お稲荷様のお嫁さん
ニノハラ リョウ
本編
「
ここは我が
朝の光に照らされて銀色に煌めく長髪を首のあたりで一つにまとめたイケメンが、白いランチバックをダイニングテーブルに置く。
ありがとぉ~とどこかのんびりした声が、洗面所の方から聞こえてきた。
「……おかしい……」
朝食のお味噌汁に口を付けながら、わたしはコテンと首を傾げる。
あ、今日はわかめとお豆腐だ。これ好き~。
「
今度は白いランチバックより一回り大きな紺のランチバックが置かれた。
おぉ~助かる~ありがとな~とこれまたのんびりした声が、電気髭剃りのモーター音と共に洗面所の方から聞こえてくる。
「……やっぱりおかしい……」
朝食に添えられたキュウリに箸を伸ばしながら、今度は反対に首を傾げる。
あ、今日は浅漬けだ。ぱりぱりしたキュウリの歯ごたえと、丁度いい塩梅の味付けが美味しい~。
もぐもぐと朝食を堪能していると、朝の身支度を整えたらしい男女がわたしのいるダイニングに顔を出した。
「
「
紗那は良い旦那さんがいて幸せ者だなぁ~」
「やだぁ~。コタローったら! わたしだってコタローって素敵な旦那様がいて、娘に負けないくらい幸せなんだから~」
「あははぁ~。僕も幸せだよ~。さえちゃんと結婚できて、紗那って娘と銀次くんて娘婿がいるんだから~」
も~コタローったらぁとかなんとか突如イチャイチャし始める男女。いいから仕事行け。
そして貴方達の娘はまだ十七歳なので婿は迎えられませんが?
「二人とも遅刻するよ~? 紗那は俺に任せていってらっしゃい~」
銀次と呼ばれた銀髪ロン毛に促されて、姦しい二人は出ていった。
毎日のこととはいえ、見ていて疲れる。まぁ両親の仲がいいのはいいことだけどさ~。
なんてことを考えながら食後のお茶に口を付けていたら、さらりとわたしの一度も染めた事のない黒髪が撫でられた。
相手はもちろん……。
「で? 紗那は何がそんなに気になるの?」
さっきからおかしいおかしいって首を傾げていたろう? と銀髪イケメンに微笑まれた。
すっとした細目はちょっぴり吊り目気味だけど、凛とした銀髪とはよくあっている。
シュッと通った鼻筋とか、きゅっと口角の上がった口元とか。唇から僅かに覗く犬歯とか。
それらが整った形の顔にバランスよく収められている彼は、控えめに言って顔が良い。
だけど……。
「なんで銀次くんが……お稲荷様がウチの両親のお弁当作ってるのかなって疑問に思って……」
……神様が朝からせっせとだし巻き卵を巻くのは……普通にいっておかしいと思うの?
いまさら~? ってただでさえ細い目を眇めて笑う彼は……正真正銘お稲荷様、すなわち神様だ。
……そのはずだ……多分……。
例え目の前、キッチンカウンターの向こう側で使い終わったキッチンツールを鼻歌交じりに洗ってたとしてもっ!
彼、こと銀次くんと出会ったのは、わたしが六歳の頃。
わたしの小学校入学を見越して両親が家を買った時だった。
たまたま元から住んでた賃貸マンションの近くに分譲地が出たからって。
買っちゃうぅ~? みたいなノリだったらしいから、ウチの両親も昔から大概だと思う。
それはともかく……。
そこは元々立派な農家のお屋敷みたいなお家が建ってた場所で。
元々はこの辺りの農地を持っていて、周辺の農家の人達に貸し出して~みたいなことをする由緒正しい農家だったらしい。
だけど昨今の農業離れと、街の都市化のダブルパンチを受けて、土地を手放したりなんだりしていたそうな。
で、最終的に大きくてもちょっと築年数のいった自宅と、トラクターとかそういった大型農機が止められるような広い駐車場のある土地だけになっていって。
その家の主人が亡くなった後、相続自体や、それに伴う税金の支払いで色々あったらしく、最終的にそこは不動産屋さんの持ち物になった……らしい。
でまぁ、そのまま宅地として売るには昨今の住宅事情を考えると広すぎると考えた不動産屋さんは、四つに分譲して売ることにしたそうな。
そしてその一角を手に入れたのが我が家だったという訳だ。
でまぁ、新築のお家を建てて、るんるんで引っ越してきた両親と六歳の幼気な少女だったわたしなわけだが……。
そこで驚きの先住民と出会うことになる。
「ねぇおかあさん? おおきな銀色のワンちゃんがおうちにいるよ?」
銀次くんを発見した時の第一声はこれだったらしい。
ちなみにこの時犬扱いをしたことを銀次くんは根に持っているらしく、たまに怒らせるとねちねちとそのことを持ち出してくる。
全く執念深いお狐様だ。由緒正しい正一位稲荷大明神様から分かたれた存在だと言うのに……。
「さ~な? 今何考えてる~?」
……妙に勘が鋭いのは腐ってもお狐様だからだろうか?
