第20話 警察捜査
―現実世界―
城北署機動捜査班は三下山の失踪事件を追っていた。だが誰の消息もつかめていなかった。忽然と消えた。被害者につながりはない。犯人と思われる者からの接触もない・・・それは神隠しにも似た状況だった。
森野刑事は現場に行ってみた。現場百回・・・それが行き詰まった捜査を打開するヒントを与えてくれるかもしれない・・・彼はそう信じていた。三下山はそんなに険しい山ではない。こんなところで遭難するとは思えない。しばらく歩くと、何かの観測装置と思われる物がいろんな場所に置かれているのを見た。以前にはなかった物だ。
「これは何だ?」
「何かの観測装置かもしれませんね」
ついてきた若い東山刑事も分からないようだった。森野刑事は不審に思っていた。
「観測? 何の観測をしているんだ?」
「山の管理事務所に行けば何かわかるかもしれません」
2人は山の管理事務所に行ってみた。失踪事件が頻発してここを訪れる人はぐっと減っているようだった。
「何かご用でしょうか?」
そこには初老の係員がいた。東山刑事が警察手帳を出して尋ねてみた。
「城北署の東山です。少しお伺いしたいのですが。山に観測装置のような物がありましたが、あれは何ですか?」
「あれですか? あれは泡海大学の人が設置していった物だよ」
係員はそう教えてくれた。
「何を調べているんですか?」
「さあ。なんでも次元がどうかとか言っていたけどよくわからなかった。許可を取っているにしてもあんな物をあちこちに置かれちゃ・・・」
係員はどうもあの装置にいい印象を持っていないようだ。景観が悪くなったと・・・。彼の話を聞く森野刑事はますますあの装置が気になった。失踪事件の後から設置されて、最近でも数を増やしているという。
「ありがとうございます。あの装置の設置についての書類がありますか?」
森野刑事が係員の話を遮って尋ねた。
「ええ、あります」
その書類から泡海大学理学部次元物理学科の山根教授の研究室の物だったことがわかった。2人はそれを見て管理事務所を出た。
「あの装置が気にかかるのですか?」
「ああ、もしかしたら監視装置のようなものがついていて、この山のことで何かつかんでいるかもしれないと思ってな。今から泡海大学に行くぞ」
2人は泡海大学の山根教授を訪ねた。警察手帳を示すとすぐに教授室に通された。そこは古臭い本が積まれたかび臭い部屋だった。その本は魔法についてのものらしく、次元物理学にはふさわしいものには思えなかった。
やがて山根教授が部屋に入って来た。
「すいません。お待たせしました。山根です」
「城北署機動捜査課の森野です。こっちは東山です。お忙しいところ申し訳ありません。お話を伺いたくて・・・」
2人は警察手帳を示した。山根教授はそれを見ようともせず、棚のあちこちから資料を集めていた。
「三下山の装置についてでしたね」
「ええ、そうです」
山根教授は机の上に資料を置いた。
「これは?」
「三下山に次元監視装置を置きました。その配置図です」
見るとかなりの数がすでに設置されていた。
「どうしてこんなものを三下山に?」
「私の研究ではこの山に次元の揺らぎがあります」
「次元の揺らぎ?」
「簡単に言うと次元の穴が開きやすいということです」
それを聞いても森野刑事にはよくわからなかった。
「それはどういうことなんですか?」
「次元を通していろんな世界につながっているという仮説があります。その次元に穴が開くともう一つの世界につながる。それが三下山で起きているということです」
森野刑事も東山刑事も首を傾げた。そんなSF的なことが起こっていることに・・・。山根教授はさらに話し続けた。
「私はここで失踪した人は次元の穴から別の世界に行ったと考えたのです。それでこの装置を設置しました」
「それで何かわかったのですか?」
「これはまだ秘密にしてください。プライバシーの問題がありますから」
「わかりました」
森野刑事は山根教授が何かをつかんでいると感じた。
「ではこれを聞いてください」
山根教授はパソコンから音声を出した。
『かえりた・・・おかあさん・・・おとう・・・さらは・・と帰るか・・・』
それはかすれているが若い女性の声だった。その悲痛な思いが伝わってきていた。
