第15話 ヤーク病院

 沙羅は外が騒がしいのに気付いた。窓から外を見ると、奥さんたちが集まって何やら深刻な話をしているようだ。気になった彼女は思い切って外に出てみた。


「何かあったのですか?」


 するとニシミが教えてくれた。


「なんでも保安警察官に負傷者が出て病院に運ばれたって。それが第3班の方らしいと・・・」

「えっ! それはどなたなのですか?」

「そこまでわからないわ。でもかなりの重傷らしいの」


 沙羅の頭に最悪な状況が浮かんでいた。ダイがググトにやられて死にそうになっている光景が・・・。


「その病院はどこにあるんですか?」

「ヤーク病院よ。ここから車で1時間のところだけど・・・」

「私、行きます!」

「えっ! どうやって? ここから遠いのよ」

「でも・・・」


 自分が行ったからといってどうなるわけでもないが、とにかく一刻も駆けつけたい・・・沙羅はそんな気持ちだった。ニシミはそんな沙羅を見て考えた。


「確かに婚約者なら心配だわね。ここで待っていられないでしょう。わかったわ。旦那に頼んでみる。ちょっと待ってて!」


 ニシミは自分の家に帰った。しばらくして彼女の夫を連れて来た。陰気な顔をした暗そうな中年男だった。


「夫のリーモスよ。車で病院まで送らせるわ」

「すいません。お願いします」


 沙羅は頭を下げた。


「いえ・・・。これぐらいは・・・」


 リーモスは低い声でボソッと言った。


「この人は口下手でね。忙しい部署に勤めていてあまり帰ってこないの。今日はたまたまいたからよかったわ。さあ、行きましょう」


 沙羅はリーモスの車でヤーク病院に向かった。その途中、ニシミが話しかけてくるが、沙羅は気が気でなかった。もしダイの命が危なくなったらと考えると・・・。車は暗い夜道を走っていた。