とまぁ、家の持ち主より先に新築住宅に不法侵入していたお狐様だったが、彼は彼なりに先住権を主張してきた。
なんでも元々豪農と名高かったこの土地の持ち主は、自分の土地に豊かな恵みが訪れるようにと、自分の土地にお稲荷様をお呼びしてお祀りしていたらしい。え? どんだけ昔の話?
昔はこの土地の人も、周囲の人達も熱心にお参りしていたそうだが、農家を止める家が増えて、いつしかその存在は忘れられていったらしい。
それはこの土地の元の持ち主一家も例外ではなく。
祀られることによって神力を得ていた銀次くんの力は衰え、それによって周囲の農地でも不作が続き、ますます人々は離れ……みたいな悪循環になっていたそうだ。
で、極めつけはこの土地が分譲されたことで。
どうやら古い家屋を取り壊す時、不動産屋さんは銀次くんの社もまとめて壊してしまったらしい。
本来であれば神職とか専門の人を呼んで、銀次くんを正一位稲荷大明神様にお返しして~みたいな手順が必要だったらしいが、そんなことは全くせずに、ある日突然ぐしゃぁっとされたそうな。
……そいえば最近そんな話がSNSで流行ってたなぁ? あっちは祠だっけ??
閑話休題。
でまぁ、信仰が無くなって神力もなく、
このまま跡形もなく消え去るのを諦念と共に待っていた時に出逢ったのが、わたしたち一家だったという訳だ。
そして何故か……。
当時六歳の幼女は、自らの身の丈ほどもあるでっかい犬に恐れる事もなく、非常に懐いたらしい。
そんな娘を見て、我が家の能天気な両親も能天気に存在を認め。
そのことが信仰の代わりとなって、いつしか銀次くんは本来の
その神力を何に使ってるかというと、
「さ~な~? 本当にそろそろ遅刻するよ~?」
ぼんやりと銀次くんとの出会いを思い出していたら、ひょいと視界一杯に銀次くんのご尊顔が広がった。……くっ! 顔がいい。
「……銀次くんが”補給”を短めにしてくれたら遅刻しないと思うの」
「それはや~だ~」
銀次くんはそう言って、わたしをひょいと抱き上げる。
すらっと細身に見えるのに、流石お狐様、なかなかの怪力の持ち主だ。
「ほぉら。紗那~? ちゅー、しよ?」
膝の上に乗せられて、銀色に染まる瞳を眇めて、心底嬉しそうにわたしを見る銀次くん。
だからわたしは……。
色素の薄い銀次くんの唇に、触れるだけの口付けを落とした。
「んむっ!」
触れるだけだったはずのソレは、あっという間に口の中に舌をねじ込まれて、主導権を奪われる。
喉の奥へ逃れたはずの舌を絡めとられて、唾液を啜られる。
ぴちゃぴちゃと二人っきりのダイニングルームに響く水音を聞きながらうっすらと目を開ければ、うっとりとこちらを見つめる銀の瞳と……ひょこりと銀髪を割って生えている三角の耳。
ふわふわと揺れるソレに引き寄せられるように手を伸ばして……。
「んっ! こぉら。
ゆるゆると大きな手で背中を撫でられながら、いたずらっ子を窘めるような口調で責められる。
「だって、こんなふわふわが目のまえで揺れてたら触れたくなるじゃん?
それに……ここに触れていいのはお嫁さんだけなんでしょ?」
わたし以外の誰が触れるって言うの?
