第18話 連行される
その日の真夜中にはカート室長のもとに報告がもたらされた。任務は無事に達成したが、何者かが次元の穴のそばにいたという・・・。電話口でカート室長は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「それで捕まえたのか?」
「それが・・・。逃げられてしまい・・・」
「逃げられたのか! このバカ者め!」
カート室長は大きな声で怒鳴った。
「それが魔法で爆発を起こして・・・とんでもない使い手の様で、我々では歯が立たないように思えて・・・」
電話の向こうで必死に言い訳をしていた。
「もういい! 私がそちらに行く!」
カート室長はガチャンと乱暴に電話を切った。
「頼りにならない奴らめ!」
彼はそうつぶやくと「はあっ」と息を吐いた。
「それにしても誰だ? 我々の動きに気付いたのか? いや、そんなことはないだろう。慎重にやっているからな。しかしもしもということもある。もしそうなら厄介なことになる。大ごとになる前に早く手を打たねば・・・」
カート室長は顎に手を当てて考えていた。
◇
もう日が明けてきており、三下高原全体が朝日に照らされていた。現場に到着したカート室長は部下から報告を受けていた。
「ここから向こうに逃げて行きました。2人組のように思います。追って行くと爆発が起こり、土煙でライトの光も届かなくなり・・・」
カート室長は周囲を見渡した。ここはググトの巣があるとして一般の者は立ち入り禁止となっている。入れるのは許可を受けた保安警察官だけだ。逃げた方向に何があるかと言えば・・・少し遠いが公用団地がある。
(保安警察官か? 誰かが探っているのか・・・)
そう思わざるを得なかった。
続いて彼は爆発が起きた場所も見た。いくつもの大きな穴が開いている。威力のある魔法をぶつけたようだ。それは何か・・・
(火系や雷系なら燃えた跡がある。濡れた後もないから水系や氷系でもない。岩系? いや、そんな感じはない。だとすると・・・衝撃波か)
監査部で保安警察官の身上調査する彼に、思い当たる人物が即座に頭に浮かんだ。
(第一分署第3班の班長、アスカ・ダイか・・・確か音波系の魔法を得意としている)
カート室長は部下に言った。
「これから公用団地に向かう。無断でこの場所に侵入し、我々に抵抗した容疑でアスカ・ダイを逮捕する。行くぞ!」
◇
沙羅はダイとともに少しばかり酒を飲んだ後、部屋に戻った。気晴らしの飲酒だったが、かえって様々な思いが湧いてきていた。
彼女はベッドの中で元いた世界のことを考えていた。自分がいなくなって向こうはどうなっているのか・・・
「SARAブランドはどうなっているのだろう。うまくやってくれているかな。露山の叔父さんに任せてしまったらとんでもないことになりそう。それにお父さんやお母さんが・・・」
そう考えていると、なんだかさみしくなった。当分、帰ることができないと・・・。彼女はベッドから起き上がってカーテンを開けて空を見た。そこは元いた世界と変わらないのに・・・。
一方、ダイも眠れぬ夜を過ごしていた。彼も考え事をしていた。
(やはりトクシツは三下高原で何かをしている。一体、何を・・・)
この動きをつかんだのは立ち入り禁止地帯の三下高原のパトロールの任務にあたっている時だった。彼がこの任務を志願した理由は別にあったが、そこでトクシツの監察警官らしい者たちが動き回っていた。それを上に報告したが、何の説明もなく極秘任務だから口外するなという圧力がかかって来た。ここで何かが行われていることは確かだった。公にできないようなことが・・・。
(もしユリの失踪と関係あるなら・・・)
ダイは必ずそれを突き止めようと考えていた。
(今夜は奴らが何をしているかがわかった。男を向こうの世界に送っている。一体、何をしに行っているんだ?)
