第29話 藤堂三郎

 カート室長は自室の秘密回線で電話をかけていた。


「そろそろ準備はいいか?」

「ああ。もうすぐブツはそろう。今度はいつだ?」

「3日後だ。それまで準備をしておけ!」

「わかった!」


 ぞんざいな口の利き方をするが、それは許していた。こちらと習慣が違うのだろうと。それに下手にへそを曲げられたら今後がうまくいかないからだ。


「今のところ、目をつけられた様子はない。このまま奴に続けさせるか」


 カート室長は受話器を置いた。



 電話をしていたのは中年の悪そうな顔をした男だった。


「上の奴の機嫌を取るのも楽じゃねえな!」


 そうこぼしながらタバコに火をつけた。プカーと煙を吐くと気分がいい。これにも少しドラッグを混ぜているのだ。


「藤堂。室長は何と?」

「3日後だ。用意しておけとな」

「わかった。袋にあるだけ詰めておくか?」

「ああ、頼む」


 藤堂は袋を渡した。この魔法袋に入れておけば安心だ。中には衝撃は伝わらないし、品質が劣化することもない。それにこの中に小部屋ほどの容量があるとは現実世界の誰も思わないだろう。


「全く便利なものがあるものよ」


 この異世界には現実世界のような便利な家電はないが、魔法を使った便利な道具がある。これを使えば現実世界で目をつけられることもない。


「後のブツはでき次第で。明日には用意する。奴隷どもを徹夜で働かせれば間に合うだろう」

「わかった。じゃあな!」


 藤堂は建物の2階に上がった。そこには彼の部屋が用意されていた。そこに酒や食べ物を持ちこみ、いくつかの家電も運んできた。ここで使う電気は外に設置した発電機で賄っている。


「ここじゃ、この自然を見ながら酒を飲むしかねえ。だが帰ったら豪遊してやる!」


 部屋の窓からは星空が見え、その下には草原が広がっている。藤堂はグラスにコニャックを注いで、まず1杯飲み干した。快い刺激が体を駆け巡る。


「俺にはドラッグよりもこっちの方が合っているぜ」


 ボスは気が利く男だ。いやできる男と言ったところだ。何も言わなくてもすべてを用意してくれる。


「俺はただ運ぶだけでいい。こんな楽な仕事は今までなかったからな。ここに来て正解だったな」


 藤堂は思い出していた。この異世界に始めて来た日からのことを・・・。


  ―――――――――――――――――――――――――――――――


 当時、藤堂は麻薬密売組織の一員だった。上から麻薬の取引を命じられ、アタッシュケースに現金を詰め込んで三下山に来た。真夏の暑い日の正午ごろだ。大汗をかきながら指定された場所まで行くと、すでに取引相手が来ていた。同じようなアタッシュケースを持っている。


