第22話 女の勘
ダイと沙羅、そしてミオは三下高原近くまで車で来た。その向こうには草原が広がっているのが見える。車を降りたミオは大きく伸びをした。
「ここは開けていていいところね」
「あ、ああ」
ダイは気の抜けた返事をする。ミオは買ってもらったばかりのモーツェイカを取り出した。
「ダイさん。聞いてね」
ミオはモーツェイカを吹き始めた。心にしみる透明感のある美しい音色だった。沙羅はその音色を初めて聞いたはず・・・だがどこかで聞いたような気がした。
(モーツェイカって美しい音を出すのね。私も吹いてみたい。吹くのが難しいのかな)
沙羅はそう思った。
「どう? ダイさんほどうまくはないけど」
「いや、ここまで吹ければ立派なものさ」
ダイはそう言ったが、ミオは大きく首を横に振った。
「まだまだだわ。ダイさん。ちょっと吹いてみて。お手本を見せて」
ミオはモーツェイカをダイに差し出した。だが彼は手を出そうとしない。
「どうしたの? ダイさん。受け取ってよ」
「いや、吹くのは・・・」
「以前はここでよく吹いていたじゃない。私の前で吹くのは嫌なの?」
ミオは強引にダイにモーツェイカを吹かせようとしていた。
「ねえ、ミオさん。ダイは・・・」
沙羅が横からそう言いかけると、ミオは遮った。
「あなたは黙っていて! ねえ、ダイさん。私だってあの人の様に吹けるのよ! お願い!」
ダイは仕方がないという風に右手を出した。するとその時だった。彼らの方に駆けてくる足音が聞こえた。振り返ると2人の男女が猛烈な勢いで走ってきていた。尋常でないほど・・・。
「ググトだ!」
ダイは叫んだ。するとその男女は触手を伸ばし、鋭い歯が並んだ恐ろしい顔に変わった。
「逃げるんだ!」
ダイはそう叫ぶがミオは恐怖のあまり足がすくんで動けない。
「ここは任せて!」
沙羅はそう言うとミオを抱えて後ろに下がって岩の陰に隠れた。ダイは身構えて迎撃の体制をとった。2体のググトの間の距離が縮まっていく。
「ソニックバスター!」
超音波魔法が大輔から発した。それは一体のググトを地面に倒した。だがもう1体がダイに向かってきて肉薄する。その触手がダイを打ち据えようとした。
「ダイ!」
見ていた沙羅は思わず声を出した。ダイは横に転がって、何とかその触手を避けた。沙羅はほっと胸をなでおろした。ダイはすぐに起き上がって身構えた。
「ソニックブレード!」
ダイの右腕が超音波の刃になる。ググトは触手を振り上げて向かってきた。ダイは次々に襲いかかる触手をソニックブレードで斬っていった。
「ぐわーん!」
ググトは悲鳴を上げて逃げ腰になった。そこをダイは真上からソニックブレードを振り下ろした。するとググトはその場でドサッと倒れて泡になって消えていった。
「よかった・・・」
沙羅はほっとしていた。
だが危険はまだ完全に過ぎ去っていなかった。最初にソニックバスターを受けたググトはまだ生きていたのだ。そのググトは密かに沙羅とミオの方に近づいていた。
「きゃあ!」
ググトに気付いたミオは悲鳴を上げた。沙羅が振り向くと、すでに触手がミオに向かってきていた。
「危ない!」
沙羅はミオを突き飛ばした。その触手は地面に「バーン!」とぶち当たり、大きな穴を開けた。間一髪、何とか逃れることができた。だがググトは今度は沙羅を狙ってきた。触手を振り上げて沙羅に一撃を加えようとする。
(もうだめ・・・)
沙羅は死を覚悟した。すると急にそのググトが前に倒れた。その背中には大きな穴が開いている。ダイが駆けつけてソニックブラスターを放ったのだ。ググトは泡になって消えていった。
「助かった・・・」
沙羅はへなへなと倒れ込んだ。横を見るとミオは倒れたままになっている。
「ミオさん! ミオさん!」
沙羅が慌てて抱き起したが目を覚まさない。
「ダイさん! ミオさんが!」
「病院に運ぼう!」
ダイはミオを抱きかかえると沙羅とともに車の方に急いだ。
◇