トクシツはあれほど転移者、つまり別世界から来た人間を警戒していた。転移者の存在がこの世界に干渉するのを恐れているのだ。だから彼らがこの世界を破壊しに来ていると理由をつけて拘束している。だがトクシツはこちらから向こうの世界に接触しているように見えた。
「きっと突き止めてやる!」
ダイはそう決心していた。
やがて朝を迎えた。ダイはベッドから起き上がって自室を出ると、いきなり玄関のドアが乱暴に叩かれる音を聞いた。
「トクシツだ! ここを開けろ!」
ダイはそれを聞いてはっとした。だが・・・
(昨夜は追っ手をまいたはず。だがトクシツはここを突き止めて来たのか・・・いや、そんなことはない。当たりかまわず、この近くの住人を調べ上げるつもりだ)
ダイはとっさにそう判断した。だからできるだけ平静を装うことにした。
「今、開けます」
ダイはドアを開けた。すると数名の監察警官が土足のまま上がり込んで彼を囲んだ。
「アスカ・ダイだな」
「そうですが・・・。一体、何の騒ぎです?」
「おとなしくしろ! おまえには重大な犯罪の容疑がかかっている」
監察警官が逃がさないように両側からダイの腕を捕まえた。そして幹部の制服を着た監察警官が彼の前に現れた。
「特別取締室のカートだ」
鋭い眼光でダイをじっと見ている。ダイはその姿を見て緊張した。これが悪名高きトクシツのカート室長なのかと・・・。
「貴様は昨夜、無断で三下高原に行っただろう」
「いいえ、そのようなところには行っていません」
「嘘をつけ! 現場で衝撃系の魔法の跡が見つかった。貴様は音波魔法の使い手だろう。すべてわかっている。お前だろう?」
「いいえ。私ではありません。衝撃系の魔法はいくつもあります。私だと判断される根拠を示していただけませんか」
ダイは冷静にそう答えた。確かに確たる証拠はなかったが、カート室長はダイの様子から直感的に「この男がそうだ」と確信した。この状況で無理に平静を装っていると見抜いていたからだ。
「取り調べてみればわかる。トクシツのことは少しは知っているだろう。我々は甘くないぞ。拷問で苦しむことになる。さあ、さっさと連れていけ!」
命じられた部下はダイを連行しようとした。
「待ってください!」
沙羅が自室から出てきた。見つからないように隠れていたが、ダイが連行されると聞いて慌てて出てきたのだ。
「誰だ? ん? まさか!」
カート室長は沙羅を見てひどく動揺していた。まるで幽霊にでも遭遇したような驚きようだった。沙羅はカート室長の前に出て言った。
「ダイはずっと家にいました。私が証明します」
加藤室長は大きく息を吐いて何とか動揺を抑えた。そして沙羅に問うた。
「おまえは?」
「私はナミヤ・ユリです。ダイの婚約者です」
沙羅はそう答えた。カート室長は沙羅を眉間にしわを寄せてじっと見て、(それはありえない)というように首を横に小さく振った。
「嘘をつけ!」
「嘘じゃありません。ダイは昨夜ここにずっといました」
沙羅はそう言ったものの、冷や汗が出ていた。嘘が見抜かれはしないかと・・・。カート室長はそれに気づかず、ダイの方に向いて問うた。
「この女はお前の婚約者か?」
「そうです。3年ぶりにここに戻ってきたのです」
ダイはカート室長の目を見てはっきり答えた。(この男、ユリについて何か知っているのか?)という疑問を抱きながら・・・。だがそこからは読み取れない。
カート室長はあらためて沙羅をじっと見て何か考え込んでいた。その様子に部下の監察警官が尋ねた。
「室長。この女も連行しましょうか?」
「い、いや、いい。どうせ口裏を合わせているだけだ。こいつだけでいい。行くぞ!」
カート室長はそう言ってすぐに出て行った。その後を彼の部下がダイを連行していった。沙羅が追いかけて声をかけた。
「ダイ!」
「心配するな。すぐに戻ってくる!」
ダイは振り返ってそう言うと監察部の車に乗せられて行ってしまった。
(これからどうしたらいいの・・・)
沙羅はそれを見送りながら悲観していた。
◇
―現実世界ー
その日、祥子は泡海大学の山根教授の研究室に呼び出されていた。彼女は藁をもつかむ気持ちで次元の穴を調べるという彼の研究に出資していた。娘の沙羅がその穴を通って消えてしまった可能性があるからだった。
祥子は何か進展があったと大きな期待を寄せていた。もしかしたら沙羅の消息がつかめたのではないかと・・・・。彼女が研究室を訪ねると、すぐに教授室に通された。
