第19話 拷問

 ―異世界ー


 目の前でダイが監察警官に連れていかれるのを見て、沙羅は大いに慌てていた。ドアから外に出るとダイは監察部の車に乗せられて行ってしまった。

 この騒ぎに集まって来た近所の主婦たちは、沙羅を見て関わり合いになるまいと急にその場を離れて各自の家に戻っていった。だがニシミだけは沙羅のそばにいてくれた。


「大丈夫よ。班長さんが逮捕されることをするはずないわ。すぐに戻ってくるわよ」


 ニシミはそう言ってくれたが、沙羅は不安なままだった。


(三下高原に行ったことは本当だし・・・このまま帰ってこなかったら・・・)


 そう思うと居ても立っても居られなかった。自分のせいでこうなったと・・・。


(そうだ! 第1分署の人に頼んでみよう。それしかない!)


「私、行ってくる!」

「どこに?」

「第1分署。場所はどこですか?」

「ええと、あの道をまっすぐ行ったところにあるけど遠いわよ」

「じゃあ、行ってきます!」


 ニシミを残して沙羅はそのまま走っていった。



 沙羅は走り続けて第1分署に飛び込んだ。肩で息をしながら辺りを見渡すと、周囲にいた人たちが何が起こったのかと彼女を見ていた。


「どうしたのです? そんなにあわてて」


 受付にいた人がすぐに沙羅のそばに来て聞いてくれた。ググトが出たのかと思ったのかもしれない。


「お願いです。署長さんに会わせてください!」

「署長に?」

「ええ。アスカ・ダイの婚約者だと伝えてもらえればわかります」

「わかりました。ここで待っていてください」


 沙羅はダイタク署長に助けを求めに来たのだ。トクシツを何とかできるかどうかがわからなかったが、彼女にはそれしか手がなかった。


 しばらくしてダイタク署長が出てきた。


「どうかしたのかね? 落ち着いて話してごらん」


 息を切らせている沙羅を見て、ダイタク署長は何か急なことが起こったことを感じていた。 


「ダイが・・・トクシツの監察警官に連れていかれたのです!」

「何だって!」


 ダイタク署長は驚いていた。


「ダイが何をしたと言っていたのかね?」

「許可なく三下高原に行って、見つかって魔法を使って爆発を起こして逃げたと・・・」

「そうか。う~む・・・」


 ダイタク署長は腕を組んで考え込んでいた。


「署長さん。ダイは大丈夫なのでしょうか?」

「監察部、特にトクシツでは尋問に拷問イスを使う。かなりの苦痛があるそうだ。それにその拷問を続けていたら精神が崩壊して廃人になるという。ダイの身が危ないかもしれない」

「そんな・・・」


 沙羅は絶句した。そんなことにダイがなってしまうかと思うと・・・。


「とにかく私が何とかしてみる。ユリさんは家で待っていてください」


 ダイタク署長はそう言って署の外に出て行った。


 ◇


 ダイは第27管区保安警察本部の監察部に連行された。ここにカート室長が統括する特別取締室、通称トクシツがある。ダイはトクシツの監察警官に両腕を抱えられて尋問室に入った。そこで彼は金属製のイスに四肢を拘束された。


「さあ、正直に話してもらおうか。あそこで何をしていた?」


 カート室長が問うた。その目が鋭くダイを見据えている。


「知らない。そこには行っていない」


 ダイはあくまでも知らぬ存ぜぬで通す気だった。


「それでは体に聞いてやる! やれ!」


 すると拷問イスのスイッチが入れられた。それはダイにじわじわと効いてきて神経に苦痛を与えていった。だが彼は苦痛の声も漏らさず耐えていた。


「ほう。なかなか我慢強いな。それなら痛め甲斐がある」


 カート室長は右手を上げた。その合図で部下が出力を上げていた。ダイは声を漏らさないが、額から汗を流し苦悶の表情を浮かべていた。


「どうだ? 言う気になったか?」


 ダイはそれに答えない。じっと耐えていた。


「もっと! もっとだ! 頭が破壊されるまでやれ!」


 カート室長が大声を上げたのと同時に尋問室のドアがバタンと開いた。


「何をしている!」


 それはシマーノ副本部長だった。彼は怒った表情で尋問室を見渡した。カート室長が敬礼して答えた。


「立ち入り禁止の三下高原に侵入した疑いで調べています」

「そんなことでここまでしているのか?」

「魔法を使って我々を危険な目に遭わせました」

「証拠があるのかね? 確たる証拠が。彼はれっきとした保安警察官なのだぞ」

「それは・・・自白させれば問題ありません」

「話にならんな。すぐに自由にしたまえ!」

「しかし・・・」

「これは私からの命令だ。従えないのかね」

「いえ。今すぐに・・・」


 カート室長は部下に手で合図した。ダイは拘束具を外され、金属のイスから立ち上がった。


「勝手な真似は許さん! いいな!」


 シマーノ副本部長はそう言い捨ててダイを伴って尋問室を後にした。後に残ったカート室長は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。



 ダイは副本部長室に連れていかれた。ドアを開けるとそこには第1分署のダイタク署長が待っていた。


「大丈夫か?」

「ご心配かけて申し訳ありません」


 ダイが頭を下げた。


「びっくりしたぞ。ダイタクから連絡をもらって。君がトクシツに捕まったと」

「副本部長にもお骨折りいただき、ありがとうございます」

「そんなことなんでもない。君の亡くなった親父とダイタクと俺は親友だったんだぞ。君のことは息子のようにも思っている。とにかくよかった」


 シマーノ副本部長は笑顔でそう言った。


「ユリさんにお前を助けてくれるように頼まれたんだ。ひどく心配してたぞ。この色男め!」


 ダイタク室長も笑顔でそう言った後、急に真剣な顔になった。


「ところでダイ。君はあんなところになぜ行った?」

「それは・・・」

「隠さなくても俺にはわかっている。もしかしてユリさんのことか? 彼女は三下高原で失踪した。戻って来たのに記憶喪失というじゃないか。君はそのことでまだ三下高原を調べているのか?」


 ダイタク署長はダイの目をじっと見た。ダイはそれについて答えられない。


「まあいい。でももうやめるんだ。トクシツの連中は何を考えているかわからない。君はもう目をつけられている。ユリさんが戻ったのだからもういいだろう」


 ダイタク署長は説得するようにそう言った。


「後のことは私に任せたまえ。三下高原でトクシツがコソコソ何かしているのはつかめている。こちらで調べるから」


 シマーノ副本部長はそう言ってポンとダイの肩を叩いた。2人にそう言われてダイはうなずくしかなかった。



 ◇


 公用団地に戻った沙羅はテーブルの前でじっとダイを待っていた。


(私のためにこんなことに・・・)


 あの夜、元いた世界に帰りたいあまり、消えゆく「虹」に向かって大声を発してしまった。それで監察警官に気付かれて追われることになり、ダイが逮捕されてしまったのだ。トクシツでの拷問は精神に異常をきたすという・・・。頼みに行ったダイタク署長も厳しい顔をしていたのを思い出した。


(なんとか無事に帰ってきて!)


 沙羅は心の中で祈っていた。すると外で音がして玄関の開く音がした。すぐに沙羅は立ち上がって玄関に急いだ。


「ダイ!」


 そこにはいつものようにダイが立っていた。沙羅はうれしくなって思わずダイを抱きしめていた。一方、ダイは面食らっていた。


「いや、それは・・・」


 困惑したダイの声に沙羅ははっとして彼を放した。お互いに顔を背け、その場に気まずい空気が流れた。しばらくして彼女の方から遠慮がちに声をかけた。


「えーと・・・大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。心配かけて悪かった」


 安心させようとしているのか、沙羅に微笑みかけている。何事もなかったかのような態度を示すダイに、沙羅はひどく心配していた自分がばからしくなった。


「まあ、帰ってきてよかったわ。心配なんかしてないけど!」


 強がって心にもない言葉が出ていた。ダイはやれやれという顔をしている。沙羅はプイッと後ろを向いて自室に戻ろうとした。


「沙羅。ありがとう」


 ダイは後ろからそう言葉をかけた。沙羅はうれしくなって顔がほころんだが、そのまま自室に入った。

 残されたダイは首をひねっていた。


「何か、気に障ることでも言ったかな?」



 一方、自室に戻った沙羅はベッドの上に寝転んだ。


「どうしたんだろう。私、何か変・・・」


 そうつぶやいた。そして安心したのか、そのまま眠りに落ちてしまった。



 ◇


 カート室長は机の上に肘をつき、その上に自らの顎をのせて苦虫をかみつぶした顔をしていた。ずっと考え事をしているのだ。


(アスカ・ダイはどこまでつかんでいるというのだ・・・)


 一介の保安警察官が調べ上げたところでどうにもならないだろう。だが婚約者というのが・・・


(いまだに信じられん。だが確かにあの女だ。幸いなことに記憶喪失らしい。だがもし思い出したら・・・)


 それは彼の、いやトクシツの破滅を意味していた。


(どうにかしなければ・・・奴に探らせるか・・・)


 加藤室長は机の上の電話の受話器を取った。


「123号か?」

「はい。室長」


 音声変換している低い声が聞こえてきた。加藤室長は早速、任務を伝えた。


「極秘の調査を命じる」

「その対象は?」

「第1分署第3班の班長のアスカ・ダイだ。24時間、行動を監視しろ」

「了解」


 ごく短い会話で電話を切った。監察部は一般社会に潜入した秘密調査員を数多く抱えている。彼らの素性はごく一部の幹部しか知らない。カート室長はその秘密調査員を使ってダイを監視しようとしていた。


「アスカ・ダイ・・・トクシツには目障りだ! きっとおまえをつぶしてやる!」


 カート室長は机を拳で何度も叩いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る