第28話 元気の出る料理
ー異世界ー
ダイが目覚めたので沙羅は一旦、家に帰った。もうここには帰ってこないと思って出てきたので、何か懐かしい気がしていた。あれから数日しかたっていないのに・・・。だが前と何かが違う・・・。
(ダイがいないからかな・・・)
そう思いながらキッチンのイスに座った。頭に浮かんでくるのはダイのことばかりだった。
「どうしたらダイを力づけることができるのかしら?」
自分に何かできること・・・・すると思いついた。
「そうだ! あれを作って持って行ってあげよう! この世界にはなかったはずよ。奥さんたちが持ってきたようなあんな料理は作れないけど、ダイが食べられそうなものは何となくわかる」
幸い、家には食材を多く貯蔵していた。自分がいなくなってもダイが困らないようにと。
「ようし! がんばるぞ!」
沙羅は立ち上がってダイに持っていく料理を作り始めた。
次の日、沙羅は出来た料理を詰めて団地を出た。
「これならダイは喜んで食べてくれる」
我ながらその出来栄えに満足していた。彼が喜んで食べてくれる様子を想像するだけで心がウキウキしていた。病室の前に立つと「トントントン」とノックしてドアをさっと開けた。
「ダイ! おはよう!」
元気よく声をかけた。するとそこに思わぬ人がいて驚いた。
「ミオさん!」
ミオはベッドに起き上がったダイのそばに座っていた。沙羅をじっと睨みつけ、その表情は「あら! あなたも来たの」とも言いたげだった。
「ちょっと今、ミオさんがお見舞いに来てくれたんだ」
ダイはそう説明した。沙羅は一瞬、驚いたが、そんなミオに明るく声をかけた。
「ミオさん! おはよう! お見舞いに来てくれたのね?」
「ええ。正体がわからない人がダイさんのそばにいるのが不安だったから」
ミオは敵意の籠った言葉を返してくる。ダイは困った顔をしてミオに言った。
「ミオさん。僕の婚約者のユリだよ」
「ダイさん。私は認めていません。父からやっと聞き出してお見舞いに来られたのよ。でもよかった。回復しているようで」
「ありがとう。ユリが面倒を見てくれたから・・・」
するとダイに笑顔を向けていたミオの顔がきつくなった。
「ダイさんのお世話なら私がします!」
「いや、それは・・・」
「私は決めたんです! こんな人とダイさんを一緒にしたくないと。だから料理を持ってきたんです。ダイさんに食べてもらおうと」
ミオはもってきた料理を机に広げた。昨日の奥様たちの料理よりも見栄えが良く、まるでフランス料理のように豪華なものだった。
「元気つけないとね」
「いや、ちょっと・・・」
ダイはまた困った顔をした。けがをして体が弱っている彼はそんなものを食べたいとは思わなかった。いや、見るだけで胸焼けしそうだった。
「さあ、食べて! 遠慮しなくてもいいのよ。さあ、食べさせてあげる」
ミオは箸でつまんでダイの口元までもってくる。そうなると沙羅が声を上げた。
「ミオさん。ダイは体が弱っているの。そんなものは食べられないわ」
「あなたは私の料理にケチをつけるつもり?」
「そんなつもりはないわ。私も作ってきたの」
沙羅はカバンを開けて持ってきた料理を広げた。ミオは見慣れない料理に不可解な顔をした。
「なに? これ」
「お粥よ」
「お粥?」
「でもただのお粥じゃない。特製のよ」
沙羅は器によそってダイに渡した。彼は見慣れないものに眉をひそめ、まず鼻を近づけてみた。するとその顔がほころんだ。
「うん。いいにおいだ」
「そうでしょう。味も確かよ」
「いただくよ」
ダイはそう言うとお粥を口に運んだ。
「ああ、うまい!」」
「そうでしょう。体が弱っているときはこれが一番!」
沙羅はミオにもよそって渡した。
「ミオさんも食べて。おいしいわよ」
「え、ええ・・・」
ミオも口をつけた。そしてすぐにその顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「おいしいわ」
「そうでしょう。母が幼い時によく作ってくれたの。我が家特製でいろんなものを入れるのよ。これだけは作り方を覚えているの」
前の世界とは食材が違っていたが、何とか同じものが作れたと沙羅は自負していた。そしてこの味はダイも好きだろうと・・・。
