を切り出した。
「ところで今日はダイさんに相談に乗ってほしいの」
「何でも相談に乗るよ」
「保安警察官になるの。新人はすべての部署を回るけど、まずどこの部署を志望しようと思って」
「ああ、そのことか。それは・・・」
ダイは話し始めた。ミオはそれをしっかり聞いていた。
「どんなことが重要ですか? 働くにあたって・・・」
美緒はダイに社会人になるにあたってアドバイスを求めていた。
(ただのお嬢さんかと思っていたら大間違いね。自分の将来のことをよく考えているのね・・・)
沙羅は感心していた。すると急に、
「あなたはどう思うの?」
いきなりミオが沙羅に聞いてきた。
「私は・・・そんな経験はないけど・・・でも働く時は・・・」
沙羅は元いた世界でSARAブランドを立ち上げた経験をうまくぼかして話した。ミオは感心して聞いていた。
それから3人でしばらく和やかに話した後、ミオは帰って行った。
「ミオさんってしっかりしているのね」
「ああ、保安警察官に内定しているしな。自分の進む道をしっかり決めている」
「君こそすごかったぜ。まるで新人への優しい訓示のようだ」
「これでも前は会社の重役だったのよ」
そう話しているとダイはふっと何かを思い出したようだった。
「そういえば僕が倒れた時、君は何か飲ましてくれたな。それで痛みが楽になった」
「ああ、あれね。気分が休まるの。兄からもらったものなの」
沙羅は胸元からロケットを出し、中から小さな種を取り出した。
「これよ」
「これか」
ダイは真剣な目でじっとその種を観察した。
「どうも魔法の種のようだ」
「魔法の種?」
「ああ。三下高原で生えている草の中でこの種を作るものがある。実際、これを使ったこともある」
「じゃあ、この種はこの世界のものだということ?」
沙羅は考えた。兄の直樹は自分たちの世界とこの世界を行き来していたのだと・・・。一方、ダイは沙羅の持っているロケットも気になっていた。
「そのロケットは?」
「あなたが持っているものとそっくりね」
「そうだ。見せてくれ」
沙羅は首からはずしてダイに渡した。するとダイの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「これは・・・ユリが持っていたものだ」
「ユリさんが!」
「そうだ。間違いない。2人でペアのロケットをしていたんだ。どうしてこれが・・・」
そうなると直樹とユリが接触していたことになる。沙羅とダイはロケットを前にして考え込んでいた。
しばらくしてふと沙羅が床に視線を外した時、そこに何かが落ちているのを見た。
「これ、何かしら?」
沙羅は拾い上げて大輔に見せた。
「これは車のキーだ」
「ミオさんが落としたのかもしれない。すぐに持って行ってあげるわ!」
沙羅はそのキーをもって病室から急いで出て行った。
(ミオさん。キーがなくて困っているに違いないわ)
そう思って外に出ると、ミオの車の前にトラックが停まっていた。そこで思わぬことを目撃した。
(ミオさんが拉致されている!)
ミオが数人の男にトラックに連れ込まれていた。口をふさがれ身動きもできないようだ。沙羅が声を上がるより前にトラックはそのまま道に走り始めた。
「どうしよう・・・ダイに言ってもあの体じゃ・・・」
すると手に持った車のキーが目に留まった。
「こうなったら私がやるしかない!」
沙羅はミオの車に乗り込んだ。この車も魔法の力で動く。だが車自体に魔法が込められているので、キーを使って魔法で始動させるだけだ。魔法メダルを持つ沙羅にもなんとかできた。
「車の運転ならお手のものよ! 血が騒ぐわ!」
沙羅は猛スピードで車を走らせた。前の世界でもスポーツカーを乗り回していた沙羅には戸惑うことはなかった。
「私からは逃げられないわよ!」
やがてあのトラックが前方に見えて来た。右折して廃墟になった建物の敷地に入って行く。
沙羅は少し通り過ぎてから道の端に停め、車から降りた。門のところからうかがうと廃墟の建物の外には人はいない。
「助けを呼びに行こうか・・・。でもそんなことをしているうちにミオさんが・・・」
ふと足元を見ると、手ごろな角材が落ちていた。
「これがあればなんとかなるかも・・・」
沙羅は幼い頃、兄の直樹とともに剣道の道場に通っていた。その記憶がよみがえった。
(子供の頃は剣道では敵なしだったのよ! ひとつ私の腕を見せつけてやるか!)
沙羅は角材を手に持ち、2、3度振り回した。
(なかなかいい感触! これならやれるわ!)
彼女は辺りを見渡しながら敷地に入って建物に近づいた。
「いよいよ・・・気をつけなくちゃ」
建物の中は不気味なほど静まり返っていた。足音を立てないように中に入って行く。少し行くと男の話し声が聞こえた。
「女はつかまえて監禁しています・・・ええ・・・病室から出て来たのでナミヤ・ユリに間違いないと思います。始末しますか?」
電話で話しているようだった。
(ミオさんは私と間違われたんだわ! このままでは殺される。助けないと・・・)
沙羅はさらに奥に進んで行った。そして部屋の一つから人の気配を感じて、そっとのぞいてみた。
(ミオさん! ここにいた!)
気を失ってソファに寝かされている。そのそばに見張りの男が一人いるだけだった。油断しているようでぼんやり窓の外を眺めている。
(やれるわ!)
沙羅はそっとドアを開け、部屋に入った。そのかすかな音に気付いた男が振り向いた。沙羅は慌てて近づいて角材で殴りつけた。
「ヤーッ!」
「うわっ!」
見事に面が決まり、男はその場に倒れた。沙羅はすぐにミオを抱き起して声をかけた。
「ミオさん! しっかりして!」
「ううん・・・」
ミオは目を覚ました。(ここはどこ?)と辺りを見渡している。
「ミオさん。拉致されたから助けに来たのよ! 一緒に逃げよう!」
「え、ええ・・・」
まだ頭がはっきりしないミオを支えて沙羅は立ち上がった。拉致した男たちは他にもいる。早く逃げなければならない。だが廊下に出た時、目の前には4人の男たちが待ち受けていた。
「どこへ行く?」
サングラスをかけた男が声を上げた。この男がリーダーのようだ。
「近づくと痛い目に遭うわよ!」
沙羅は前に出て角材を振り回した。
「ほうっ! 威勢のいいお嬢さんだ!」
その男が何やら唱えて右手を出した。すると石が飛んできて沙羅の角材を吹っ飛ばした。
「えっ!」
「そんな物で俺らから逃げられると思ったのか? ははは」
サングラスの男が笑うと、残りの3人の男が触手を伸ばしてググトに変わった。
「2人ともググトの餌にしてやる!」
3体のググトが沙羅とミオに迫って来た。
「後ろよ!」
だが後ろにはさっき角材でぶっ叩いた男が部屋から出て来た。そしてその男もググトに変わっていった。
(もう逃げられない・・・)
沙羅とミオはググトに挟み撃ちにされて、絶体絶命のピンチを迎えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます