第11話 トクシツの情報

ー異世界ー


 ダイは第27管区保安警察本部に出向いていた。いつもは第1分署勤務だが、今日はここに用事があった。表向きは勤務報告のために来たことになっていたが、本当の目的は違った。異世界からの転移について監察部の情報を得ようとしていたのだ。


 この世界にも情報端末はある。班長のダイにもある程度のアクセス権はあるが、監察部、特にトクシツの情報となると手が届かない。そこで彼は友人であるテックスを訪ねた。彼は技術部の技官を務めている。ダイが彼のオフィスのドアをノックして開けると、


「おう。元気か!」


 と笑顔で声をかけてきた。


「ああ、見ての通りだ。それより何かわかったか?」

「少しはな。あそこのガードは固かったぜ」


 ダイは声を潜ませて尋ねた。


「やはり別の世界からの人間を捕まえているのか?」

「ああ、そうだ。やっとつかめた。名前も調べがついた」


 テックスはダイに端末のモニタを見せた。


「斎藤直樹という人物はいたか?」

「斎藤直樹? そんな人物はいなかったな。知り合いか?」

「いや、ちょっとな」


 ダイは言葉を濁した。テックスはそのことについてあまり聞かない方がいいと思って、別の話に切り替えた。


「向こうの世界からこっちの世界に来るのにワームホールのようなトンネルを通ったらしい。そこは虹のような光を放っているということだ」

「それが穴というわけか」

「ああ、そうだ。何らかの原因でできたらしい。それが急に現れて短時間で消える。場所もいろいろだが三下高原に出ることだけは確かだ」

「三下高原か・・・」


 ダイはそうつぶやいて何かを思い出していた。テックスは話を続けた。


「わかっているのはここまでだ。あそこの奴らはどういうわけか、その穴のことを神経質なまで極秘にしている。別の世界から来た人間も含めて・・・。だが奴らがそこで何をしようとしているのかまではわからない」

「その穴の出現は予想できないのか?」


 ダイが尋ねた。


「それは難しいのかも・・・いや、あそこの連中はある程度、予想できているような気がする」

「本当か?」

「ああ。多分、そうだ。それに統合研究所の研究者が一人、次元物留学の専門家だが、あそこで調査に加わっているようだ。それである程度、穴のことがわかっているのかもしれない」


 そうであれば沙羅を元の世界に戻すこともできるかもしれない・・・ダイはふとそう思った。


「また頼む」

「あそこの連中の監視の目が強くなった。今のところ、ここに盗聴器はないが、ここで会うのはまずい。何かつかんだら俺から連絡する。ここから情報が洩れているのを知ったら俺は奴らに抹殺されるからな」

「ああ、わかった」


 ダイは大きくうなずいた。


 ◇


 ダイが家に帰ってきた。家の中はいつも冷えて暗いのだが、今日は暖かくて明るい。そしておいしそうなにおいもする。


「お帰りなさい!」


 沙羅が笑顔で出迎えてきた。その姿は若妻といった感じだった。ダイが戸惑った顔をしていたので、


「さあ、来て!」


 沙羅が強引に手を引いてキッチンに連れて行った。そのテーブルにはおいしそうな料理が並んでいる。


「これは?」

「私が作ったのよ。すごいでしょう!」


 ダイはまだ困惑している。沙羅にこんなことができるのかと・・・。沙羅はダイの耳に小声で言った。


「私はここではあなたの婚約者のユリさんということになっているのよ。これぐらいしないとおかしいでしょう。また人が来るかもしれないし。さあ、早く食べて」


 ダイはテーブルに座って食べてみた。


「うまい」

「そうでしょう」

「ああ・・・。でもどうやってこれを?」


 ダイの疑問はそこだった。


「ふふふ。私だってやればできるのよ」

「そう・・・なのか?」


 ダイはまだ信じられない。沙羅は種明かしをすることにした。


「隣のニシミさんに教えてもらったのよ。あなたから魔法メダルをもらったから魔法も使えるしね。やってみたら簡単ね。それとも私に才能があるのかしら。ははは」


 沙羅は得意そうに笑った。ダイもそんな彼女を見て笑った。なぜか久しぶりに心がくつろいだ気がしていた。



 その日は2人で楽しく食事ができた。沙羅はまだ得意げに話し続けている。ダイはうなずいて聞いていた。


(こんなことはどれくらいぶりだったか・・・)


 あの事があってからダイの心はずっと深く沈んでいた。だがこんな楽しい時間を沙羅は思い出させてくれた。だが・・・そっくりだが目の前にいるのはユリではない。全くの別人なのだ。だがそうやって楽しく話す沙羅の姿をダイはユリに重ね合わせていた。


「どうしたの? 私の顔をじっと見て。何かついてる?」

「い、いや・・・。今日はいろんなことをしてくれたんだと感心していて・・・」


 ダイはそうごまかした。


「そう? じゃあ、感謝してね。それから魔法メダルの色がくすんできているの」


 沙羅はダイに魔法メダルを渡した。


「魔法をたくさん使ったからメダルから魔法力がなくなってきている」

「そうなの? もう使えないの」

「いや、また魔法を込める」


 ダイは魔法メダルに手をかざした。すると魔法メダルは元のように輝き始めた。


「便利ね。まるで充電したようだわ」

「充電?」

「いえ、何でもないわ。また魔法力が切れたらお願いね」

「あまりむやみに使うなよ。途中でなくなっても知らないぞ」


 ダイは沙羅に魔法メダルを返した。そして真顔になって言った。


「ところで君に話がある」


 ダイには沙羅に話すことがあった。それが彼女の不意打ちの素晴らしい夕食でそれが果たせずにいた。


「どうしたの? 急に真面目な顔になって・・・」

「今日、保安警察本部に行っていろいろ調べてきた」


 そう聞いて沙羅も真剣な顔になった。ダイは話を続けた。


「別の世界から来たとトクシツに捕らえられている人たちのことを調べた。残念ながら、君のお兄さん、斎藤直樹の名前はなかった」

「本当に? この世界に来てないの?」

「リストに漏れがあるかもしれないが、今のところはそうだ」

「そう・・・」


 沙羅はため息をついて悲しげな顔をした。気落ちする彼女を何とか力づけたいと思って、ダイはあの話もした。


「もう一つ話がある。トクシツではこの世界と別の世界に開いた穴の出現について何か情報を持っているらしい。それがわかれば君は元の世界に戻れる」

「本当!」


 沙羅の顔がまた明るくなった。


「ああ、君はもうすぐ帰れるだろう」

「よかった! じゃあ、お礼に帰るまでこの家のことはやってあげるわね。まずあれとあれね・・・」


 沙羅はうれしそうに話し始めていた。ダイはそれをまた楽し気に眺めていた。



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