第10話 魔法のある生活
ー現実世界ー
宗吾と祥子は目の前の男を見た。名乗ろうとせず、必死に探している娘のことを持ち出した・・・宗吾はその男に何か胡散臭さを感じていた。
「あなたは誰なのですか? 捜索隊の関係者ですか?」
宗吾は強い口調で尋ねた。男ははっと思ったらしく名刺を差し出した。
「申し遅れました。私は泡海大学の山根と申します」
受け取った名刺には「泡海大学理学部次元物理学科教授 山根啓介」と書かれていた。
「大学の先生が私たちにどんな話が?」
「娘さんのいる場所がわかるかもしれないのです」
「えっ! 本当ですか!」
祥子がその話に食いついた。
「ええ、そうです」
「娘はどこにいるのですか?」
「立ち話も何ですから、どこか話せる場所に・・・。近くに喫茶店がありましたからそこでお話ししましょう」
山根は歩き出した。祥子がついて行こうとすると宗吾が止めた。
「やめとけ。何か胡散臭い」
「でも沙羅のことがわかるかもしれないのよ」
「詐欺か何かかもしれない。こんな時によくあるそうだ」
「でももしかしたら・・・たとえそうだったとしても話だけは聞きます」
祥子は藁にも縋る思いだった。
先を行く山根が振り返った。2人がついてこないのに気付いたようだ。
「お手間はとらせません。さあ、行きましょう」
「ええ」
祥子は小走りに後を追った。そうなれば宗吾も行かねばならない。その山根という男のことを信じていないものの・・・。
3人は「風水」という小さな喫茶店に入った。それぞれがホットコーヒーを頼み、店員がいなくなったタイミングで山根が話し始めた。
「あなた方の娘さん、沙羅さんが三上山で消えたのですね」
「はい。友達と一緒に上っていて少し目を離した隙に消えてしまったのです。そばに崖があったからそこから落ちたのだろうと」
「しかしこれだけ捜索しても見つからないということですね」
「もしかしたら何かの事件に巻き込まれたか・・・誘拐されたのではないかと。警察に相談するつもりです」
祥子はそう話した。山根はメモを取りながら聞いていた。だが一向に沙羅がどこにいるかの話は出ない。宗吾は我慢ができなくなって少し強い口調で聞いた。
「あなたは沙羅がどこにいるのか、本当に知っているのですか?」
すると山根は黒メガネをかけ直してから答えた。
「この三下山で行方不明になった人は他にいます。もちろん届けが出ている方は2名ほどですが、他にも多数いることがわかっています」
「その方たちと沙羅は関係があるのですか?」
「ええ。いきなり消えてしまった。神隠しのように。沙羅さんも同じでしょう」
その時、店員がコーヒーを持ってきた。そこで山根は話を一時中止した。そしてコーヒーを一口飲んでからまた話し始めた。
「この神隠しの正体。我々は次元転移を起こしたと見ています」
「次元転移?」
「つまり別の世界に飛んだということです」
「そんなことがあるのですか? SFみたいなことが」
宗吾はとても信じられないようだった。
「我々はそれを研究しているのです。通常は世界と別の世界は厚い壁によって交わらないようになっている。しかしそこに穴が開くことがある。その穴から別の世界に飛ばされることがあるというわけです」
「では沙羅は別の世界に飛んだと?」
「その可能性が十分考えられるのです」
山根はそう言った。宗吾はそんな荒唐無稽な話を簡単に信じることはできなかった。それを察したのか、山根がさらに話を続けた。
「私はいくつかの次元変異監視装置を設置しました。確かに三下山のあちこちに次元のゆがみがあり、変動しています。これがこの世界と別の世界に穴が開いた証拠です」
「それであなたはどうやったら沙羅を戻せると考えているのですか?」
宗吾はズバリ聞いてみた。彼にしたら次元がどうのとか、世界に穴がという話はどうでもいい。沙羅が無事に戻って来られるかが重要なのだ。それに対して山根が答えた。
「もしその穴が見つかれば連れ戻せるかもしれない。とにかくその穴を探さねばならないのです」
「それにはどうすればいいのですか?」
祥子が尋ねた。彼女は沙羅を連れ戻せるのならどんなことでもしたいと思っていた。
「それにはもっと次元変異監視装置がいります。山のあちこちに置けるほど。それに人手も・・・。しかし私の研究室にはその資金がない。そこであなた方に研究資金を出してほしいのです。それで沙羅さんを救えるかもしれないのです」
山根の言葉に宗吾は不信感を抱いた。
(この男。やはり詐欺師だ。うまいこと言って金を出させようとしている)
宗吾はそう思って席を立った。
「すいませんがご協力できません」
「それはどうしてですか?」
「そんな話に乗ることはできません」
「沙羅さんが助かるかもしれないのですよ」
「人の弱みに付け込んで・・・もういい。失礼する」
宗吾はそのまま喫茶店を出て行った。祥子はその様子を見てオロオロしながらも言った。
「また連絡させていただきます。主人はそう言いましたが、私は娘のために何でもやってやりたいのです。それでは・・・」
祥子はコーヒー代を置いて宗吾の後を追って行った。その後に残された山根はため息をつくと、コーヒーをゆっくり飲んでいた。
◇
ー異世界ー
沙羅は魔法を試していた。まずはシャワーの水をお湯にした。念じるだけで水しか出ないシャワーからお湯が出るのである。さっそく浴びてみた。
「ああ、快適、快適」
一昨日にシャワーを浴びたが、この世界に来た緊張感とダイが近くにいたことでリラックスできなかった。だが今日は思う存分シャワーを浴びることができる。こんな粗末な浴室とシャワーだけなのに前の世界のお風呂より快適に感じられた。