「この音声は?」
「監視装置が偶然捕らえたのです。その場所には確かに次元の穴が開いていた。それで向こうの音声が取れたのです」
「しかしこれが失踪者のものというのは・・・」
「いえ、『さら』と言っているでしょう。これは失踪した斎藤沙羅さんの声です」
「まさか・・・」
「いえ、本当です。斎藤さんの御家族から資金協力を受けてこれらの装置を設置したのです。彼女を捜すために。私のにらんだ通り、彼女は別の世界にいるのです」
山根教授ははっきりそう言った。森野刑事は簡単にそれを信じるわけにはいかなかった。だが監視装置による情報が捜査に役立つことを感じていた。
「すいませんがご協力いただけますか? 監視装置がとらえた音声や映像があれば提供していただきたいのですが」
「ええ、それはかまいませんが・・・そちらで解析した内容をこちらにも伝えていただけるならOKです」
「わかりました。そうします」
森野刑事はあっさりそう返事した。隣で東山刑事が目を剥いていたにもかかわらず・・・。
2人は署に戻ることにした。山根教授からデータの提供を受けて、すぐにこれを解析しなければならない。車の中で東山刑事が言った。
「森野さん。いいのですか? こちらの捜査情報を伝えることになるんですよ」
「ああ、かまわんさ。どうせ向こうのデータを基にしているんだ」
「でも失踪者が別の世界に飛ばされたというのは本当でしょうか?」
「それはわからん。あの学者は少し胡散臭かったからな。しかし次元物理学というのは訳が分からんな」
森野刑事は外の風景を見ながらため息をついていた。
◇
―平行世界―
ダイがベッドから起きるといいにおいがしていた。
「うまそうなにおいだな」
その匂いに誘われてキッチンに行ってみるとテーブルの上に料理が並んでいた。パンにスープ、サラダに肉料理など数種・・・。その前で沙羅が機嫌よく、盛り付けをしている。
「おはよう」
「おはよう。どうよ? すごいでしょ」
「ああ、でもどうしたんだい?」
「それは・・・ふふふ・・・」
沙羅は笑って答えない。
(彼女は昨夜、なぜか怒っていた。それが今朝は機嫌よく・・・)
沙羅の変わりぶりにダイは何か気持ち悪かった。
「昨日のことだが・・・」
「それより食べましょう。覚めちゃうから」
スープ一つにしてもいつもと違う。じっくり煮込んだ野菜スープだ。
「うまいよ」
「よかった」
沙羅はダイが食べているのをうれしそうに見ていた。
「私、心配していたの。あなたがもう戻ってこないんじゃないかと。でも帰ってきて私は飛び上がるぐらいうれしかった。でもダイが普段通りにしていたから、何かイライラしていて。ごめんね」
「いや、いいんだ。気にしていない」
ダイは沙羅の気持ちが少しはわかった。
(かなり心配をかけていたんだな。でも本当につらいのは元の世界に帰れない沙羅のはずなのに・・・)
ダイはそっと沙羅から視線を外した。するとカレンダーが目に入った。
(明日は・・・久しぶりの非番か・・・。そうだ。彼女を外に連れて行ってやろう。ググトに襲われて以来、市場に行っていないだろうし、ついでにどこかに連れていくか。でも沙羅は僕と出かけるのを嫌がらないかな・・・)
そう思いながらダイは話を切り出した。
「明日は非番なんだ」
「そうなの? 保安警察官にも休みはあるんだ」
「それで・・・もし君がよければいっしょに出かけないか?」
それを聞いて沙羅ははっとした。
(えっ! もしかしてデートの誘い? どうしよう・・・)
そう思いながら沙羅の気持ちは決まっていた。一方、ダイは返事をすぐにくれないことに焦っていた。
「いや、ダメならダメでいいんだ。市場で買い物でもと思っただけなんだ。気にしないでくれ」
「ふふん。いいわよ! 明日は付き合ってあげる。せっかくの休みなんだから」
沙羅はうれしそうにそう言った。
「そうか。じゃあ、そうしよう」
ダイはほっとしてまた豪華な朝食を食べ始めた。なぜか変に沙羅を意識してしまっていることを感じながら・・・。
「ええとね。市場には・・・」
沙羅の方はまた楽しそうにダイに話しかけていた。
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