第24話 2度目

 いよいよ、その日が来た。ダイたち第3班は三下高原にパトロールに出かけた。その車中でダイは部下たちに言った。


「俺は別行動をとる。いつものように。お前たちはナツカの指揮でパトロールを続けてくれ」

「ちょっと待ってください!」


 いきなりナツカが声を上げた。


「どうしてまだ単独行動をとるのです?」

「いや、ググトのことを調べようと・・・」

「班長。我々は気づいています。班長はここでのパトロールの時は単独行動をとっています。それは行方不明になったユリさんを探し回っていたのですね。我々はそれを知りながら見て見ぬふりをしてきました。班長のお気持ちを察していたからです」


 ナツカの言葉に他の部下たちも大きくうなずいた。


「ユリさんは戻ってきました。もう十分でしょう。しかし班長はまた単独行動をしてここで何かを調べようとしていますね」


 ナツカの話をダイは黙って聞いているだけだった。今度は横からロークが言った。


「もしかしたらユリさんが失踪した訳を調べているんじゃありませんか? しかしそれは危ういかもしれません。班長が先日、トクシツに連れていかれたのはわかっています。これ以上、深入りすればどんなことになるか・・・」

「そうです。班長。もうやめてください」

「我々は班長の身が心配です」


 ラオンとハンパもそう言った。ダイはふうっと息を吐いてから口を開いた。


「心配をかけてすまない。だが大丈夫だ」

「班長。我々は何があっても班長について行きます。だからお話しください! 隠し事はやめてください」


 ナツカたちが真剣な目でじっとダイを見つめた。自分たちも覚悟を決めたと・・・。その場は極度の緊張感に包まれていた。


「ははは!」


 いきなりダイが笑いだしてその緊張した空気を吹き飛ばした。


「いや、そんなたいしたことじゃない。三下高原は景色のいいところだから一人で散策したいだけだ。もちろんパトロールを兼ねてだが・・・。このことは署長には内緒にしてくれよ。ばれたら大目玉を食うからな」


 ダイが笑顔になってナツカたちに手を合わせて頼んでいた。ナツカたちは肩透かしにあったように感じたが、それでやっと納得したようだった。


「まあ、そういうことなら・・・」

「じゃあ、ナツカ。頼むぞ! 俺はこっちに行く」


 ダイはさっさと行ってしまった。その後姿を見送りながらナツカがぽつりと言った。


「班長はああ言ったけど、もしかしたら私たちを巻き込みたくないのかも・・・」

「えっ! それはどういうことです?」


 ハンパがそれを聞きとがめた。


「班長は嘘を言っている。班長はやはり何かを調べようとしている」

「俺にもそう思える」


 ロークがうなずいた。


「だが班長がああ言う以上、俺たちが無理に割って入って行くわけにはいかない」

「そうだな。班長が話して下さるまで待つしかないか・・・」


 ラオンは嘆息した。ロークとハンパの気分も落ちていた。だがそこでナツカは手を叩いて3人に声をかけた。


「さあ、行くわよ! 任務はちゃんとしないと班長が単独行動をしたのがばれてしまうから」


 ナツカたちが立ち上がった。ググトの巣である三下高原をパトロールするために・・・。


 ◇


 ダイは管理事務所の建物のそばまで来た。辺りには誰もいない。不気味なほどに静まり返っていた。


「僕だ。いるのか?」


 すると沙羅がドアを静かに開けて出てきた。


「ええ。待っていたわ」

「今から三下高原の『虹』が出る予定地まで行く。ついて来てくれ」


 ダイの言葉に沙羅はうなずいた。ダイはいつもより厳しい顔をしていた。それを見て沙羅も緊張感がみなぎった。


(いよいよ、これからだ・・・)


 ダイは草をかき分けながら進んで行った。沙羅に声をかけるどころか、彼女の方を振り向こうともしない。ただ黙ったままだった。沙羅はそれに耐えられず、彼女の方から声をかけた。


「ダイさん。ここの生活も楽しかったな。ググトは怖かったけど、いろんなことができた。料理もしたし。掃除もしたのよ。前の世界じゃ、そんなことはしなかったしね」


 ダイは返事をしなかった。ただ黙々と草を薙ぎ払っていた。


「この世界の人はやさしかった。困っている私をみんな助けてくれた。お隣のニシミさんもそうだし、団地の人たちも。あなたの部下の人だって私を温かく迎えてくれた。ユリさんとしてだけど・・・。それでもうれしかった」


 沙羅は一人で話し続けた。


「でも私、あなたに一番、感謝しているの。向こうの世界にもどすためにあなたが一生懸命になってくれたこと。いえ、ここに来てから私をかくまってくれたし、命も助けてくれた」


 だがダイは話に乗ってこなかった。沙羅は一呼吸おいて、ダイに疑問をぶつけてみた。


「そこまでしてくれたのは私がユリさんと似ているため?」


 するとダイの手が止まった。だが何も言おうとしない。


「ねえ、もし私がユリさんに似ていなかったら助けなかった?」

「そんなことはない!」


 ダイは沙羅の方を振り返ってすぐに否定した。


「最初はそうだったかもしれない。だが君のことを知るうちにそんなことは関係なく助けたくなった。君は君だ」

「じゃ、ダイも・・・」


 沙羅はダイを見つめた。ダイも沙羅を見つめたが、すぐに視線を外した。


「僕は今でもユリを探している。どこかにいるのだろうと」

「そうなの・・・」

「君は向こうの世界の人だ。戻ったらここでのことは忘れるんだ。悪い夢だったと・・・」


 ダイはそう言うと、また草を薙ぎ払って歩き出した。沙羅は寂しく感じながらその後を歩いていた。



 しばらくして開けた場所に出た。草は足元までしかない。


「ここのようだ。『虹』が現れる時間はもうすぐだ」


 ダイが地図を見てそう言った。


「やっと着いたわね」


 沙羅は歩き疲れて腰かけた。だがお尻の下がごわごわして立ち上がった。草をかき分けてみると、草が刈り取られている跡があった。この開けた場所は人為的に作られていたのだ。それはダイにもわかった。


「この草は確か魔人草。こんなところに群生していたのか」

「魔人草?」

「ああ。この草を食べると高揚感と幻覚を起こすようだ。だから見つけ次第、廃棄処分にしている」

「だからすべて刈り取ったのね」

「そうかもしれないが・・・だがここに生えていたという報告はなかったようだが・・・」


 ダイは首をひねっていた。その時、そこから少し離れたところが虹色に光った。それは辺りを見渡していた沙羅の目に入った。

 

「現れたわ!」

「よし! 行ってみよう!」


 2人が「虹」の光の方に向かおうとした。だがダイは異変を感じた。


「待て!」

「どうしたの?」

「しぃ!」


 ダイは耳を澄ませた。すると何者かが草を踏み荒らしながら近づいてくる音が聞こえてきた。それも多数・・・。


「走るんだ!」


 ダイはそう声を上げた。だが遅かった。草むらから出てきたのは多数の触手を伸ばしたググトの群れだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る