第16話 決行前夜

 ダイは誰にも見つからないように署を抜け出した。本部の技術部にいるテックスから連絡が入ったからだ。彼には怪しい動きを見せるトクシツの調査と異世界に通じる穴のことを調べてもらっていた。いずれも他の者にばれたらではすまない。


 少し歩いたところに大きな空き地があった。草が生い茂り、外からは何も見えない。その中にテックスは車を停めていた。ダイは誰にも見られていないのを確認してその車に乗りこんだ。


「何かわかったのか?」

「ああ。近々、穴が現れるようだ」

「そうか。その場所と時間は?」

「明日の夜の22時、場所は三下高原のここだ」


 テックスは印のついた地図を渡した。


「ありがとう」

「ダイ。どうするつもりだ。奴らはそこで何かをするつもりだ。だが奴らは何と言ってもトクシツだ。係わりにならない方がいい」

「いや、いいんだ。お前には迷惑はかけない」


 ダイはその地図をポケットにしまって車を出た。そしてまた周囲を警戒しながら草むらをかけ分けて行ってしまった。


「ダイの奴。本当に大丈夫なのか? あのことがあってから少しおかしくなったが、最近は度を越えているような気がする・・・」


 テックスはそうつぶやいた。


 ◇


 三下高原の近くに古い倉庫があった。この場所にググトの群れが出現するようになり、この倉庫も放置されたままになっていた。

 だがそれは誰の目にも触れることはない。遮蔽魔法がかけられているからだ。外からは姿も見えず音も聞こえない、何もないただの草原の一部・・・だが中に多くの人の気配があった。


 だがドアを開けて中に入っても、そこはガラクタしか見えない殺風景な空間が広がっているだけ。その地下に秘密施設があるのだ。

 マンホールからの梯子を使い、地下に下りる。するとそこには多くの機械が置かれ、奴隷と化した人々が忙しく働かされていた。そこを監視するのは監察警官たちだ。消耗して疲れきった人たちに容赦なくムチを振るっている。


 ある装置の末端からはポタリポタリと透明な液が抽出され、それを大事にガラス瓶で受け止める。その液体は虹色に怪しく光り、また別の機械に流されていく。その過程を経てやがて小さな錠剤となって箱に詰められていた。

 