 ◇


 やがて車はヤーク病院に着いた。沙羅は車を降りるとすぐに受付に向かった。


「ここに保安警察官が運ばれたでしょう。どこにいますか?」


 沙羅は受付で尋ねた。


「ご家族の方ですか?」

「ええ」

「その方は・・・今、手術中です」


 沙羅は倒れそうになった。ダイがそんなに重傷とは・・・。ニシミが沙羅を支えた。


「行きましょう。手術室の待合に・・・」


 沙羅はニシミと手術室の前に行き、その待合のソファに座った。手術室のランプが光っている。心配な沙羅は気が気でなかった。


「ダイ。どうか、無事でいて・・・」


 すると声をかけられた。


「どうかしたのか?」


 あまりにも無神経な声に沙羅はムカッとして答えた。


「知っている人が大けがをしたのよ! 私の婚約者よ!」


 沙羅が顔を上げるとそこにダイが立っていた。


「えっ? 誰がだって?」

「ええ。どうしたの? けがは?」


 沙羅は立ち上がってダイの体を叩くように触れてみた。確かにどこにもけがはない。


「僕は大丈夫だ。一体、どうしたんだ?」

「だって第3班の人が負傷して病院へ運ばれたって聞いて・・・。それも手術中って受付で聞いたから・・・」

「ああ、そうか。そうだったのか」


 ダイはおおきくうなずいた。


「やられたのは部下のラオンだ。ググトの触手に叩かれたがヒーリング魔法で治ってきている」

「じゃあ、この中で手術を受けている人は?」

「我が第1分署のダイタク署長だ。警察署の階段から落ちたらしい。足の骨折だけというから大丈夫だろう」

「なーんだ」


 すると手術室から声がしてきた。


「なーんだとはなんだ!」


 そして手術室のドアが開いて松葉杖の初老の男が出てきた。


「署長!」


 ダイが声を上げた。その男がダイタク署長だった。彼は怒った表情をしていた。沙羅はあわてて頭を下げた。


「すいません! そんなつもりでは・・・」


 するとダイタク署長の厳しい表情が急に緩んだ。


「ははは。驚いたかね。びっくりさせて悪かった。手術を受けていたのがダイでなく私と知って安心したからね。ちょっと脅かそうとしただけだよ。ユリさん」


 ダイタク署長はユリと顔なじみのようだ。そして彼も沙羅のことをユリだと思い込んでいた。


「久しぶりだね。人から聞いたんだ。君がダイのところに来ているって。戻って来てくれて私もうれしいよ」

「あっ・・・はい」

「どうだ! ダイ! ユリさんを連れて俺のところで一杯やらんか?」

「署長。けがをされているのでしょう。また今度に・・・」

「あっ! そうだった。この足を忘れていたよ。たいした手術はしていないんだ。すぐに治って退院するからその時まで待つか。ははは」


 ダイタク署長は気のいい人のようだ。それにダイと親しい・・・沙羅にはそう感じた。


「では署長。我々はこれで。署に戻ります」

「ダイ! 今日はもうここから帰れ! ユリさんが心配してここまで来てくれたんだ。いっしょに帰れ」

「しかし・・・」

「いいから。いいから。お前の部下たちも疲れたのだろう。お前が帰らないと皆が遠慮して帰りづらくなる」


 ダイタク署長にそこまで言われるとダイも無下にできない。


「すいません。それでは失礼します」


 ダイは敬礼すると沙羅を連れてその場を離れて出口の方に向かった。


「ユリさんが帰って来たのか。ダイにとってはよかった。しかしこれを聞いたら娘のミオががっかりするな・・・。まあ、仕方ないか」


 2人を見送るダイタク署長はそうつぶやくと病室の方に向かった。


 ◇


 ダイと沙羅は、外で待ってくれていたリーモスの車に乗せてもらって家に帰った。相変わらずリーモスは無口のままだった。代わりにニシミがしゃべっていた。


「よかったわ。班長さんに何事もなくて・・・」

「すいません。ユリが早とちりしてしまったようで・・・」


 ダイは頭を下げていた。ニシミは助手席から振り返って沙羅に尋ねた。


「ねえ、お二人ともお熱い証拠。ところでいつ式を挙げるの?」

「えっ?」

「延び延びになっていたでしょう。ユリさんが戻ってきたのは結婚式のためでしょう?」

「え、ええ・・・」


 沙羅は答えに困った。本当のことは言えないし、婚約者ということになっているのだから結婚しないとも言えない。すると横からダイは答えた。


「落ち着いたらと思っています」

「そうですか。でもユリさんは早い方がいいのでしょう?」

「ええ、まあ・・・」


 沙羅はダイの方をちらっと見ながら答えた。ダイはなぜか、厳しい顔をしていた。


「あまり人様のことに口をはさむな」


 リーモスがボソッと言った。それでこの話は終いとなった。沙羅はダイのその様子が気になっていた。



 やがて団地に着いて、沙羅とダイは部屋に帰った。ダイはこわばった表情のままだ。沙羅はいくらか気分を和らげてもらおうと笑顔で聞いてみた。


「ニシミさんにも困ったわね。いろいろ聞いてくるもの。結婚のことは困ったわね。ねえ、どう返事すればいいの?」

「君の好きなように言っておいてくれ!」


 やはりいつものダイとは違っていた。


「一体、どうしたの?」

「どうもしない。僕は疲れた。もうこれで・・・」


 ダイが自室に戻ろうとするのを沙羅が引き留めた。


「ユリさんのことを思い出したの?」

「そんなことは君に関係ない!」

「じゃあ、何なの!」


 つっけんどんなダイの態度に沙羅はイライラしてきた。


「もう放っておいてくれ!」

「ユリさんのことを教えて! あなたの様子を見ていたら気になるのよ!」


 だがダイは何も言わずにそのまま部屋に入ってドアをぴしゃりと閉めた。


(私ってどうかしている。ただ似ているだけのユリさんのことが気になるなんて・・・。ダイはまた思い出したんだわ。心の中であんなに苦しんでいるのに無神経に聞いてしまった・・・)


 沙羅はため息をついてソファ座り込んだ。


 ◇


 ー現実世界ー


 三下山で失踪者が続いていることに城北署捜査課は注目していた。しかも今度は社長令嬢だという。営利誘拐の線があると判断されていた。そのため秘密裏に捜査本部が立ち上げられ、機動捜査課が捜査に当たることになった。


「事件を整理する。まず斎藤沙羅が友人と登山中、行方不明になった・・・」


 説明するのは高峰警部だった。彼がこの機動捜査課を率いていた。


「概略は以上だ。事故や事件、あらゆる可能性を考慮に入れて捜査する。質問は?」


 するとベテランの森野刑事が手を挙げた。


「課長。今回の失踪事件と関係があるかどうかはわかりませんが、彼女の兄のことで・・・」

「兄がいたのか?」

「ええ、彼も3年前に失踪しています。彼は麻薬取締官でした」


 森野刑事の話に皆が「えっ!」と驚いた。単なる偶然とは思えないと・・・。


「そうなのか?」

「ええ、麻薬捜査なので極秘になっていると思います。彼とは以前、ある麻薬事件の捜査で会ったことがあります」


 森野刑事は思い出していた。斎藤直樹・・・有能な取締官だった。麻薬事件を担当し、数多くの麻薬ルートの摘発をした。その彼がいきなり失踪したのだ。


「最後はある種の不可解なドラッグを追っていました。その捜査中に失踪してしまったのです」

「それは何だ?」

「わかりません。彼が秘密裏に追っていたようですから。その時、ちらっと聞いたことは、『レインボーというドラッグで、薬物反応は出ないが、麻薬中毒のように人を蝕む』と」

「その捜査はどうなっている?」

「今はその捜査はされていないと思います。彼がいなくなったために」


 森野刑事の話を聞いて、高峰警部はホワイトボードに張った失踪者の写真をじっと見た。


「この中にそのドラッグと関係する者がいるかどうかだ。それを含めて捜査をする。県警本部と麻薬捜査部にその資料があるかどうかも確認してくれ」


 今のところ、失踪者に対する手掛かりが乏しい。本当に神隠しにもあったようにぷっつり消息が途絶えたのだ。


(こんなことがあり得るのか・・・)


 高峰警部は腕を組んで考え込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る