「さてと・・・」
シャワーから出た沙羅は窓から外を見た。空は晴れ渡り、散歩をしたら気持ちよさそうである。だがダイから外に出るのを禁じられている。家にずっと閉じこもっていなければならない。
「退屈だな・・・」
沙羅はそばの椅子に腰かけた。彼女は何かをしたいほど元気が満ち溢れている。辺りを見れば物が散らかり、部屋の隅にはほこりが目についた。
「男の一人暮らしってこんなところね」
沙羅は散らかっている物を片付け始めた。だがそれらをしまう場所がわからない。沙羅は勝手にあちこちを開けていった。すると物置のような場所を見つけた。そこに散らかっている物を持ってきて、それぞれを整頓してしまっていった。
その物置には様々なものが置かれていた。見たことがないものがほとんどであった。沙羅は興味深く触ったりしていたが、そこに掃除用具らしいものを見つけた。
「これは掃除機かしら・・・」
沙羅が魔法メダルをかざしたら動いた。それは前の世界の掃除機と同じような使い方だった。少し面白くなった沙羅はそれで部屋から部屋を掃除して回った。
「ふうっ! もう少しきれいにするか」
今後は雑巾であちこち拭いていった。こればかりは魔法は使えない。汗をかきながらなんとか拭き掃除も済ませた。見渡すと家の中がすがすがしいほどきれいになっている。
「やはり掃除するといいわね。気分までよくなるわ!」
前の世界ではほとんど自分で掃除などせず、ハウスキーパー任せだったのだが・・・。
「ようし! 今度は料理よ!」
この家の食品庫を沙羅は見つけていた。そこには食材が入っていた。前の世界のものと近いものがある。
「まあ、何とかなるか・・・」
沙羅は適当に切って鍋に放り込んで、その辺にあった調味料を入れた。後はかまどに火をつけて煮てみた。しばらくすると、ぐつぐつと煮えてきた。
「味はどうかな?」
大きなスプーンですくって口に入れた。
「うっ! まずい!」
慌てて吐きだした。この世の食べ物とは思えない味がしたのだ。
「うまくいかないな」
沙羅はため息をついたが、考えてみたら今まできちんと料理をしたことはなかった。母の祥子は料理が得意だった。毎日、おいしい料理を作って食べさせてくれた。
(あれはどうやって作ったのかしら・・・)
小さい頃、祥子はさらに料理を教えようとしたが、彼女は嫌になってそこから逃げ出した。その頃の記憶が断片的にしかない。
(適当ではうまいものは作れないわ。どうしたら・・・)
沙羅が頭を悩ましていると、玄関から声がした。
「ニシミです。ユリさん!」
隣のニシミが来たようだ。沙羅はすぐに玄関に出てみた。
「かまどから煙が出ていたから料理していると思って。おいしいものができました?」
「いえ、それが・・・よくわからなくて」
「そうなの。ユリさんは料理が上手だったのに忘れてしまったのね・・・。いいわ。私が教えてあげるわ」
「いいんですか?」
「ええ、いいわ。未来の旦那様においしいものを作ってあげなくちゃ」
そう言ってニシミは上がり込んだ。
「何があるの?」
「それがわからないんです」
「そうなの。すべて忘れてしまったのね。いいわ。一から教えてあげる」
ニシミさんは食品庫をのぞき込んだ。
「これはトーマ、それはキアリ、これはマットの肉・・・」
ニシミは食材と調味料を教えてくれた。
「さあ、お料理よ。まずコメはあったわね。魔法釜で炊きましょう・・・」
さらは教えられるがままにキッチンにあった箱にコメと水を入れた。
「さあ、炊けろ! 炊けろ!」
ニシミはそれに魔法をかけた。それなら沙羅にもできそうだった。
「今度はおかずよ・・・」
ニシミは食材を切ると、調味料をいくつか入れてそれもまた別の箱に入れた。
「焼けろ! 焼けろ!」
それで料理は完成した。それを見て、
(電子レンジ、いえ調理なべみたいなもの?)
沙羅は思った。これなら食材と調味料を間違わなければ料理ができそうだった。それから沙羅はニシミに聞いて数品の料理を作った。
テーブルに料理を並べてみた。かなりのごちそうだ。沙羅とニシミは椅子に座って食べてみた。
「おいしいわ!」
前の世界で食べていたどんなものよりおいしいように思えた。高級レストランの料理よりもはるかに・・・。
(自分で作ったものに勝るものはないわ!)
それにニシミはこう言ってくれた。
「そうね。初めてにしてはよくできたわ。これなら大丈夫よ」
ニシミのお墨付きをもらって沙羅はうれしかった。
「男の人ってあまり料理をしないから、喜ぶわよ! これからもいろいろと教えてあげる。いいお嫁さんになるためにね」
ニシミはそう言って帰って行った。
「そうね。がんばらなくちゃ! いいお嫁さんに・・・」
沙羅はそう口に出して、はっとした。
「いやだわ。私って何をしているのかしら。ここにずっといるわけではないのに・・・」
沙羅はこのままここにいるとこの生活に染まってしまう気がしていた。
「早く戻る方法を見つけないと・・・。でも外にも出られないし・・・。ダイが方法を見つけてくれるのを待つしかない」
それまで別の世界から来た人間と知られてはいけない。ユリとしてこの家にいるしかない。
「居候しているだけでは申し訳ないから、しばらく家のことをやってあげるわ。それより帰る方法を見つけて来てよ!」
沙羅はまるでダイに言うように独言していた。
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