ぴるぴる震える三角の耳に、口付けの熱が引かないままそう呟けば、ぎゅっと強く抱き締められた。
「……あー……。紗那? 十八の誕生日まであと二週間だっけ?」
わたしのお尻の下に熱いネツをぐりぐりと押し付けて、心底苦しそうに銀次くんが呟くから……。
わたしはぴょんと銀次くんの膝の上から飛び降りた。
「そうだよ~。それにしても神様の癖に人間社会の法律を守ってくれるなんて……律儀だねぇ銀次くん」
「幸太郎さんと紗栄子さんにも世話になってるからな。二人を悲しませるような真似はしないよ」
うっそりと微笑む銀次くんのお尻の辺りから、ふさふさな銀の尻尾が機嫌よく揺れている。
「そっかぁ~。と言っても銀次くんがお婿に来るんでしょ?」
「そうだよ。それが二人との約束だからね。田島家のみんなが俺を思ってくれるから、神力で戸籍を用意するなんてあっという間だったよ。あと、
それ、神力の使い方間違ってない? と思うのはわたしだけだろうか。
毎朝”補給”と称して唇を奪われるわたしの立場にもなっていただきたい。
そんなことを思いながら首を捻ってるわたしに、立ち上がった銀次くんがそっとわたしの耳元に唇を寄せる。
さらりと揺れた銀髪がふわりとわたしの頬を撫でていく。
「それに……あの二人、いや三人が願ってる紗那との子供もばっちりできると思うよ?」
だから、紗那が十八になって結婚したら、頑張ろうね?
なぁんて呟くから……。
「もー! 銀次くんのえっち! もう学校行くっ! いってきまぁ~す!!」
ひらりと身を翻して、銀次くんの甘い拘束から抜け出したのだった。
あ、でも……。
「ねぇ? 銀次くん今日もお家にいるよね?」
ダイニングルームの入り口からひょこりと顔を出して銀次くんに確認する。
改めて確認されたことのない内容に、銀次くんがきょとんとした
「あ? あぁ。まだ一人で長時間外に出るのは厳しいからな。紗那と正真正銘結ばれればそんなことも……「じゃあ、わたしが帰ってきたら玄関の外まで迎えにきて?」 ……あん? 外まで?」
銀次くんの不思議そうな顔にこくりと頷きを返す。
「そう! わたしが近づいたらわかるでしょ? だからお願いっ! 絶対だからね!? じゃ、いってきまーす!」
「あ、あぁ、気をつけてな」
わたしの意図を掴めないままの銀次くんを置いてけぼりにして、わたしは学校へと急いだ。
だってホントに遅刻しそうだしっ!?
「なぁなぁ? 田島、彼氏いるってウソなんだろ? そんな見栄張るんだったら、オレと付き合っちゃえばいいじゃん?」
「いや、彼氏いるんで。ていうか彼氏じゃなくて婚約者だし。ていうか、彼氏いなくても
結構きつめに断ってるんだけどな?
「まぁまぁ、そんなこと言うなってぇ。てか、いまどきこんやくしゃぁ? お前そんなたまじゃねぇだろ? 見栄張るのもいいかげんにしろよ?」
同じ細い吊り目だけど、銀次くんのとは全然違う目元をだらしなく緩ませて迫ってくるのは、蛇沢。単なる顔見知り程度のクラスメイトだ。
だけど最近。何が奴の琴線に触れたのか、こうして絡んでくる。
てか、マジで銀次くんの存在がなくとも蛇沢はお断りだ。
今もニヤニヤとこちらを見てくる目の奥にはなんだか気持ち悪いような嫌らしいような昏い光が蠢いて見えて、ぞわぞわする。
「彼氏で婚約者で恋人がいるのはホント。別に政略結婚とかじゃないんだからお嬢様じゃなくても婚約者になるでしょ?
相思相愛で結婚の約束をした相手が婚約者なんだから」
ラノベの読み過ぎじゃない? と真顔で伝えても、どうも暖簾に腕押しのようだ。
「へっ! じゃあそのコンヤクシャとやらに会わせてくれよ~。お前らも見たいよなぁ~?」
見せられたらだけどなっ! と心底こちらを馬鹿にしたように言ってくる蛇沢は一体何がしたいんだろう?
だけど、そんなわたし達の様子を窺ってたクラスメイト達の様子が好奇心にあふれた目をし始めたから、もうどうしようもない。
……まぁ、これを見越して銀次くんに家にいるよう念を押してきたんだけど。
「……別にいいけど?」
ため息を一つ吐いてからそう答えると、クラスメイト達は俄に沸き立って、蛇沢は……何故かこちらを嘲るような笑みを浮かべた。だからいったいなんなんだ。
「じゃ、うちに行こうか」
そう告げると、みんな驚いた表情になった。ん?