「お母さんから教えてもらったの?」
「ええ。私は料理なんかしなかったけど、これだけは作れるのよ。母はいろんな料理を作ってくれたけど・・・今となってはもっと教わった方がよかったなあ。それに・・・」
うれしくなって饒舌に話す沙羅に向かってダイは咳払いした。
(いけない! しゃべりすぎた。ボロが出たら・・・)
沙羅ははっとして口をつぐんだ。だがミオは突っ込むこともせず、ため息をついた。
「こんな料理を作れるのね。私の負けだわ」
「負けとかそういうことじゃなくて・・・」
「いいえ。負けよ。あなたがダイさんのことを思っているのはわかった。でも次は負けないからね!」
ミオはそう言ってダイに頭を下げて病室を出て行った。
「大丈夫だったかな?」
沙羅はダイに尋ねた。
「さあ、どうだろう。ユリは両親を早く亡くしているし、料理も得意だから矛盾する点はある。でも君の『お粥』に衝撃を受けてそれどころじゃなかったようだな。お粥は前の世界で」
「ええ。母の味よ。私が病気の時、よく作ってくれたなあ」
沙羅はその当時の思い出に浸っていた。家族そろって楽しく食事して・・・懐かしさがこみ上げていた。ダイはそんな沙羅の様子を見て、彼女に約束した。
「きっと君を戻す。体が元に戻ればまたやってみるつもりだ。それまで待ってくれ」
「ううん。いいのよ。しばらくこのままで。焦らないでいいから」
それは沙羅の偽らざる気持ちだった。このままここでいられたら・・・そんな気持ちが大きくなっていた。
◇
―現実世界―
サイホーは都心の一等地のビルに本社を置く。その会議室に男の怒鳴り声が響いていた。
「この数字は何だ!」
彼はこの社の副社長、露山勝次だった。売り上げ数の低さにイライラしていたのだ。マーケティング担当の女子社員が立ち上がって説明しようとする。
「今のSARAブランドが受け入れてもらえなくなり・・・」
「言い訳はもういい!」
勝次はファイルを投げつけた。バサバサと大きな音が会議室に響き渡った。その女子社員はそれでも何とか平静さを保とうとしていた。だが勝次の度重なる怒号に我慢ができなくなった。
「私はお役に立てないようです。これで失礼します!」
その女子社員は席を立って会議室から出て行った。その場にいる社員は(ああ、また一人、辞めた)と思っていた。
沙羅ブランドは元からあったものではない。沙羅は大学を卒業してすぐこの会社に入ったが、頭角を現したのは3年足らず、あのことがあった後だ。人が変わったように昼も夜も仕事に打ち込んだ。有名デザイナーを口説き落とし、プロジェクトの社員とともに街に出て市場調査をし、技術の高い工場と契約し、支援してくれる企業を募り・・・様々な苦労の末、SARAブランドを打ち立てたのだ。それは大成功し、いまやサイホーの主力となっている。
だが急に沙羅がいなくなった。それで勝次は手を挙げてSARAブランドを引き受けた。自分の地位を確かにするために・・・。だが敏腕プロデューサーがいなければうまくいくわけがない。なかなか良い商品を出すこともできず、マーケティングにも失敗した。焦った勝次の打った手はことごとく裏目に出た。デザイナーはSARAブランドを見限って他社に流れ、有能な社員は次々に去っていった。
(沙羅がいなくなり、次期社長の目が出てきたのに・・・。無能な奴らのためにこの体たらくだ。このままではこの座も危ない・・・)
先日、社長の宗吾からSARAブランドの低迷を叱責された。このままでは担当を替えるとも言われている。
「何とかしなければ・・・」
勝次は必死になっていろんな資料を調べた。そこでおかしなものを見つけたのだ。
「おやっ?」
帳簿に不審な数字があった。多額の現金が引き出されている。社長の名で・・・。
「こんな支払いはないはずだが・・・。この字は義姉さんか・・・となると・・・」
勝次の頭の中である企みが完成した。このピンチをチャンスに変える手が見つかったのだ。
「これは使える。これでうまくいく」
勝次はニヤリと笑った。
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