そこは草原だった。ミオはそこで流れてくる美しい笛の音を聞いていた。それは2つのモーツェイカから奏でられているようだった。その演奏は完璧なハーモニーとなり、心地よさを与えていた。
ミオは歩き回り、その音の出所を探した。すると遠くに2つの人影を認めた。それはダイとユリだった。2人は向き合って楽しそうにモーツェイカを吹いていた。完全に心を通い合わせながら・・・。ミオはその音色に心を奪われながらも、嫉妬心を抑えきれなかった。
「ダイさん・・・」
そこで目を覚ました。目の前には彼女の両親が心配そうにのぞき込んでいた。
「大丈夫か? ミオ」
「しっかりして! ママがわかるわね?」
ダイタク署長夫妻がミオに声をかけた。その横にはダイと沙羅もいる。
「ええ。パパ。ママ。ここはどこ?」
「よかった。三下高原の近くでググトに襲われて気を失っていたんだ。ダイとユリさんがここに運んでくれた」
「そうだったの・・・」
ミオは思い出した。モーツェイカを吹くためにそこに行っていたことを・・・。そしてググトを見て恐怖を覚えて体が動かなくなり、挙句の果てに失神してしまった・・・。
「はずかしい・・・。保安警察官を目指しているというのに、ググトを前にあんなことになって・・・」
「そんなことはないわ。誰だってそうよ。でもよかった。気が付いて」
沙羅は優しく声をかけた。
「これで安心だ。でもミオ。ダイをあまり引っ張りまわしたらダメだぞ。ユリさんという婚約者がいるのだからな」
ダイタク署長は少し冗談めかしてそう言った。するとミオはぐっと体を起こした。
「パパ! この人はユリさんではありません!」
ミオは沙羅を指さしてはっきりそう言った。沙羅は正体がばれたと思ってゾクッとした。ダイタク署長が慌てて声を上げた。
「なんてことを言うんだ」
「私にはわかるわ。ユリさんならモーツェイカが吹けるはず。あなたにはできないでしょう?」
沙羅はそう言われてどうにもできなかった。もちろんモーツェイカを吹くことなどできない。モーツェイカ奏者だったユリができないとなれば偽物とされてしまうだろう。病室がしばし緊張の空気に包まれた。
「はっはっは!」
それを打ち破ったのはダイタク署長だった。
「ミオは面白いことを言うな。よく見ろ! ユリさんはユリさんじゃないか!」
それでもミオは納得していない。沙羅は少しほっとして、にらみ続けるミオに言った。別人である疑いを晴らそうとして・・・。
「ごめんね。私、記憶喪失になっていて、モーツェイカを吹けないの」
「いや、いいんだ。ミオが変なことを言ってすまないね。ユリさんがそうなっているのを知らなかったから」
ダイタク署長はそう言ってミオの肩を叩いた。彼女はまだそっぽを向いていた。
「さあ、ミオも目が覚めたようだし、もう大丈夫だろう。ダイ、ありがとう」
「いえ、こちらこそミオさんを危険な目に遭わせたようで・・・」
ダイはぼそっとそう言うと頭を下げて病室を後にした。沙羅も頭を下げてその後を追った。
ダイと沙羅は公用団地に帰った。その車中、沙羅はダイに聞いた。
「ねえ。ミオさんにばれたのかしら?」
「さあ、どうだろう・・・」
ダイは何か考え事をしているようで心ここにあらずという感じだった。
(やはりミオさんにはわかったんだわ。ダイさんのことが好きだから・・・。同じ男性を愛する者として私がユリさんと違うことを見抜けた・・・)
沙羅はそう考えてため息をついていた。
一方、ミオは念のため一夜だけ病院のベッドで過ごすことになった。その窓からは明るい月が見えた。
(あの夢のように、以前のダイさんはユリさんとよく三下高原でモーツェイカを仲良く吹いていた。誰もあの2人の間に入れないほど・・・。あの様子を見て私はダイさんをあきらめた。でも・・・)
ミオの目に敵意の炎が上がった。
(あの女はユリさんじゃない。一体、何者? ダイさんをどうしようというの? ダイさんを奪い取るのだったら決して許さない!)
ミオは両手のこぶしを握り締めていた。
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