「……え? そのコンヤクシャと同棲……してるのか?」
蛇沢がショックを受けたように言葉を震わせる。
「? そりゃ、親公認の婚約者だし。同棲っていうか……家族ぐるみの同居?」
一応あそこは我が家だけど、厳密にいえば先に住んでたのは銀次くんだし。
むしろ銀次くんはあの土地から離れられない。
……まぁ、なんか裏技的に? わたしと文字通り身も心も結ばれたら? 一緒に移動できるようになるらしいけど……。
「ちょっと、紗那赤くなってるんだけど!」
「あれ、ぜったいお相手のこと思い出してる~」
「ね? めっちゃ幸せぽくない?」
「ねぇ? 蛇沢勝ち目なくない?」
「てか、なんで蛇沢あそこまで自信あんの? 紗那結構露骨に塩対応だよね?」
ぼそぼそと友達が話してる声が聞こえてきて、はっと我に返った。
ヤバいヤバい。今朝のキスの感触とか、欲に染まった目でわたしを見てくる銀次くんの視線とか思い出しちゃた……。
「っ! いくぞっ! そのコンヤクシャとかに会わせろよっ!」
何故か顔を真っ赤にして怒り始めた蛇沢と、好奇心に駆られてついてきたクラスメイトを引き連れて、わたしは家路に着いたのだった。
「紗那? おかえり~。後ろの人達は……お友達?」
約束通り玄関の外、どころか銀次くんが出てこれる公道との境まで出てきてくれた銀次くんが、不思議そうに大人数のわたし達を見て首を傾げた。でしょうねっ!
「ただいま銀次くん。んと、後ろの人達はね~、銀次くんに一目会いたい人達?」
「……俺に?」
銀次くんが首を傾げると同時に、キラキラとした銀髪がさらりと流れた。
その様子を見て、ほうと感嘆のため息がクラスメイトの中から聞こえてきた。
「(え? あの人? やばっ!)」
「(マジで? 顔面偏差値ヤバっ! え? あの人婚約者とか紗那羨ましいんだけどっ!)」
「(ねー? てか、蛇沢勝ち目なくない?)」
そうだろうそうだろう。銀次くんはカッコいいのだ。蛇沢なんか目じゃないくらいなっ!
そんなことを思っていたのを見透かされたのか、ずいっと蛇沢がわたしに近づいてきた。
その距離に、銀次くんが僅かに眉をひそめた。
「なぁ! 田島! お前騙されてるって! こんなイケメンがお前になんか靡くわけないだろっ!?
体よく住むところとか金とか奪われてんだよっ! お前もお前の両親も騙されてるって!
なぁ! 目ぇ覚ませよっ!!」
がっと両腕を掴まれて、正直痛い。
なんかちょいちょいわたしのことを貶める発言も交ざってて、心底不快だ。
「銀次くんまで悪く言うのやめてくんない? つか、蛇沢には関係ないよね? なんなのかなぁ? 人の彼氏を妄想扱いするから会わせてみたら今度は犯罪者扱い? いい加減にしてくんないかな?」
パシリと掴まれた腕を払って、蛇沢から距離を取る。
銀次くんが出てこれる我が家のアプローチまであとちょっとだ。
「だ、だってよぉ! こんなイケメンだって聞いてねぇぞっ!」
「蛇沢に言う必要ある? ないよね? ホントさぁ……」
何がしたい訳? 心底疑問だ。
「だ、だからオレはっ! ……っ!!」
蛇沢が一歩わたしに近づくと同時に、わたしは背後からぎゅっと抱きしめられた。
相手はもちろん……銀次くんだ。
慣れた香りと腕に包まれて、蛇沢に感じていた嫌な気持ちがほとほととほどけていく。
「たじ……っ!? 「紗那は……俺のだから……」 っ?!」
キャーというクラスメイトの女の子たちの悲鳴が木霊する。
一応閑静な住宅街になってるから、ちょっと騒がしいのは勘弁してほしいな。とか思いながら、顎を掬われて銀次くんの唇が降ってくる。
……あぁ、残念だな。これだけギャラリーが多いと触れるだけのキスになってしまうじゃないか。
ちゅっちゅと角度を変えて何度も触れるだけのキスが落とされる。
銀次くんの長い指がわたしの顎を擽って。
それすら心地よい。
