第13話 取り残された沙羅
そこには多くのググトがいた。1体は中年男をつかまえて鋭い口でその血をすすっている。そしてまだ獲物を捕らえていないググトが沙羅を見つけて近づいてきた。
「ここにいたか! いただきます!」
「きゃあ!」
沙羅はバッグを放り出して逃げた。その後を数体のググトが追ってきた。
(助けて・・・誰か、助けて・・・)
沙羅は必死に走った。そして途中で隠れるのにいい場所を見つけた。それは店の棚の下のスペースだった。姿勢をかなり低くしない限り、見つからないだろう。
(あそこに隠れよう)
沙羅はそこに潜り込んで身を潜ませた。その前をググトたちが通り過ぎていく。何とかググトたちをまくことができたようだ。
辺りは暗くなってきていた。夜間にググトの行動が活発になることは、ダイやニシミから教えられている。日が暮れる前に家に帰りたいが、近くにググトがいる気配がして、そこから抜け出すことができない。
(どうしよう・・・私・・・このままググトに食われてしまうの・・・)
沙羅は不安で震えていた。
◇
市場にググトの群れが出現したことは保安警察にすぐに通報され、第1分署の保安警察官がすぐに現場に向かった。その中にはダイたち第3班もいた。
「ググトの群れだ。くれぐれも注意しろ! まずは避難を優先しろ!」
ダイは部下に命じた。こんなことはよくある。普段の訓練通りすれば何も問題はない・・・彼はそう思っていた。部下たちは緊張しているが、任務にやる気を見せていた。
現場はかなり混乱状態だった。暗闇の中で人々は逃げ惑い、多くのググトに追われていた。ダイたちは光魔法で照らしながら市場に入った。そこに浮かび上がったのは、血だらけの死体が散らばる地獄絵図のような光景だった。ググトはなおも人々に襲いかかろうとしていた。
「班長。ググトです。退治します!」
焦ったロークが飛び出そうとした。それをダイが手で制した。
「待て! それは他の班に任せるんだ。我々は襲われそうな人を助けるんだ! 行くぞ!」
ダイが前に出て、呪文を唱えて魔法を発動した。
「ソニックブラスター!」
超音波の大きな波動を周囲に放った。それがググトたちの周囲に炸裂する。轟音が辺りを包み、爆発が起こった。その衝撃の激しさにググトたちは人々を追うのをやめた。
「よし! 今だ!」
さらにダイたちは一団となって魔法でググトをけん制しながら、逃げ惑う人々を安全なところに誘導していった。そこでようやくググトも落ち着きを取り戻し、その後を追おうとした。
「俺たちが相手だ!」
その前に1班と2班の保安警察官が立ちふさがった。彼らも魔法を駆使してググトに攻撃を加えていった。先頭にいたググトは体にダメージを受けて溶けて消えていった。だが今回のググト群れはその数がかなり多い。やられても次々に襲ってくる。
戦いは熾烈を極めており、保安警察官たちの方が押されていた。だが人々の避難を完了させた第3班が戦いに戻って来て形勢が変わった。精鋭ぞろいの彼らの力は大きかった。
「ソニックブラスター!」
「ウォーターブレッド!」
「ファイヤーボール!」
「ロックストライカー!」
「リーフカッター!」
ダイが超音波系の魔法を使い、ナツカは水系魔法を駆使する。そしてロークは火炎系、ラオンは土系、ハンパは植物系の魔法で攻撃を加えていった。それぞれが組み合わさり大きな威力となって、次々にググトを倒していったのだ。
やがてググトたちは形勢不利を悟って市場から逃げ出した。その後を第1班と第2班が追いかけて行った。これでようやく市場での戦いに終わりを告げた。ダイたちはその場にとどまった。
「もうこれで大丈夫だろう」
ひっそり静まり返った市場をダイは見渡した。被害はなんとか最小限で食い止められた。だが・・・
(ググトの犠牲になる人をどうやったらなくせるのか・・・)
ダイはため息をついていた。この戦いが無駄ではないことはわかっているが、繰り返されていてきりがない・・・それは保安警察官全員の思いだった。
しばらくしてナツカが報告に来た。
「班長。けが人は病院に送りました。避難した人は向こうに集まってもらっています。他の人たちはどうしましょうか?」
「またググトに襲われたら大変だ。それぞれの人を家まで送り届けよう」
逃げてきた人たちは疲れ切った顔をしてその場に座り込んでいた。彼らにダイがやさしく声をかけた。
「みなさん。ググトは追い払いました。もう大丈夫です。我々がお送りします」
すると一人の女性が立ち上がった。
「班長さん! 大変です!」
それはニシミだった。
「どうかしたのですか?」
「ユリさんが・・・。市場に一緒に来たのですがはぐれてしまって・・・」
「えっ!」
ダイは言葉が出なかった。ナツカが言った。
「班長。ここはいいですから。探しに行ってください」
「しかし、任務が・・・」
「何を言っているのですか! ユリさんがどうなってもいいのですか!」
するとニシミもダイにすがって言った。
「お願いです。ユリさんを・・・。私が市場に誘ったばかりに・・・」
「わかりました。すまんがナツカ。後を頼む!」
ダイは急いで市場に向かった。
◇
沙羅には辺りの騒ぎがおさまったのがわかった。あれほど悲鳴や大きな音がしていたのに今はもう鎮まり返っている。
「もう大丈夫かな?」
沙羅は店の棚の下から這い出した。辺りは暗闇で何も見えない。だがもうググトがいないことはわかった。いつまでもここにいるわけにいかない。
