第14話 トクシツの研究

 監察部では保安警察官の管理はもとより、一般の人々の監視や取り締まりも行う部署である。赤い腕章を巻いた監察警官がその任務にあたる。彼らが扱う事案が極秘扱いにされることも少なくない。そこは保安警察の中にあっても独立した組織になっている。その最大の実行部隊といえるのが特別取締室、いわゆる「トクシツ」である。


 第27管区保安警察のトクシツの室長はカートである。彼はその力を振るい、少なくない数の人たちに罪を着せて収容所送りにしていた。その剛腕ぶりに下からは恐れられ、上司からも一目置かれていた。


 ここは地下の秘密研究施設だった。そこはトクシツの一部署であり、極秘扱いになっていた。


「まだつかめていないのか?」


 カート室長はそばにいる白衣の男に尋ねた。


「も、申し訳ありません。まだワームホールの予想の確率は70%ぐらいでして・・・」


 その男は冷や汗を流していた。カート室長のその鋭い眼光でにらまれると誰でも縮み上がってしまう。


「それで今度はいつなんだ?」

「明後日ですが・・・場所はA3区域ではないかと・・・」


 白衣の男はモニター画面を指さした。そこに三下高原の地図が映し出され、その一部が赤い枠で囲まれている。


「では準備をさせろ。決して目立たぬようにな」

「はい。その点は抜かりなく。前と同じように進めています・・・」


 そう話しているところに、慌ただしくドアを開けて入ってくる男がいた。よれよれの白衣を着た初老の男である。


「カート室長! 話がある!」

「これはロイ教授。どうされましたかな?」


 カート室長は(またいつものことか)という風に嫌な微笑みを浮かべていた。


「一体、君たちはあのワームホールで何をしようとしているんだ!」

「あくまでも研究ですよ。治安を守る我々には必要でしょう」

「ならばどうしてその出現時期と場所の予測に重点を置く? あのワームホールの実態の解明が先だ。そのために機器を使うべきだ。あれがこの世界にどんな影響を及ぼしているか、まだわからないのだぞ!」


 ロイ教授の意見にカート室長は「ふふん」と鼻で笑った。


「ご高説はもっとも。しかし勘違いなさらないでください。これは上の意向でトクシツが行っている研究です。あなたがとやかく言うことはできない」


 それは要求をぴしゃりとはねつける言葉だった。そう言われればロイ教授も何も言い返せない。


「よいですか。あなたは黙って研究していればいい。我々の方針通りに。さあ、お戻りください」


 カート室長は部屋にいた監察警官に目で合図した。すると彼らはロイ教授を両側から抱えて部屋から連れ去った。その間際、


「悪いことを考えているのならやめろ! あれは危険なんだぞ!」


 ロイ教授は必死に訴えていた。だがカート室長は肩をすくめて


「我々のことはお気遣いなく。はっはっは・・・」


 と笑っていた。


 ◇


 ー現実世界ー


 祥子は一人で山根教授の研究室に行った。すでに彼女の心は決まっていた。沙羅を探し出すためにどんなことでもしようと・・・。

 出迎えた山根はすぐに祥子を研究室に通した。そしていきなり本題に入った。


「調査には次元監視装置、ある種のセンサーを備えた機器を設置します。それで時空のゆがみを探知できます。そのカバーする範囲は狭いので、この三下山の広範囲に多数設置する必要があります。その費用は・・・」


 山根はその費用を提示してきた。それはかなりの額だった。だが祥子はそれに対して心づもりはしてきた。


「わかりました。お支払いいたします。ですからすぐにお願いします」

「では早速。明日からでも・・・」


 山根教授とは話がすぐに終わった。祥子は頭を下げて研究室を出た。彼女にはその高額な費用は簡単に捻出できない。しかし方法がないわけではない・・・。


(貯金をすべて、そして私の株を売って・・・すべての財産を投げ出しても沙羅を見つけるわ)


 祥子はすべてを投げ出す決意をしていた。



ー異世界ー


 ダイは三下高原をパトロールしていた。今日は第3班がこの地区を担当するため、彼の部下も近くを巡回している。この辺りにググトが巣を作って多数の目撃情報がある。そこでここを警戒地として重点的に回っているのだ。