しばらくそうしていると、なんか奇声と人が走り去っていく気配がして……。
「あのね? ここ日本だから……」
ほどほどにしてくれる? って仲の良いクラスメイトの女の子、
わたしは銀次君のキスから解放された。
「んっ……。あれ? 蛇沢帰ったの?」
くるりと周囲を見渡せば、今回の発端になった人物の姿が無かった。
「ん? あぁ、流石にキスシーン見せつけられたら……ねぇ?」
銀次さんの牽制えげつなっ! って何度か我が家に来たことのある美咲が言う。
美咲の言葉に、なぜか銀次くんがにたりと微笑んだ。
「……結局蛇沢はなにがしたかったんだろ?」
わたしの言葉に、周囲が呆れたように肩を竦めたんだが……解せぬ。
「まぁ、今回のできっちり引導になったデショ。それでもちょっかい掛けるなら……コッチで締めとくんで、お任せください銀次さん」
「あぁ、お願いするよ」
にこりと、いやニヤリと微笑みあう銀次くんと美咲。
……なんだかおもしろくない。
「今回のお礼も兼ねて、紗那に焼き菓子持たせるから、みんなで食べて?」
銀次くんの言葉にクラスメイトが沸き立つ。
確かに銀次くんお手製のお菓子は美味しいけどさぁ。
状況がイマイチわからなくて、ぷすりと膨れていると銀次くんに腰を攫われた。
「じゃ、みんな今日はありがとうね。ほら、紗那も膨れてないで、みんなにバイバイして~」
「もうっ! 子ども扱い止めてよねっ!」
銀次くんが小さな子にするように頭を撫でてくるから、さっと避ける。
「蛇沢のことは訳わかんないけど、みんな着いてきてくれてありがとねー。
流石に蛇沢と二人で帰るのは嫌過ぎた……」
わたしの言葉に、みんながやれやれと言った表情になる。ん? なんかおかしなこと言ったかな?
「成仏しろよ、蛇沢。まぁ、奴はもういいや。んじゃ、また明日学校でね~!」
ひらひらと手を振りながら去って行くクラスメイト達を見送って、銀次くんと一緒に玄関をくぐるのだった。
「結局、蛇沢は何がしたかったんだろうねぇ~?」
我が家のリビング。
銀次くんのお膝にのって、銀次くん手製のクッキーをもぐもぐしながら、少し上にある銀次くんの顔を見上げる。
「さぁねぇ?」
もう一つクッキーをわたしの口に放り込みながら、銀次くんが曖昧に微笑む。
この笑い方は……何か知ってるな? と思いつつ、口を開かない銀次くんに、これはわたしが知る必要はないなと、クッキーを咀嚼するのに意識を戻す。
「紗那は……俺のだから」
ぎゅっとわたしを抱きしめていた銀次くんの腕に力が入って、ぽそりとどこか昏い呟きがわたしの耳を擽る。
だけど……。
「そんなの当たり前じゃない」
銀次くんの淹れてくれた紅茶に手を伸ばすと、わたしの手が届くより先に銀次くんの手が伸びていく。
「……紗那は、怖くないの?」
銀次くんの問いに、思わず首を傾げる。何が?
「何が?」
声にも出た。
「こんな、得体のしれない、自らを稲荷だと、
「……怖くないよ? だって、出会った頃から銀次くんは何も怖いことも、わたしの嫌がることもしないし。
それに……」
「それに?」
銀次くんがコテリと首を傾げる。
「一目惚れで初恋の相手と結婚できるって……幸せな女の子じゃない? わたし」
へらりと笑うと、ぎゅっと苦しいくらいに抱きしめられた。
「紗那、大好きっ! 結婚してっ!」
「わたしも大好きですよー。でも結婚はあと二週間待ってね?」
嬉しいのか興奮のあまりなのか、狐耳が出ててついでにブンブンと太い銀毛の尻尾を振り回すこの人が、どこまでもわたしは愛しいのだ。
そして二週間後、初夜だよ! と宣った銀次くんがケダモノに変化しても、なんだかんだと受け入れてしまうのだ。
……痛む腰と力の入らない身体にされてもねっ!
お稲荷様のお嫁さん ニノハラ リョウ @ninohara_ryo
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