第5話 平行世界
ー異世界ー
沙羅はダイとともに三下高原を歩いて抜けた。すると目の前に見覚えのある建物があった。
(ここは山の管理事務所。この世界にも同じものがあるんだ・・・)
沙羅はまだ自分が別の世界に来たことを完全に信じてはいなかった。もしかしてそこを開けたら、いつもの場所があるのではないかと・・・。
「ちょっとあの建物を見てくる!」
「ちょっと待て!」
ダイが止めているのも聞かず、沙羅は駆けて行った。
「すいません・・・」
沙羅はドアを開けて中に入った。中はがらんとして荒れ果てていた。並べてあった椅子も机もなく、その残骸と思われる木くずが転がっていた。こんなに急にこんなことになるなんてありえない。ここはやはり自分がいた世界とは違うと沙羅はあらためて感じていた。
すぐにダイが追いついて中に入って来た。
「ここを見たかったのか?」
「一体、どういうことのなの? ここは管理事務所のはず。どうしてこんなに荒れているの?」
「そうだ。ここはかつて三下高原の管理事務所だった。だがここにググトの巣ができた。だから警戒地になって誰も寄り付かなくなった。もう使われなくなって相当時間がたつ」
ダイの言葉に沙羅は思った。
(もしかして時代が違う? 別の世界ではなく未来に来た?)
そんなSFには話はよくある。それなら辻褄が合うかもしれない。沙羅はダイに尋ねた。
「かつて? じゃあ、今は何年なの?」
「安治7年4月8日だ」
「安治? 令和じゃないの?」
「令和? なんだ? それは。令和なんか聞いたことはない。今は安治7年だ。西暦2025年だ。」
沙羅は思った。
(時間移動はしていない。すると・・・ここはやはり別の世界。この世界は自分のいた世界と似ているようで違う。何かが狂ってしまっている。年号も社会も・・・だが大きな違いはググトという化け物がいる・・・)
「私がいた世界と違う。でも似ているのよ。ここは平行世界なのよ」
沙羅はこの世はいくつもの平行世界で構成されているというSFの話を思い出していた。
「平行世界?」
ダイが眉間にしわを寄せた。聞いたこともないという風に・・・。そんな概念はこの世界にはないのかもしれないと沙羅は思った。
「そうよ。自分の世界と似た世界がいくつもあるというわ。似た人間。似た社会・・・でも少し違う・・・それが平行世界よ。全く交わらないはずの・・・」
「そんなことがあるのか?」
「ええ。たしかに似ていても違う世界であることは確実よ。私がいた世界とこの世界との間に穴ができたのよ。それも不完全な・・・」
「うむ・・・」
ダイは沙羅の話に納得しかけている。だが現象を説明できてもこの事態を解決できるわけではない。
「何とか元の世界に戻る方法があればいいのだけど・・・」
「君の言う虹を探すしかない。そこが穴だというのだろう」
「あなたは何か知っているの?」
「いや・・・でもそれについてわかるかもしれない。トクシツが情報を持っているかもしれないから・・・」
ダイには心当たりがあるようだった。
「そうね。期待しているわ!」
「それよりも君はこの世界の人間から完全に身を隠さないといけない。トクシツが君のことを知れば必ず拘束してくる。そうなったらもう手も足も出ない」
「そうね・・・」
沙羅は心の奥にしまっていたことを思い出していた。
「そういえば前に別の世界から来た人があると言っていたわね。私のいた世界から」
「それはわからない。どこの世界からとかは・・・。それが?」
「もしかして知っている人がこっちに来ていないかと思って・・・」
沙羅の表情が暗くなっていた。
「そんな人がいたのか?」
「斎藤直樹。私の兄よ。3年前に行方不明になって・・・。方々を探したけど見つからなかった。三下山、いえ、私が来た場所で最後に目撃されていたという情報があったの・・・」
沙羅は苦しそうだった。
「大丈夫か?」
「え、ええ。それを思い出すと心が苦しくなる時があるの。大丈夫。少し休めば・・・」
沙羅はそこに座り込んだ。そしてすぐにロケットの中の小さな種を取り出して飲んだ。それでやっと苦しさが取れてきた。
「もう大丈夫。落ち着いたわ」
「辛かったのだな。それほどまで・・・」
ダイが手を出して沙羅を立ち上がらせた。