「家に帰らなくちゃ・・・」
だが今いる場所も方向もよくわからない。
「あっ! そうだ!」
ポケットに魔法メダルを持っていた。
「ライト!」
それで辺りを照らすことができた。
「これは・・・」
市場の店は破壊され、遠くに倒れている人も見える。沙羅はそばに寄ってみた。
「死んでる・・・」
ググトに襲われて血だらけになっていた。沙羅は悲鳴を上げるのを必死に抑えた。気が遠くなりそうだったが何とか胸のロケットから種を取り出して口に入れた。それで少し落ち着いてきた。
「しっかりしないと・・・」
沙羅は市場の出口を探して歩いた。暗がりの中で頼りは魔法メダルのライトだけである。だが・・・
(光が消えている・・・)
魔法メダルの魔法が残り少なくなっていた。やがてそれは点滅して完全に光が消えてしまった。辺りはまた暗闇に包まれた。
(どうしよう・・・)
不安になって沙羅はしゃがみこんだ。その頭にはググトにやられた人たちの姿が思い浮かんでいた。
(私もああなってしまうの・・・)
切り刻まれた自分の姿も浮かんでいた。暗闇の中で恐怖と孤独感に押しつぶされそうだった。
「助けて・・・。誰か助けて・・・誰かいるなら出てきて!」
沙羅は大声をあげてみた。だが何の応答もない。ただ風の音がしているだけだった。
(もうだめだわ・・・)
沙羅は絶望して恐怖で震えていた。すると暗闇にぼうっとした光が遠くに浮かび上がった。
(光が見える。幻? いや、光だ・・・)
沙羅には希望の光に思えた。それが近づいてくる。そして人影も見えた。
(誰かが助けに来てくれた・・・)
沙羅は救われた気分になってその光をじっと眺めていた。
(誰だろう?)
それは魔法で明かりを灯したダイだった。彼は懸命に沙羅を探し回っていたのだ。
「ダイ! ここよ!」
沙羅が立ち上がって声を上げるとダイが駆け寄ってきた。
「ここにいたのか。よかった。無事で・・・」
「ダイ!」
沙羅は思わずダイの胸に飛び込んでいた。彼は驚いて困惑していたが、そっと彼女の頭を撫でた。
「怖かっただろう。もう大丈夫だ」
沙羅はやっと心が安らぐのを感じていた。すると遠くから人の声が聞こえた。
「班長! ユリさんは、ユリさんはいましたか?」
その声に沙羅ははっと我に返ってダイから離れた。ダイは灯りを大きく回して大きな声を上げた。
「ここだ! ここにいる!」
するとダイたちのもとに集まって来た。それは第3班のダイの部下たちだった。彼らも探しに来てくれていたのだ。
「よかった。ユリさんは無事だったんですね」
ナツカがほっとした顔になって言った。
「任務は?」
「衛生班と交代しました。我々も心配になって探しに来ました。どうしてもラオンが班長やユリさんが心配だからと」
ナツカがそう言った。だがロークが大きく首を横に振った。
「いいえ、班長。それは違います。言い出したのはナツカです」
「そうです。私ではありません」
ラオンも否定した。
「いやいや、それは・・・」
「班長。私も聞きました。ナツカさんがどうしても探しに行きたいと」
ハンパもきっぱりそう言った。
「いや、みんながそう思っていると思って・・・だから代表してそう言ったのよ。ユリさんが無事で本当に良かった」
ナツカは頭をかいてそう言っていた。沙羅はみんなが「ユリ」である自分のことを大事に思ってくれていてうれしかった。
「みなさんにご心配をおかけしました」
沙羅は深く頭を下げた。
「みんな。ありがとう」
ダイも部下たちに頭を深く下げた。
「そんな・・・班長。頭を上げてください。ただ心配だから来ただけですから」
「そうです。それよりももうお帰りになられた方がいいです」
「署への報告は我々がします。班長はユリさんとお帰りください。お疲れでしょうから」
部下たちはそう言ってくれていた。ダイはその言葉に甘える形で沙羅を伴って団地への道を歩いた。その道々、黙って先に立って歩き続けるダイに沙羅は尋ねた。
「怒っている?」
「いや、どうして?」
「市場に行ってこんなことになって・・・」
「君のせいじゃないよ」
ダイは振り返った。その顔には先ほどの厳しい表情はなかった。沙羅はやっと話を切り出せた。
「あのね。ダイに渡したいものがあるの」
「何?」
「これをあなたに」
沙羅はポケットから差し出した。得られたお金でダイのために買ったものがあった。
「ネックレスチェーンよ。切れてしまったでしょう」
ダイはそれを受け取ってじっと見ていた。何かを考えているかのように・・・。
(うれしくなかったのかな?)
そう思った沙羅は恐る恐る聞いてみた。
「気に入らなかった?」
ダイははっとして沙羅に笑顔を向けた。
「いや、気に入ったよ。ありがとう」
「つけてあげるわ。ロケットは?」
ダイはポケットに入れていたロケットを取り出した。
(私の持っているロケットとそっくりだわ)
沙羅はそれを受け取ってネックレスに通して彼の首につけた。
「よかった。元に戻って」
すると空に多くの星が輝きだした。それは地上までもほのかに明るくした。
「きれいね」
「ああ。夜空に急にこうして星が輝くことがあるんだ」
「そう」
沙羅は向こうの世界では見なかった幻想的な光景にうっとりしていた。
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