 そこに主任級の監察警官が現れた。部下を2人、引き連れている。


「責任者はいるか?」


 ここを視察に来たようだ。この倉庫の責任者が丁重に応対に出てきた。


「準備はできたか?」

「はい。十分な量です」

「よし、明日夜の22時だ。この前示した場所に運んで来い。目立たないようにな」

「はい。でも大丈夫でしょう。あなた方がついているから」

「まあ。そうだな」


 視察に来た監察警官はそんな会話を責任者としていた。奥には箱が積みあがっていた。これが準備していたもののようだ。その男は箱の中の錠剤を手に取った。


「中身は確かなんだろうな?」

「それはもう。効果は確かめましたから。人にもググトにも」

「そうか。それならいい」


 その監察警官は満足そうにうなずいた。


「順調だな。ところで奴は?」

「2階で待機しています。呼んできましょうか?」

「いや、いい。では予定通りに。ではな。」


 その監察警官は「ふうっ」と息を吐いて倉庫を出て行った。彼の先には迎えの車が停まっていた。その監察警官は部下とともに乗り込むと通信機で連絡した。


「ラールです。倉庫の様子を見てきました」

「どうだった?」

「日時を伝えました。予定通りにできるようです」

「うむ。ならばよい。本部に戻ってこい」


 その連絡を受けていたのは監察部特別取締室のカート室長だった。


 ◇


 ダイは家に帰った。そこには沙羅が待っていた。今日もテーブルにごちそうを並べている。


「今日も作ったの。ニシミさんがいろいろ教えてくれるの。どう?」


 沙羅は料理の出来に満足して笑顔を浮かべていた。


「すごいよ。それより君に話がある」


 ダイは真剣な顔でそう言った。沙羅はその様子から大事な話があることが分かった。


「聞かせて!」


 沙羅はイスに座った。ダイもイスに腰かけて話始めた。


「今日、友人から情報が入った。向こうの世界に通じる穴が出現する時間と場所が分かった」

「本当! これで戻れるのね!」


 沙羅は目を輝かせて声を上げた。だがダイは厳しい顔をしたままだった。


「だが問題がある」

「どんな?」

「その穴を使ってトクシツが何かをしようとしているようだ。だからその穴へ行けば彼らと出くわす。下手をしたら捕まってしまう」


 ダイはそう告げた。だが沙羅の決心は揺るがなかった。


「でも私は行きたいの! どうしても元の世界に帰りたいの!」


 沙羅は必死な思いを伝えようとしていた。


「君がそう決心しているならそうしよう。だが危険なことは確かだ。僕のいうことに従ってくれ!」

「わかったわ」


 沙羅はうなずいた。



 沙羅は部屋から空を眺めていた。この世界は夜の明かりが少ないから星がきれいに見える。


「もうこの世界とはお別れね」


 ググトが襲ってきたり、一昔前のような電化製品のない生活に名残惜しくない・・・沙羅はそう思うものの、なぜか後ろ髪引かれる思いだった。


「気になることがあるせいかも・・・」


 自分にそっくりなユリさんのこと・・・彼女はどこに行ってしまったのか、ダイはそのことについて何も話そうとしない。2人の間に何があったのか・・・。

 そこまで考えた時、ふと沙羅は笑ってしまった。


「私には関係のないことよ。そんなことを気にかけるなんてバカみたい・・・」


 向こうの世界に戻れば仕事が待っている。自身のSARAブランドのために奔走しなければならない。こんな別の世界の人のことなどかまっていられない・・・沙羅はそう思うことにした。



 一方、ダイは部屋でユリの写真をじっと見ていた。写真の彼女は彼に微笑みかけている。


(やはりそっくりだ。平行世界というのなら、彼女は向こうの世界のユリということなのか・・・)


 ダイはじっと思い返していた。ユリがいなくなった日のことを・・・。


     ―――――――――――――――――――――

 その日、彼女はモーツェイカを開けた場所で吹くために三下高原に行ったはずだった。


「また三下高原かい?」

「ええ、あそこで吹くと音が響き渡るの。世界を突き抜けるかのように・・・。そしてオーロラが下りてくるのよ」

「まさか? 気のせいだろ。ははは」


 ユリがあまりに大げさに言うのでダイは笑った。すると首を横に振りながらユリも笑った。


「ふふふ。本当よ。今度見せてあげるね。じゃあ、帰りに買い物をしておいしい夕ご飯を作っているから、仕事が終わったら早く帰って来てね」


 それが彼女の言葉を聞いた最後だった。ダイが仕事から帰ってきてもユリは家にいなかった。もう日が暮れようとしているのに・・・。ダイは外に出て近所を探し回った。誰に聞いてもユリを見ていないという。


「まさか、まだ三下高原に・・・。日が暮れるとググトが出てくるかもしれない」


 胸騒ぎを覚えたダイは三下高原まで彼女を探しに行った。すでに日は暮れていた。暗闇の高原で彼はライトをつけて必死に大声で彼女の名を呼び続けた。しばらくして岩陰にある物を見た。


「これはモーツェイカ! ユリの物だ! この辺りにいるかもしれない」


 ダイはさらに探し回った。だが肝心のユリは見つからない。彼は一晩中、三下高原を探し続けた。


 次の日、憔悴した姿でダイは家に戻って来た。行き違いで家に戻っていないかと期待して・・・。だがそこにもいなかった。


(ググトに襲われて殺された・・・)


 そのことが頭に浮かんだ。だがダイはそれを頭から振り払った。


(そんなことはない! ユリはどこかで生きている!)


 それからもダイは彼女を探し続けた。だがユリの姿を見ることはなかった。


   ―――――――――――――――――――――


 ダイは夜空を見上げた。


(ユリ。今、どこにいるのか・・・)


 彼はユリがどこかにいて、この同じ空を見ていると信じていた。そして沙羅を元の世界に帰せば、代わりにユリが戻ってくるような気がしていた。

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