「ありがとう。仲の良かった兄だったの。急にいなくなって私はどうしようもなく落ち込んだ。それで手がかりがあるかと思って三下山にも何度も足を運んだわ。でも今はなんとか立ち直ったの。たまに苦しくなるけどね」
沙羅の顔色は幾分か、よくなっていた。
「そのことについても調べよう。お兄さんが見つかるといいな」
「ええ・・・」
ダイと沙羅はまた歩き出した。
沙羅はダイの車に乗った。古いジープのような車で、それは元いた世界とあまり変わらない。窓から見える風景は見慣れたものではなかった。前の世界ではしばらく走ると町に出て、立ち並ぶ建物から明るい光が漏れてくるものだった。しかしここは違う。いつまでたっても田舎道で、古い民家がポツリ、ポツリと見えるだけだった。
(ここは私の世界じゃない・・・)
そう思うとやるせない気分になってきた。しばらくしてダイが車を停めた。
「ここだ。着いたぞ」
沙羅が車を降りると、目の前に古ぼけたコンクリート造りの建物が立ち並んでいた。
(ここが公用団地? まるで昔の写真出てくる古い団地だわ)
沙羅はそう思った。
「さあ、一緒に来てくれ」
ダイが車を降りた。沙羅はその後について行った。崩れかけた壁、辺りに物が散乱し、嫌なにおいも少し漂っていた。沙羅は眉をひそめながらもダイの後を歩いていた。
やがてその団地の一つに入り、階段を上がって3階のドアの前に来た。ダイが辺りを見渡して誰にも見られていないことを確認した。
「さあ、入って。一人暮らしだから誰もいない」
ダイがドアを開けて促した。沙羅は見知らぬ男の家に入るのに気が引けていたが、ここまで来たからには仕方がないので恐る恐る中に入った。ダイがその後から中に入り、手をかざすと家の中の灯りがすべてついた。
(まあ、こんな感じか・・・)
中は物が乱雑に置かれて、掃除もあまりされていないようでほこりが少し積もっていた。高級な邸宅にしか住んだことがない沙羅はため息をついた。
(こんなところに住むの・・・)
だがこの際、贅沢は言っておられない。身を隠さねばならないのだ。
沙羅は物を避けて奥に入った。中はかなり広くて部屋はいくつかあった。
「ここを使ってくれ」
ダイは奥の部屋のドアを指さした。
「それより聞きたいことがあるの」
「どんなことだ?」
その時、沙羅のお腹がキューンと鳴った。彼女は思わずお腹を押さえた。いろんなことが起こり過ぎて忘れていたが、沙羅はかなり空腹だったことを自覚した。
「腹が減っているだろう。食べながら聞こう。簡単なものだがすぐに用意する。できるまで部屋で待っていてくれ」
ダイがそう言ってキッチンに行ってしまった。沙羅はうなずいて奥の部屋のドアを開けて中に入った。
その部屋は客間なのかもしれないが、あまりいいとは言えなかった。カバーをかけられたベッドが置かれているだけだった。窓は天井近くに小さなものが一つ、壁もうすぼけた白のクロスが張られた殺風景な部屋だった。
(まるで牢獄ね。こんなところは嫌よ! 他にいい部屋はないの?)
沙羅はその部屋を出た。ダイに聞こうとしたが、彼はキッチンで食事の準備をしている。
(ちょっと他の部屋も見てみよう。いい部屋があったら替えてもらおう)
沙羅は隣の部屋のドアを開けて中に入った。そこにもカバーかけられたベッドがあったが、タンスや棚も置かれていた。
(誰かが住んでいたのかな?)
そんな風に感じられたのだが、よく見るとうっすらほこりが積もっていた。その状態からしばらく使われていないようだ。
(誰もいないと言っていたけど、以前は家族がいたのかしら)
タンスを開けてみた。すると女性物の服や下着などが入っていた。
(奥さん? いや、彼女と同棲かな?・・・逃げられたの?)
沙羅はすぐにタンスを閉じた。プライバシーをのぞき見たようで少し気がとがめていたが、同時にここにいた人はどんな人だろうかと興味を惹かれていた。すると棚の上のものに目が留まった。変わった形の笛のようなものが置かれている。それに・・・
「おやっ?」
そこには倒された写真立てがあった。
(この部屋にいた人かな?)
沙羅はそれを起こして写真を見た。一組の男女が並んで幸せそうに微笑んでいた。その人は・・・。
「ええっ!」
沙羅は驚いて思わず声を上げた。
一人はダイ、そしてもう一人は・・・なんと沙羅だった。
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