「何かわかったのですか? 沙羅はどこにいるのです?」
部屋に入るや否や、祥子は山根教授に尋ねた。
「まあ、まあ、奥さん。落ち着いて。まずはお掛けください」
山根教授は祥子をソファに座らせ、デスクの上のノートパソコンを手に取った。
「いいですか。これを聞いてください」
パソコンから音声が流れた。
『帰りた・・・お母さん・・・おとう・・・沙羅は・・と帰るか・・・』
それを聞いて祥子が声を上げた。
「沙羅だわ!」
かすれてとぎれとぎれだったが、(沙羅の声に間違いない!)と祥子はそう確信した。
「これをどこで?」
「三下山にいくつか監視装置を設置しています。その一つがとらえた音声です。そこで次元の変動を感知しています。やはりお嬢さんは別の次元、別の世界に飛ばされたのではないかと思います」
山根教授ははっきりそう言った。
「どうしたら娘を取り戻せるのですか?」
「それは・・・まだわかりません。次元の穴がどこに出現するかさえ、わかっていないのです。もう少し詳しく調査しないと・・・」
「お願いです。お金ならいくらでも出します! 調査を進めてください」
祥子は必死だった。沙羅の行方の手がかりがようやくつかめたのだ。このまま進めれば必ず沙羅は戻ってくる・・・祥子はそう思っていた。
「わかりました。しかしもっと大掛かりな調査が必要になります。研究費は莫大になります。それでもいいですね」
「はい。それは何とかします」
祥子はそう答えた。自分の貯金はすでに吐き出した。だが夫と相談して何としても都合をつけようと考えていた。
祥子は家に帰ると、すでに夫の宗吾は帰宅していた。彼はリビングでソファに座って書類を見ていたが、祥子が帰宅したのに気付いて声をかけた。
「どこに行っていたんだ?」
「あなたに大事な話があるのよ」
祥子はソファに座り、まずあの音声を聞かせてみた。
『帰りた・・・お母さん・・・おとう・・・沙羅は・・と帰るか・・・』
それを聞いて宗吾は眉根を寄せた。
「これは泡海大学の山根先生から頂いたものです。三下山の調査でこの音声が取れたのです」
祥子はそう説明した。彼女はきっと夫もこれに興味を寄せる・・・そう思っていた。だが宗吾は鼻でふんと笑った。
「あの山根とかいう学者か。まだあんな奴に関わっているのか?」
「ええ。あなたは反対しましたけど、私は調査を頼みました」
「馬鹿なことを・・・。あの男がどんな奴か、知っているのか?」
宗吾はカバンから資料を取り出し、ポンとテーブルの上に置いた。
「私も気になったら調べてみた。もしかしたらと思って・・・。だが奴はとんでもないペテン師だ」
「まさか! そんなことは・・・」
「奴は次元物理学という怪しげな研究をしている。それであちこちから研究費を搾り取っている。だがその成果は出ておらず、どのスポンサーも降りた。だから今度は私たちをターゲットにしてきたというわけだ」
「そんなことはありません。現にこの音声が・・・」
祥子が反論しようとしたが、宗吾がそれを遮った。
「その音声だってはっきりしない。沙羅のものかどうかさえ、わからない。奴が捏造してもわからないだろう」
「でももし本当だったら・・・。沙羅はどこかで生きているのかもしれません」
「私だって沙羅は生きていると信じたい。だがそれは奴の言う別の世界ではない。誰かに誘拐されたんだ。警察が捜索してくれている。それを待つんだ!」
「私はもう嫌なんです。直樹のこともあるから・・・」
祥子の目から涙が流れた。
「あの子も3年前にいなくなった。麻薬捜査に係るから誰も教えてくれない。私たちも調べられずにいたらもう3年もたってしまった。こんなことはもうたくさんです」
「直樹のことは・・・どうしようもなかった・・・」
「だから今回は気が済むまで調べたいんです。直樹に続いて沙羅まで帰ってこなかったら・・・」
「だからといって奴はだめだ。調べるのなら探偵を雇った方がまだましだ。もう2度とあの学者と係るな!」
宗吾はそう言うと自室に引き上げて行った。残された祥子はため息をついた。
(主人は信じてくれない。でもきっと沙羅は別の世界にいる。そうに違いない。誰も信じてくれないのなら私一人でやります。どんな手を使ってでも・・・必ず沙羅を取り戻すわ!)
祥子は固く決心していた。
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