「遅かったな?」

「すまない。こんなに歩くと思わなかったからな」

「まあいい。ブツはこれだ」


 相手は自分のアタッシュケースを開けた。そこにはビニールに包まれた白い粉が詰まっていた。藤堂も自分のアタッシュケースを開けて中の現金を見せた。


「いいだろう」

「よし。交換だ」


 お互いにアタッシュケースを交換してそれで取引は終了だ。後は引き上げるだけ・・・そう思ったとき、急に足元が輝き始めた。


「な、なんだ!」

「どうなっているんだ!」


 足元はやがて虹色の穴になり、2人とも落ちていった。



 藤堂が気が付くと草原の真ん中にいた。取引相手もそばに倒れている。


「おい! しっかりしろ!」


 藤堂が取引相手の声をかけた。すると相手は起き上がって辺りを見渡した。


「ここはどこだ? まさか、おまえ! 俺をはめやがったのか!」

「俺だって知らねえぜ!」

「嘘をつけ!」


 相手は懐から拳銃を取り出した。


「おい! 待て!」

「道まで案内しろ! そうしないとこいつをぶっ放すぜ!」

「信じてくれ! 俺だって知らないんだ!」


 するとそこに男が草むらをかき分けて現れた。Tシャツにズボン姿の中年男、ありふれた顔で特徴はない。だがこんな現場を見ているのに不気味なほど無表情だった。


「なんだ! おまえ!」


 相手は拳銃を向けた。


「こんなところに2人も・・・ついている」


 男はそばに近づいてきた。


「来るな! 撃つぞ!」


 相手は拳銃で威嚇したが男はかまわず接近してくる。ついに「パーン!」と発砲した。辺りに銃声が響き渡った。


「な、なんだ!」


 弾は命中したはずだが男は平気な顔をしている。それどころか、背中から多数の触手を出してその顔は獣のようになった。


「ば、化け物!」


 相手は恐怖に駆られて拳銃を連射した。


「パーン! パーン!・・・カチャ! カチャ!」


 ついに弾を撃ち尽くしてしまった。だが目の前の怪物は動きを止めず、相手に襲い掛かった。


「うわあ!」


 相手は体を切り刻まれ、血をすすられていた。その光景を見て藤堂は生きた心地がしなかった。逃げようとしても腰が抜けて動けない。


(次は俺だ・・・)


 怖いもの知らずの藤堂もさすがにこの状況には目をつぶって震えていた。


「やめろ!」


 別の男の声が聞こえた。藤堂が目を開けると数人の警察のような制服姿の男たちがいた。彼らは怪物を追い払った。


「た、助けてくれ!」

「貴様は何者だ?」

「俺は・・・」


 藤堂は相手が警察サツらしいことに気付き、口をつぐんだ。


「向こうの世界から来たのだろう! こいつを捕まえろ!」


 すると男の一人が何やら唱え、藤堂は縄で縛られているかのように両腕が動けなくなった。そして男たちに両側からがっちりつかまれた。


(こいつら、何者なんだ?)


 次第に藤堂はある異変を感じていた。男たちは藤堂が知っている警察サツではない。近くで見ると制服がかなり違うのだ。それに不思議な術を使う。それに見たこともない景色にあの怪物・・・


(まさか・・・俺は変な世界に迷い込んだのでは・・・)


 彼の頭の中にそう浮かんでいた。そしてそれが事実だと確信するまではそんなに時間はかからなかった。


 藤堂は地下牢に監禁され、取り調べを受けた。後で知ったことだが、そこは保安警察監察部の特別取締室管轄の拷問部屋と称されるところだった。


「おまえはどうしてここに来た?」

「そばに転がっていたケースの中身は何だ?」

「おまえの属している組織について言え!」


 藤堂は正体の分からぬ男たちの圧力に屈して素直に答えていった。麻薬取引をしていたこと、「虹」に吸い込まれここに来たこと、麻薬組織について・・・。

 その現場に立ち会っていたカート室長は藤堂の頭をつかんで言った。


「協力しろ! いや俺たちの言うとおりに動け!」

「えっ! 何をするので?」

「ビジネスだ! ここでお前たちの言う『ブツ』を作る」

「しかし向こうの商売だってやばいんだ。新規なんて無理だ」


 その言葉をカート室長は鼻で笑った。


「もっといいものがここにはある。おまえたちの『ブツ』に関する技術をここに持ってくるんだ。できた『ブツ』を向こうの世界に持って行って売りさばく。そのあがりを我らがいただく」

「そんなことは・・・」

「嫌とは言わせない。拒否したら死だ。いや、死をより苦しい拷問を加えてやる!」


 カート室長は藤堂を鋭い目で見据えた。


「や、やります!」

「いいだろう。しっかり働け!」


 自分の身の安全を引き換えにトクシツと取引したのだった。


  ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 それから藤堂は向こうの世界とこちらの世界を行き来し、「ブツ」を生成する設備をそろえ、その技術者も誘拐して連れて来た。そして「ブツ」の生産が軌道に乗ると向こうの世界での販売ルートを開くことになった。

 向こうの世界で動くためにトクシツ所属の監察警官が3人ついてくることになった。その一人が藤堂が「ボス」と呼ぶ男だった。


(あの野郎! かなりのやり手だぜ!)


 ボスは藤堂が感心するほどビジネスに長けていた。トクシツという警官上がりなのに、それを感じさせない。向こうの世界で組織を作り上げて大きくしていった。


警察サツ麻薬取締官マトリに目をつけられても心配はねえ。もしもの時はこっちの世界に逃げればいい)


 ボスはその辺まで気を配ってくれている。安全なビジネスが続けられるというものだ。だが懸念することが一つあった。


(あれだけが気がかりだ。何とか奴を抑えたが、奴の持っていたものが向こうの警察サツに回れば組織は危うい・・・)


 藤堂にはふうっと息を吐いて、酒をあおっていた。

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