第23話 カートの企み

 カート室長は監察部の極秘事項を扱う部署である特別取締室、通称トクシツの責任者である。彼の机には毎日、多くの極秘報告書が届けられていた。だが本当に外部に漏らしてはならないことは専用回線の電話で受け取ることになっていた。

 カート室長はその電話の受話器を取った。


「123号。何かわかったか?」

「ターゲットは三下高原近くに出かけていました。任務以外のこともあるようです」

「他には?」

「トクシツのことを探っております。特にワームホールについてです」

「わかった。そのまま続けろ」


 そこでカート室長は電話を切った。


(ダイは何かをつかんでいる。それに婚約者というあの女、あれは・・・)


 そこまで考えて大きく頭を横に振った。


(そんなことはない。ないはずだ! だがもしあのことを話したなら我々は破滅だ。何か手を打たねば・・・)


 カート室長は腕組みをして考え込んでいた。


 ◇


 沙羅はキッチンの窓から外をぼうっと見ていた。あれ以来、ダイから「虹」の話は聞かない。三下高原は立ち入り禁止になっており、足を踏み入れるだけでトクシツに逮捕されてしまう。それでダイは逮捕されて窮地に陥った。


「もう戻れないのかな・・・」


 以前ほど寂しい気持ちにはならなかった。なるようになるしかない・・・そう思っているためか・・・。このままここにいるとなると・・・料理を作り、家の掃除をして、市場に買い物に行って、近所の奥さんとお茶をして・・・向こうにいたときとは真逆の生活だった。


「このままでも悪くない・・・」


 沙羅の頭の中にはダイが浮かんできた。優しく微笑み、彼女をいたわってくれている・・・まるで愛し合っている恋人のように・・・。


「あっ! いけない! それはなし!」


 沙羅は頬を赤らめていた。


「ここにいるとだんだんおかしくなりそう。早く帰らないと!」


 沙羅は頭に浮かんだ情景を振り払うかのように大きく頭を振っていた。


 ◇


 ダイは技術部のテックスにまた呼び出されていた。小雨が降る中をコートの襟を立ててあの空き地まで走った。草むらに車が停まっている。ダイは辺りを見渡して誰にも見られていないのを確認して車に乗り込んだ。中ではテックスが待っていた。


「明後日の夕方だ。場所は三下高原のここだ」


 テックスはいきなりそう話して、持っていた地図を指さした。


「ありがとう。トクシツの動きは?」

「つかんだ情報ではトクシツは動かないらしい。どうも上から目をつけられているのに気付いたらしい」


 シマーノ副本部長が言っていた通り、本部もトクシツの動きを調べているようだ。だがそれはトクシツに筒抜けではあるが・・・。


「今回はどうするんだ? トクシツは動かないから何もつかめないぞ」

「いや、いいんだ。また頼む」


 ダイが車を降りると、車はすぐに空き地から走り出した。ダイはまたコートの襟を立てて小雨の中を走りながら考えていた。


(明後日か・・・。第3班の三下高原のパトロールをその日に合わせたらいいか・・・)


 ダイは頭の中で作戦を組み立ててみた。


(うまくいくだろう。特に問題はないが・・・)


 だがなぜか嫌な予感がしていた。それがどうしてなのかはいくら考えて見ても分からなかったが・・・。



 その日、ダイは団地に帰ると、すぐに沙羅に告げた。


「帰れる見込みがついた。明後日だ」

「えっ! 本当!」

「ああ。今度は大丈夫だろう。トクシツは出てこない」


 ダイは大きくうなずいた。


「また夜に2人で出かけるの?」

「いや、今度は夕方だ。僕は部下とともに三下高原のパトロールをすることになっている。君はあの廃墟になった管理事務所で待っていてほしい。そこで合流する」

「わかったわ。今度こそ帰れるのね!」


 沙羅は喜んだ、いやそのふりをしていた。実は以前ほど、うれしく感じられなかったのだ。それでも自分のために骨を折ってくれるダイにそんな素振りを見せるわけにはいかなかった。

 一方、ダイは沙羅の笑顔を見て自分までうれしくなった。もっとも心の中では少し寂しさを覚えていたが・・・



 その夜、沙羅はなかなか寝付けなかった。彼女はベッドから起き上がり窓から外を見た。そこはいつものように多くの星が輝いていた。この景色ももうすぐ見納めになる。元いた世界ではこんなにきれいに星が見えることはない。急に名残惜しくなってきた。だが・・・


(だからどうだっていうのよ?)


 彼女は自問した。


(一体どうして? 元の世界に帰れるのよ。お父さんやお母さんに会える。便利で豪華な生活ができるのよ。それにSARAブランドの仕事も待っている。華やかでワクワクするようなことが待っているのよ・・・)


 そう自分に言い聞かせても、元の世界に戻れることに「うれしい」という感情は湧き上がってこなかった。その代わりに失うものに一抹の寂しさを感じていた。慣れて楽しくなりかけている生活、仲良くなった人たち、それにダイ・・・


(馬鹿ね。一体、ここに何の未練があるというの)


 沙羅はベッドに戻り、布団をかぶった。眠ってしまってそんな感情を忘れようと。


 ◇


 カート室長は専用回線の電話から報告を受けていた。


「ダイが明後日、動くようです」


 それは秘密調査員123号からだった。


「奴はやはり三下高原に行くのか?」

「はい。所属する第3班がパトロールするスケジュールを組んでいます。婚約者も合流するようです」

「そうか」


 カート室長は顎を触りながら考えた。


(明後日はワームホールが出現する。だが今回は見合わせる。上から目をつけられているからな。ダイは明後日に任務を合わせてきている。我々の尻尾を捕まえようとしているのだろうが無駄だ。放っておくか・・・)


 だがすぐに考え直した。


(いや、待てよ。もしかしたらいいタイミングかもしれない。奴の婚約者もそろう。こちらで手を下すと後々厄介だが、あいつらだと問題はない)


 カート室長はニヤリと笑って、123号に伝えた。


「このまま監視を続けろ! ちゃんと三下高原に向かうかどうか。後をつけて確認するんだ!」

「了解」


 そこでカート室長は受話器を置いた。


「これですべてが片付く」


 彼は不気味な笑いを浮かべていた。

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