 空は曇りがちだが、周囲は見渡せる。特に怪しい人影はなかった。ダイの無線機には部下の報告が次々に入る。


「こちらナツカ。特に異常はありません」

「ロークです。人影はありません」

「ハンパより班長へ。こちらは問題ありません」


 だがラオンからは定時連絡はなかった。そこでダイから無線機で通信を送った。


「ダイだ。ラオン。応答しろ!」


 だが応答がなかった。


(もしかしてラオンが・・・)


 ラオンの巡回している場所は大輔の近くだった。彼は無線機で呼びかけながらその場所に走った。草が高く伸びているために、立っていなければ姿は隠れてしまう。


「ラオン! どこだ! どこにいる!」


 しばらく歩き回っていると、人の声のような音がかすかに聞こえた。ダイはその場所に急いだ。


「これは・・・」


 そこにはラオンの通信機が落ちていた。スイッチが入れっぱなしで雑音が鳴っていた。そして少し離れたところにラオンが倒れていた。見たところ服が破れて傷だらけで、ムチのようなもので何度も打たれたようだ。だが血が流れていないので、まだググトの餌食になっていない。


「ラオン!」


 ダイは思わず駆け寄った。だがそれは不用意だった。彼は近くの草むらに何かが動くのを感じた。


(これは罠だ!)


 ダイがそう思った瞬間、彼の足にググトの触手がからみついた。


「しまった!」


 ダイは不覚を取ったことを知った。触手によって彼の足を持ち上げられ、逆さに吊るされてしまった。ダイは技を繰り出そうとしたが、その前に別の触手で打たれた。激しい衝撃と皮膚が裂かれるような痛みが体中を走る。


「お前らをすべて倒してからゆっくり食べてやる!」


 ググトが不気味な低い声でそう言っていた。探しに来た保安警察官をすべてこの手で捕まえてから生き血をすすろうとするのか・・・。

 触手は何度もダイを打擲した。そのたびに大きなダメージを受けて、意識が吹き飛びそうだった。だが彼はとっさに防御魔法を発動していた。


「ソニックガード!」


 体の周囲に音波の壁を作った。触手はそれにはね返される。


「ソニックソード!」


 波動の剣が触手を切り裂き、ダイは地面に落ちた。ググトはわめきながら別の触手でダイを捕まえようとする。だがその前にダイは放った。


「ソニックブラスター!」


 衝撃波がググトの体にダメージを与えた。


「ぐわわわ・・・」


 ググトは悲鳴を上げて逃げ去った。だがそこにちょうどロークが駆けつけてきた。彼は正面から向かってくるググトを見て慌てていた。そこにダイが声を上げた。


「ローク! ググトは逃げ腰だ! 仕留めるんだ!」


 それでロークは落ち着きを取り戻し、右手を伸ばして魔法を発動した。


「ファイヤーボール!」


 すると火球が放たれ、ググトを燃え上がらせた。


「ぐおっ!」


 ググトは断末魔の叫びをあげて倒れ、そのまま泡になって消えていった。


「よくやった!」


 ダイが声をけた。


「班長。大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だ。だがラオンがやられた。救護隊を要請してくれ」


 ダイはそう言って倒れているラオンのそばに来た。両手をかざしてヒーリング魔法で応急手当を始めた。


「しっかりしろ! ラオン!」

「うううっ・・・」


 ラオンは苦しげな声を上げた。全身の打撲で痛みが激しいようだ。ダイはふとそばに生えている草に目がいった。それは小さな種をつけている。


(これは魔法の種か!)


 ダイはその小さな種を取って、ラオンに飲ませた。すると苦痛の表情が消えていった。


「班長。すぐにこちらに向かうそうです」


 救護隊に連絡していたロークが報告した。


「わかった」

「ラオンの様子はどうですか?」

「魔法の種があったから飲ませた。鎮静作用で痛みが軽くなったようだ」

「そんなものが?」

「ああ、この辺一帯に生えているようだ」


 ロークは辺りを見渡した。確かに魔法草が群生している。


「この辺りは魔法草の宝庫だ。ググトの巣があって警戒地になっているのが残念だな」

「そうですね」

「さあ、ラオンを運ぶぞ。ここよりも見渡せる場所にいた方が救護隊にはわかりやすいからな」


 ダイはロークと協力してラオンの体を浮かして運んでいった。





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